部活、始動
「対価、ですか?」
女の子が不思議そうに首を傾げる。
当然だ。だって、ボランティアなんて銘打っておいて助けて欲しけりゃ何か寄越せって言ってるんだから。
でも、これもしょうがないことなんだ。
「悪魔の話って知ってるか? 悪魔は願いを叶えるけど対価として魂を貰うって話なんだけど。俺達はそれと同じことをしてるんだ」
簡単な俺の説明に女の子は目をキョトンとさせて俺達3人を見回す。
いきなり悪魔だとか、魂とか言われたら誰だってこうなるよな。俺も何も知らなかったらこうなると思う。
「先輩達は悪魔なんですか?」
女の子の声に不安が宿るのが分かった。目は挙動不審になり、両手を重ねてモジモジさせてるから俺でもすぐに分かる。
「まあな。でも、アレだぜ? 人を殺したりはしない。人を助ける悪魔なんだ」
「助ける悪魔? 本当に助けてくれるんですか? 妹を────火奈ちゃんを助けてくれるなら・・・・・・」
「やれる事はやるよ。ですよね? 先輩」
後ろにいる先輩に振り返ると、先輩は無言で頷いた。
先輩にも依頼が入って忙しいんだ。何せ、この部活を初めて三日。殆ど火野村先輩目当ての依頼なんだから。
俺か御剣が行くと怒られる時もあるんだぜ。お前ら何がしたいんだよ、本当。
「それなら私の魂でも何でもあげます。だから、お願いします。助けてください」
こうして女の子────七月水奈の《ななつきみな》の依頼が始まった。
イジめを止めるなんて言われても何をすればいいのか分からない。まずは本人を見に行くことにした。
「あの子が火奈ちゃんです」
水奈が指さした先に女の子がいる、イヤホンを装着し、読書に勤しんでいた。
腰まであるんじゃないかと思える程長い髪は一つに纏められてポニーテールを作っていて、ただでさえ無愛想な顔につり目であることから不機嫌さを醸し出してる。
気が弱く、優しい雰囲気の水奈とは全然違う。水奈には悪いけど苛められてもしょうがないんじゃないか? あの子。
「睦月さんじゃなくて、その奥の子です」
どうやら俺の見ていた子は違かったらしく、水奈が更に遠くを指さした。
奥にいる女の子・・・・・・は、短髪だ。ボケーと外を見ている。顔は見えないけど、首までしかない髪。組まれた足。こう言ったら悪いが男に見えなくもない。
てか、睦月さん? 睦月さんって────
「由紀か!」
思わず出た大声に由紀の体が跳ねてイヤホンが外れた。
こっちを向いた少女の顔を見覚えがある。やっぱり由紀だ。
小学生の時に俺の学校に編入してきた子で、家が近いことから度々遊んでたんだ。
でも、すぐに引っ越しちゃって泣きじゃくる由紀を見送ったのを覚えてる。
すぐに俺に気づいたらしい由紀はゆっくりと近づいてきて言う。
「久しぶりね。でも騒がないでくれる? あんまり目立ちたくないの」
「悪い。それにしても久しぶりだな。帰ってきてたなら言ってくれればいいのに。日向達も喜ぶぜ」
「別に。忘れてると思ってたから。それに学校に行けば会えるでしょ。言うほどのことじゃないわ」
由紀の態度はどこか素っ気ない。でも、また会えて嬉しいな。しかも美少女に育ってると来た。最高だぜ!
「忘れるわけないだろ。約束したからな、忘れないって」
「約束・・・・・・。ば、馬っ鹿じゃないの! そんなの私が忘れるかもしれないじゃない。よく、覚えてようとか思えたわね」
「もし由紀が忘れてても、俺が覚えてたらまた会える。そしたらまた遊べばいい。そしたら、ほら約束達成だ」
「はあ? 意味わかんない。私が忘れてたら意味無いじゃない。ほんと・・・・・・馬鹿みたい」
俯いて呟く由紀。
昔の約束を覚えてることは馬鹿なのか? まっ、俺にはよく分からん。たまたま覚えてただけだからな。特に理由もない。
それよりも問題は外を見てる火奈って女子だ。
何もかも興味なしって言いたいのか、視線は空から離れない。
見てるだけじゃ事態は動かない。近づいて声をかける。
「外に何かあるのか? 面白い形の雲があるとか」
「今日は雲一つなくて気持ちいい空だよ。このままじゃ授業中寝ちゃいそうだね」
おぉ、答えた。しかも思ったより女の子らしい声だ。ただ、声に抑揚がない。淡々した話し方だ。
なるほどね、これじゃ近づき難いわけだ。何を考えてるのか全く分からないんだから。
その後も少しずつ話して1日目のコンタクトは終了した。
放課後になり、俺は水奈とジュース片手に話をしていた。
主に火奈のことだ。何をするにしても情報がなきゃ始まらない。
昼休みには虐めなんて起こってなかった。たから、それがいつ起こってるのか、原因は、具体的な内容。
知りたいことは盛りだくさんだ。
「まず、火奈? のことを教えてくれ。どんな子なんだ?」
「はい。火奈ちゃんは凄く可愛い子なんです。女の子らしくて、明るくて。でも、十年前の空襲が火奈ちゃんを変えてしまった・・・・・・」
それだけ言って水奈は口を閉ざしてしまった。やっぱり空襲か・・・・・・。
今の子供。特に中高生には空襲の記憶が色濃く残っている。それは悪魔への憎悪に、嫌悪に、殺意に、姿を変えて人間の心を巣食ってるんだ。
空襲の時に何かがあった。今はそれでいい。俺が深くまで踏み込む話でもないだろう。
次だ。
「じゃあ次。昼休みは苛めなんてなかったけど、放課後に起こってるの?」
「その、先輩が思ってるような苛めじゃないんです。本人に直接暴力を振るうとかじゃなくて、悪口を書いた紙を机の中に入れるとか、そういうのを繰り返してて」
なるほどね。陰湿なタイプか。これは中々厄介だぞ。誰がやってるのか、まずはそれから探さないといけない。
しかも、事が事だ。教師に相談した方がいいかもしれないレベルだ。苛めなんて俺だけで何とか出来るのか?
