落ちる空、1
翌日。
火奈は人間が嫌いだって言ってたんだけど、諦めるわけにいかない。依頼は依頼。そう頼まれたならやり切るしかないんだ。
ということで、時間は八時。こんな朝早くに昇降口に張り付いて監視中。
水奈の言う通りなら、下駄箱に手紙を仕込むはず。そこを捉えて・・・・・・叩く!
「キャハハ、これ見たらどんな顔するのかな。楽しみー!」
「ほんとほんと。あの澄まし顔ムカつくんだよねぇ〜」
釣れた。一年の下駄箱。火奈の辺りに見知らぬ女子が二人。手には紙を持っている。
こんなにあっさり行くと思ってなかったけどラッキーだ。
手紙を持った女の子の手を掴んで言う。
「何やってんの? この先輩に教えてくれよ。内容次第で・・・・・・怒るから」
この時、イジメの件は終わったと思ったんだ。本当に。
でも、これは全然序の口だった。
昼休み。
今朝イジめの現場を取り押さえた俺は、女子二人の言葉を思い出していた。
────命令されたから。
そう。二人の女子は命令されたって言ってたんだ。だからって許されることじゃないから個人的な罰は与えたけどな。
結局、ゼロに戻っちまった。頭を抱える俺に焔が話しかけてくる。
「何かあったのか?」
弁当を摘んでるこいつの目は俺でなく、俺の弁当に向いている。隙あらば横取りする気だな。相談する気なんて欠片も起きねぇ。
「別に。部活のことだよ。依頼が面倒な方向に行っちまってさ」
「ふーん。頑張れよ」
適当だな、おい! お前だって部員だろうが────なんて怒る気にもならない。
当然のことだけど、いじめには黒幕がいる。
俺はクラスの女子絡みだと思ってたんだ。先輩のことを馬鹿だという性格のせいで生意気だと思われてるとか、そういう理由で。
でも違うらしい。誰かに命令されて起こったイジめだとしたら・・・・・・。余計に面倒な方向に進んでいくことになる。
「悩んでる暇があるなら動けよ。馬鹿が頭使っても進まねぇぞ」
ついに俺の弁当に手を伸ばし始めた焔が言った。その手を払い除けて嘆息する。
「そんな簡単な話じゃないんだよ。相手は女子だぞ。繊細なんだよ、お前と違って」
「じゃあ、ここでブツブツ言ってたらその繊細な女の子は助かるのかよ。どちらにしろ、お前は動くしかねぇんだ。頭使うより体使えよ、ばーか」
こいつ、完全に馬鹿にしてやがる。でも、こいつの言う通りでもあるんだよな。
よし、もうひと頑張りしてみるか。
教室を飛び出した俺を見て焔は笑い出した。
「そうだ。それでいい。そうじゃなきゃ面白くねぇ」
あいつ・・・・・・絶対俺で遊んでやがる! 後で覚えてやがれ。絶対見返してやるからな!
さて、見返してやると飛び出したのはいいが、何をすればいいのか全く分からん。
とりあえず火奈の教室に来たものの、イジめが起きてるわけもなく、ただボケーと火奈を見つめてるだけだ。
「何やってんのよ、あんた。変態みたい」
流石に見かねたのか由紀が話しかけてきた。第一声が変態なのは聞かなかったことにしたいけど、そうもいかない。
由紀は水奈火奈と同じクラスで、今回の件には完全に部外者。だって友達いなそうだから。
その由紀は色々と使えそうだ。今思いついただけだけどな。
「なあ、火奈がイジめられてるって知ってた?」
「知らない」
早速撃沈しました!? 部外者だとは思ってたけど、そこまでか! もはや何も知らないんですか!?
