落ちる空、堕ちた空
学校も昼休みを迎えた。
流石に生徒達も落ち着いてきたのか、いつも通り好き勝手に喋り遊んでいる。
焔に言われたこと。殺さなきゃ生きていけない。お兄さんに言われたこと。今の俺が戦っても何も得られない。
それって、復讐の事を考えずに殺せってことだよな。
そんなこと出来るのか? 凪姉を殺したあいつの前でこの気持ちを抑えるなんて。そもそも俺に人殺しなんて・・・・・・。
「桂木くんは行かないのかい?」
女子の黄色い悲鳴と一緒に御剣が教室に入ってきた。こんな時でもイケメンはああいう扱いなのか。女子って逞しいな。それとも、不安を紛らせる為だろうか。
頬を軽くかいて答える。
「戦うなってお兄さんに言われてさ。色々考えてた」
「桂木くんは弱いからね。大切にしたいんだよ。お兄様も焔くんも」
「大切ね。はは、それは嬉しいけどな。でも何も出来ないのは悔しいんだ」
「何か言われたんだ。アスモデウスのこと?」
近くの空いてる席に座った御剣が問うてきた。しかもご名答。全部見てたんじゃないかと思えてしまう。
「焔くんとお兄さんの事だからね。桂木くんを止めるならそこを攻めると思っただけだよ」
「止めるって、人を無鉄砲みたいに言うなよ。俺だって出来ることと出来ないことくらい理解して動いてるぞ」
「理解してたとしても危なっかしいから止めたんだよ。また一人で勝手に特攻されたら困るからね」
「悪かったな、特攻して。それよりもさ、相談があるんだ」
御剣に今朝の流れを話した。
焔やお兄さんに言われたこと。俺の思い。必要ないかもしれないけど水奈火奈のことまで。
御剣は一切口を挟まず頷いて聞いてるだけだった。そして話が終わり御剣が言う。
「なんだ。簡単なことじゃないか。桂木くんは殺したくない。でも、殺さなきゃ悪魔として生き残れない。それだけだよね?」
「それだけって。それが問題なんだよ。俺、もうどうしたら分かんなくて・・・・・・」
「考え方の問題だよ、それは。殺すって一口に言ってもそれに至る経緯は無数にあるよね。快楽だったり、強奪だったり。桂木くん。要はね、目的の為に割り切れるかどうかなんだよ」
「そんな簡単に言わないでくれ。それが出来たら悩んでないんだよ」
「正義の味方もね、人を殺すんだよ。何も失わずに得られるものなんてないんだ。だからね、如何に失うものを小さくするか。その為に何かを殺すんだよ。自分の心も、倒さなきゃいけない敵も」
御剣の目は強く何かを訴えてるように見える。それが何なのかは分からない。でも、唯一分かることがあった。
御剣は教えてくれてるんだ。同じ転生悪魔として、戦うことの意味を。
「焦ることはないよ。ゆっくり考えればいい。偉そうに言っても僕も新参だからね、間違ってるかもしれないから」
笑う御剣に頷いて答える。
「ああ。ありがとう。お陰で何となく分かってきたよ。俺のやらなきゃいけない事」
それはやりたいこととは違うかもしれない。でも、やらなきゃいけないことで。いつまでも甘えてるわけにいかないだろ。
そう・・・・・・思ったんだ。
時間は放課後。
学活も終わり、生徒はそれぞれの帰路につく。そんな中未だに席に座ってる俺に近づく人がいた。
「帰らないのですか?」
「ああ、桜か。うん、まあな。考えたいことがあってさ」
「朝とお昼のことですか?」
「うん。まさかこんなことになるなんて思わなかったからな。正直ちょっとビビってる。ちょっと前までは悪魔なんて殺してやる! なんて意気込んでたんだけどね。情けないというか。ははは・・・・・・」
苦笑を零す俺。だが桜はピクリとも笑わない。爆笑されたら嫌だけど、この反応も結構困る。
桜は昔からこうだ。自分の言いたいことを押し殺してる。前みたいに叫ぶのは本当に稀で、一ヶ月に一回あるかないかってところだ。