「じゃあ最後。何で苛めが起こったのか分かる?」
俺の問いに無言で首を横に振る水奈。
原因は分からないか。当たり前だ。分かってたら俺なんかに頼らないだろう。
「まっ、いいか。どうせやることは変わらないんだ。無理なら先輩にでも頼ればいいし」
「うぅ、ごめんなさい。何も力になれなくて」
「気にしなくていいよ。依頼を受けた以上やれる事はやらせてもらう。対価まで貰うんだからな」
「そういえば対価ってなんですか? 私、まだ・・・・・・」
恐る恐るっといった風に問うてきた水奈に笑顔で答える。
「それは内緒。楽しみにしててくれ」
水奈と別れて数分後のこと。
家に帰る途中、猫と喋ってる女の子を見かけた。
「にゃーにゃー、猫さん。今日は先輩と話せたんだよ。久しぶりに学校でお話したんだ」
火奈だ。学校で聞いた女の子らしい声は、しっかりと感情を表していて相手が猫でなければ年相応の女の子という印象を受ける。
そう、相手が猫でさえなければ。
小学生ならともかく、高校生が猫とお喋りって何だ? しかもニャーニャーって、ちょっと可愛いって思ったじゃんか!
「えへへ、明日もお話出来るかな。ボクから話しかけてもいいのかな? でも、迷惑かな? かな?」
火奈のお喋りは続く。
どうやら不思議ちゃんってわけじゃ無さそうだ。それに、やっぱり普通の女の子じゃないか。
変わったところもない。いや、無くはないけど。十分許容出来る範囲内だ。
見てるだけなら苛めなんて受けそうな感じの子じゃない。
「お馬鹿さんに見えたから気にしないかも。あ、でもでも・・・・・・」
「誰が馬鹿だ! つか、案外優柔不断なのな。いや案外ってわけでもないか。姉もそんな感じするし」
「それが私たち姉妹の売りですから。骨抜きにされちゃダメですよ、先輩」
「されねぇよ。俺はそこまでチョロくない」
「えー、さっきからスカートちらちら見てるくせにー?」
「見てねぇよ! 変な言い掛かりつけんな、馬鹿!」
────と、言いつつもスカートに目が落ちてしまうのは何故だ。
しょうがないだろ・・・・・・。スカートで座ってるとさ。見えそうなんだ、色々と。
こればっかりは抗いようのない。
「またエッチな目で見てくるー」
「見てないから。お前をそんな目で見ることは絶対にない。これは神にだって誓える」
「そう言いながら今度はブレザーですか? おっと、油断してた私がいけないのかな?」
火奈が胸のボタンを閉めた。
何なんだ、こいつ・・・・・・。おちょくった様な態度は置いといて、俺の視線と心の中を読んでるみたいに話を進める。
もしかして人間じゃないのか・・・・・・? 視線を読む能力とか。それは能力にしてはショボい気もするな。読心術とか? それもそれで・・・・・・。
「色々考えてる? エッチなことじゃないね。危ないことかな?」
「何で分かるんだ? 俺は何も言ってないのに」
「分かっちゃうんだ、視線で」
「視線? 視線って目のことか?」
「うん。そうだよ。私はね、視線が分かっちゃうの。誰が何を、どんな目で見てるのか。例えば、さっきまで先輩は私の太ももをエッチな目で見てたでしょ」
「うっ、確かに。見てたけど。そういうのに敏感な人ってことか? 女の人はそういう目はすぐに分かるって聞いたことあるぞ」
たが、火奈は首を横に振って答える。
「エッチな目だけじゃないの。周りの人が私をどんな目で見てるのか。それがすぐに分かっちゃう。だからね、人は嫌いなんだ。皆皆、汚いよ」
火奈は夕暮れの空を見上げて、そう呟いた。
それに対して俺は、何も言えなかった。
そんなことない。そう言えるわけがないんだ。だって、俺は最も汚い人間を知ってるから。