だが、何か心当たりがあるらしい。顎に手を当てて続ける。
「でも、七月さんが美藤先輩と付き合ってるって噂は聞いたことあるけど」
「美藤先輩か。それって誰だっけ?」
「三年生の生徒会副会長。文武両道。容姿端麗。中性的な顔立ちと優しい性格でモテモテらしいわよ」
ふーん。そんな人がいるのか。俺のよく聞く話では生徒会長、つまり理沙と火野村先輩の二人なんだけど。
男子にも似たようなのがいるってことね。
いつもならどうでもいいって流す話だ。イケメンなんて御剣と焔だけで十分だからな。
でも、今回ばかりはそうも言ってられないらしい。
女子生徒の憧れに手を出して嫉妬を買う。漫画とかでよく見る話だ。これが真相なら本当ならしょうがないって諦めることも出来る。
でも────
「火奈!」
俺の声に反応して振り向いた火奈に親指を立てて笑う。
「放課後。また話そうぜ。」
「うん!」
元気よく頷いた火奈を尻目に教室を出た。
でも、ただ何となく信じられないんだ。
火奈が誰かと付き合ってる? それはいい。じゃあ何でこの状況に彼氏は何も言わないんだ。
何か・・・・・・あるかもしれない。
ただの何となくだけど、そんな気がするんだ。
「あれが、美藤先輩です」
水奈が三年の教室の中にいる男子を指さした。
なるほど、確かに由紀の言う通りだ。中性的な顔立ちでイケメンというより可愛い印象を受ける。
ブレザー越しても分かるほど体格が良く、それが女子に見える顔を無理矢理男子に見せてるって感じだ。
ただ、ガチムチではないせいか良く似合ってる。
周りには二人男子がいて、四、五人程女子が取り囲んでいる。
出待ちしてるファンとアイドルのボディーガードみたいだ。
その中に知った顔がいた。
理沙だ。理沙は困った様な笑顔で周りの女子と美藤先輩と話している。
生徒会の話ではないっぽい。普通に仲がいいのか。何か意外だ。
「なあ、水奈。火奈が美藤先輩と付き合ってるって知ってたか?」
「いえ、知りませんでした。でも、前に一緒にいた時があったから有り得なくもない話だと思います」
首を横に振る水奈。
由紀が聞いて水奈が聞かないってのも不思議な感じがする。友達の有無の差かな? 一人だと周りの話が聞こえてくることも多いし。
とにかく、水奈は聞いたことないんだな。姉の水奈が知らない。それだけで信憑性は一気になくなった。
後は、答え合わせだ。
「卯月先輩。少しお話いいですか?」
三年の教室に入って理沙に問う。特に理由はないけど話を折るなら理沙がいいと思っただけだ。
俺を見た理沙は驚いた様に口を開いて答えた。
「もしかして・・・・・・告白?」
どうなってんだよ、こいつの頭・・・・・・。
恋愛脳とかじゃなかったよな。話しかけられることと告白が直結するくらい告られてんのか・・・・・・?
俺とは天と地ほどの差がありますね。俺なんか告白どころか女子と話すことすら少ないのに。
「そんなわけないでしょ。ちょっと頼みたいことがあるんだ。理沙しか頼める人いなくてさ」
「なーに? 食堂を一人占めしたいとかは嫌よ?」
「流石の俺もそこまではしないかな。今夜のことだよ、今夜」
「今夜って、約束した覚えがないけど。それに、そんなことする間柄でもないでしょ。私は歓げ────」
「しないから。白のこと頼みたいんだけど。今日一日だけ面倒見てくれない? 頼む! 理沙しかいないんだ」
両手を合わせて頼み込む俺に理沙が目を逸らして何かを呟いている。
「私しか・・・・・・? 私、ふふ。ふふふ」
なんか気味悪い。薄い笑顔を浮かべてブツブツ言い続けてる理沙に横にいる美藤先輩が言う。
「生徒会長として節度のある行動をしてくれ。男子生徒のいる家に泊まる? 駄目に決まってるだろ。ここは恋愛禁止だぞ」
そんな誰もが忘れてる校則を口にする先輩。取り巻き達もポカーンと間抜けな顔を晒して校則を忘れてることを教えてくれた。
この学校には不思議な校則が多い。この恋愛禁止もそうだけど、他にも魔法の成績が良いと学食が一回無料になったりする。
「変なことするわけじゃないし良いじゃない。それに、久しぶりに春の妹には会いたかったのよ。あの子、おマセさんで可愛いから」
「何をするとかは問題じゃない! 家に行くのが問題なんだ。第一、この男子は何だ! 髪はボサボサ、ブレザーのボタンは閉めない。そしてネクタイは緩んでると来た! こんなのと一緒にいるなんて知られたら大問題だぞ!」
なんか変にムキになって騒ぐ美藤先輩。
全部正論だからグウの音も出ねぇ。でも、一つ分かったかもしれない。
「もしかして美藤先輩。理沙のこと好きなんじゃないですか?」
「な、ななな! なんてこと言うんだ、お前ぇ! 恋愛禁止の学校で好きな人なんて────」
「隠し事は良くないですよ。俺、知ってるんですよ。あなたと似た人間。だから、どんな風に誤魔化すかなんてすぐに分かる」
鳴り響くチャイムの中に美藤先輩の声が交じる。
「ふざけるなよ、お前」
破滅と混沌のカウントダウンが始まりを告げた。