でも伊達に幼馴染みはやってない。桜の性格的に何が言いたいのかは何となく分かる。
戦って欲しくないとか、傷つくのを見るのは嫌だとか。俺の体を心配してくれるんだろう。でも・・・・・・いや、だからこそ────
「なあ、桜。一つ聞いていいか? すっごい恥ずかしい質問なんだけど」
「はい? ええ、いいですよ。どんなことでもどうぞ」
「じゃあ、えっと・・・・・・その、さ。今まででさ、お、俺といて良かったと思ったこととかある?」
「へ? な、なんですか! その質問!? 恥ずかしいというかより、痛いです!」
「痛っ────! 流石にそれはないだろ! ちょっと恥ずかしいだけだろ」
「は、恥ずかしいのが駄目なんです! そんなの恥ずかし過ぎます! 一緒になんて・・・・・・。あぁ・・・・・・」
トマトみたいに顔を真っ赤にする桜。
両手で顔を隠して訳の分からない動きを繰り出す桜は見てて面白い。
これが見れただけでも質問の価値があった気がする。
突然、桜のクネクネした動きが止まった。両手を顔から離して息を吐く。
「そんなの、決まってます・・・・・・。あなたと出会えたことに後悔なんてありません。嫌なことも辛いことも沢山ありましたが、とても楽しい時間を過ごせましたから。あなたが引っ張ってくれなければ私は・・・・・・」
「うん、ありがとな。へへ、それだけで十分だ。俺も・・・・・・会えて良かった。大好きだぜ、桜」
だからこそ、戦わないといけないって思うんだ。だって、俺もそうだから。会えて良かったって心から思えるから。守りたいんだ。
空の闇は夜のものなのか、それとも朝から出てる真っ暗な闇なのか分からない。
俺はその中を走っている。目的があるとすれば悪魔を見つけること。
そんな簡単に見つかるとは思ってないけど何もしないよりはマシだと思ったから。
ただ、動いてみても何もわからない! 先輩達がどこにいるのかも、悪魔が何処で何をしてるのかも!
「ちっくしょう。こういう時どうすればいいんだ・・・・・・?」
赤い雨は俺の体を打ち付けきている。なんかこの雨に打たれてると変な気分になってきそうだ。こう、中から何かが出てきそうな感じ。
不安とか、そういう気持ち。はあ、何にしてもロクなものじゃない。
町の人達は不安を残しながらも普通の毎日に戻っている。明らかに異常な事態なのに順応性が高いというかなんというか。腹括ったのかよ。
「おっ、久しぶりじゃないっすか! 生意気高校生」
ドンッといきなり背中を叩かれた。そして聞き覚えのあるような声に振り向くと白い服を来た聖騎士が俺を見てニコニコしている。
「お前・・・・・・誰だ?」
「忘れたんスか!? 菊城仁! ほら、礼装ショップで戦ったじゃないスか!」
「あ、あー! あの時の人か! あんた、菊城って名前だったんだ」
「あれ? そういえば教えてなかったッスね。ヨロシクッス、生意気高校生」
「桂木春な。一応言っとくけど」
差出された手を握って握手を交わす。
そこまで中の良かった記憶がない俺にとっては恐怖を感じることもあるけど求められたなら答えるよ。
「それにしても不思議な状況ッスね。明らかに異常なのに町の人達は何もないって決めつけてる。こっちは空襲の再来だって騒ぎ込んでるってのに」
菊城が周りを見て自嘲する。
結局何もなかったとはいえ、順応ってか慣れるのが早い。だって今はもう空の暗闇どころか赤い雨すら気にしてる人が少ないんだから。
それは不思議だなって一言で片付く。どんな状況でも長く続けばある程度慣れるから。でも、この雨に違和感がなくなったのはいつからだ?
確か昼あたりには気にする人が少なかったように思える。それはあまりにも早すぎないか?
だって朝はあんなに騒いでたんだぞ。大騒ぎになって逃げる人もいた。なのに今はこれか? それはおかしいだろ。
「何か思うところがあるみたいッスね。どうっすか? 情報交換ってのは」
「情報交換? 何でお前なんかと?」
「生意────いや、桂木だっけ? さっきまであんたを見てたんスけど。この世界で違和感を保ってられるあんたは何かを持ってると踏んだだけッス。それにあんたも情報欲しいっしょ? どうしたらいいか分からないみたいだし」
悔しいけど、菊城の言う通りだ。先輩達に頼れない今、協力してくれるのは嬉しい。
特に相手は聖騎士だ。少なくとも俺の足手纏いになることはないだろう。
無言で頷いた俺に菊城が笑う。
「よし、交渉成立だ。じゃあ持ちかけた俺から話すッスよ」
菊城が立てた親指でファミレスを指さした。
「まず、俺達の見解を話すッス」
ファミレスの端の席に座った俺達。そこで菊城が一枚の紙をテーブルに置く。
それには四角い箱が書かれていて、その中に赤い文字で「欲の崩壊」と書かれている。
「俺達はあの真っ黒な空を結界と見たっす。その理由は、この町にしか闇が存在しないこと。そして今朝から壊れちまった人間がチラホラと出てきてる。ただの偶然とは言い切れないんス」
「壊れたって? 死んだってことか?」
「違うッス。なんて言うンスかね。病気? みたいなもんっス。心の中の不安とか恐怖。そして抑え込んでる欲望が全面に出てるんス」
「・・・・・・悪い。もっと分かりやすく頼む。えっと・・・・・・?」
「赤い雨に打たれた人間の中に自制心が弱くなった人がいる。そこで俺達は人の心を弱くする結界が張られたって考えたわけっス」
人の心を弱くする結界・・・・・・。
俺の頭に水奈が過ぎる。アレもそういうことだったのか? そういうことだった・・・・・・んだったんだな。
「どうすればその結界は壊せるんだ?」
「発現者を倒すしかないッス。核が無くなれば自然と結界も消える。逆に言えば・・・・・・」
「倒さないと消えない。消してもらえるように説得するのは・・・・・・無理か。説得して何とかなるなら初めからやってないな」
「そうっすね。よし、俺はこれで全部っす。次はお前の番。有力なの。頼むッス」
紙をしまう菊城。
俺が話す番だ。と言っても相手が悪魔かもしれないってことくらいしか話せない。
しかも話したら大騒ぎだろう。聖騎士も本格的に動く。そしたら・・・・・・俺が動きにくくなる。俺だけじゃない。先輩達まで。
それは・・・・・・駄目だ。
「実は、この情報は部外者に話したらマズいんすよね。しかも一般人に助けてもらうなんて論外。だから、この協力関係は内密にお願いするッスよ」
菊城がそう言って笑う。
誰にも話す気はないってことだ。それと同時に俺なんかに頼らないと、部外者に頼らないといけないほど息詰まってるってことが分かる。
「分かった。話すよ。俺の考えでは――――」
お兄さんや焔のことは隠して悪魔のことを話した。アスモデウスのことやアマイモンって悪魔のこと。
何処にいるかは分からないけど結界がある以上この町にいることは分かった。
「なるほど、思ったよりショボいッスね。悪魔だなんて見当はついてたわけっすから」
「うっ、悪い。結局何にも分からなくってさ」
「まあ、一般人がそこまで行けたんなら上出来。しかも戦おうって思ってんなら更にOK。アマイモンってことなら場所は分かりやすいっすからね」
「分かりやすいのか!? 名前だけで!?」
「驚くことなんてないっすよ。アマイモンってのは四大悪魔って呼ばれる程強力な悪魔ッス。そして司る属性は「地」。大地を操る悪魔なんすよ」
「ってことは!」
「そう! 土の中にいるッス!」
拳を握って立ち上がる俺達!
いる場所の目処がついた! さあ、行こうか!
気付いてから俺達は早かった。
町を駆け回って柔らかい土を掘り返す! 大地を司るってんなら土にいるはず! ってことで動き出した俺達は早速壁にぶち当たる。
そう。範囲が広すぎる。もしかしたらコンクリートの下にいるかもしれない。普通の方法で探しても見つかる可能性は低い。
夜になり、泥だらけになった俺は家に戻って休むことにした。
「わっ、お兄ちゃん!? 泥だらけだ。早くお風呂お風呂」
パタパタと俺を出迎えた白が背中を押す。可愛い。
小さな手で俺の背中を誘導する白。それがもう愛しくて愛しくて。ずっとこのままでいればいいのにって思えるんだ。
「こら、あまり押すなよ。泥飛ばすぞ」
「えっ!? うわっ、ほんとに飛ばしてきた! うぅ、汚い」
「はははっ、兄ちゃんを急かすからこうなるんだ」
「じゃあ私からお風呂入るね。お兄ちゃんは後ね」
「ちょっ! 何言ってんだ。先は俺に譲りなさい」
「だってお兄ちゃんゆっくりでいいんでしょ。髪にも泥が付いてるぅ。お兄ちゃんの馬鹿!」
「馬鹿とはなんだ! 兄ちゃんは馬鹿じゃないですー! 成績優秀な優等生ですー!」
「優等生は停学になんかならないよ! あと朝帰りもしないよ」
「それは中学の話だろ! 高校になってからしてません!」
白と二人して騒いでいた時、ポケットの携帯が震える。番号は・・・・・・学校!?
今の学校で悪事はしてないはずだ。そこそこ真面目にやってるからな。なのに電話・・・・・・?
携帯の通話画面から何回も聞いて聞き慣れた声が聞こえた。
「アマイモンの件。大丈夫ですか?」
「ヒルデ先生!? 何やってんすか!? つか何で知ってるんですか!?」
携帯から聞こえるヒルデ先生の声に叫んで問う!
色々聞きたいことがあるんだけど。何でいきなり・・・・・・?
「教室で騒いでれば嫌でも分かります。それに相手が悪魔となれば心配ともなれば心配にもなるでしょう」
「あ、あー。ありがとうございます。でも、何も分からなくてですね」
「そうですか。なら安心しました。魔法が優秀な貴方のことです。もしかしたら結界の特性を理解しているかもと思ってしまったので」
結界の特性・・・・・・?
そういえば前に学校で習った! 治癒魔法と同じで人間には難しい魔法の一つ。結界魔法。
発動には多大な魔力を使う。そして、発現者は常に結界の内部にいなきゃいけない。そして最後に・・・・・・
「ずっと魔力を放出し続けなければならない。ってことは、ずっと魔法を使ってる人がこの町の中にいる。そしてそれが」
悪魔だ。
でも魔法を使い続けてる人なんて見たことない。心当たりなんか・・・・・・
「そういえば悪魔は礼装を使う必要はありませんでしたね」
「はあ。そうですね。でも結界魔法なんて目に見えるんですか? 見えてますけど」
「なら、見えてるんじゃないですか? 貴方にも、貴方以外にも」
俺以外にも結界は見えてる? 当たり前だ。あんなにはっきりと見えるんだから。
でも、空襲を踏まえた人間があの魔法を見たら? 今朝のような騒ぎになるだろう。で、騒ぎになった。
あとは逃げる人もいた。そういえば逃げる人がいた!
あんな空を見たんだ。当たり前だろう。不安にもなる。でも、あんなに一心不乱に逃げる必要はあるんだろうか。
周りの人さえも気にならないくらいに。それはおかしいくないか。
「何となく・・・・・・分かった気がします。ありがとうございました!」
肌がピリピリしてきた。
あの時の感覚と同じだ。肌で全てを感じられる。空の結界も、周りの人の気配も。
「ごめんな。ちょっと外に出てくる」
家を飛び出した俺を白い服が出迎えた。
「行くっすよ。悪魔の居場所が分かった」
「おう。行こうぜ」
菊城と共に歩き出す。
悪魔の元へ。そして二人の姉妹の元へ。