決着、炎の悪魔
まず、俺の目に写ったのは龍の鱗。それが俺の両腕にびっしりと広がっている。
そして刀。漆黒の刀身の刀が両腰に二本ずつ差してあって、ケツの上あたり、これも腰────に小刀が一本帯に隠されてるのが感触で分かる。
そして何よりの変化は俺の身体能力だ。動かなくても強くなったのが分かる。
先輩は立ち上がった俺を見て目を見開いている。それでも何も言わないのは戦うのに必死だからだろう。
むせ返る程の血の匂い。地獄絵図としか言えないような景色。そこかしこに死体が転がって、悲鳴が絶えず部屋中に響いてる。
「リリスの子────化けたか」
猿の体が炎に揺れる。あいつの言った「見える」の意味は分からない。俺はまだ見えないのかもしれない。
それでも勝つしか、殺すしかないのなら・・・・・・。
炎が消えた。
何となく分かったことがある。あいつの体は炎で構成されてる。だから刀は通り抜けたんだ。
問題は、その炎をどうやって攻略するか。まったく思い付かん。
視界に炎が走った。炎の線。それは真っ直ぐ俺に向かってくる! そういう使い方も出来るのね、魔法は!
刀を抜いて炎を薙ぐ! 飛び散った炎は俺の周りに広がって霧散した。
手応えはない。やっぱり本人には当たらないか。うっし、次!
刀を黒炎で包む。俺の魔法と悪魔が衝突する! 飛び散る互いの炎が周りの瓦礫を燃やし尽くす!
何度切り払っても手応えがない。このままじゃ埒が明かない! 何とかしないと、何とか・・・・・・。
悪魔目掛けて刀を振るう! だが、刀は無様に炎を通り抜けていった。
そして炎が刀を掴んで動きを止める。
「力は強くなったが、力だけだな」
姿は見えないけど声は聞こえた。そして刀は掴まれてる。ここしかない! 俺が勝つには、次の一瞬にかけるしかない!
炎から拳が飛んできて俺の顔面にめり込んだ。吹っ飛びそうになる体を食いしばり炎を睨む。
「チェックメイトだ、馬鹿野郎!」
手に圧縮させた黒炎を乗せて炎をぶん殴る! 炎の中に肉に触れる感触が手に伝わってきた。
悪魔は刀を離さない。その標があるだけで、俺は勝機を見いだせる────!
「うっ! な、何で・・・・・・?」
追撃をかけようとした刹那、全身に槍が刺さっていた。痛みを感じる暇なんてない。一瞬にして俺の意識を奪い去る────はずだった。
背中に当てられた手が俺の意識を引っ張り上げる。痛みはなく、温かい炎が俺の全身を包み、傷を溶かしていくかのような錯覚を覚えてしまうほど、気持ちいい炎だ。
「再生しか能のない馬鹿だけどよ。少しは役に立てるんだぜ、お父様」
焔の声は辛そうに途切れ途切れに紡がれる。そして、背中に当たった手は無言で告げる。
────一撃分のチャンスはやった。これで決めろ。
「ああ。言われなくても決めてやるよ! 今度こそ────」
今度は逃がさない。完全に無防備になったフクロウに向けて一歩踏み込む。そして、俺の出せる全力の炎を一気に叩き込んだ!
「終わりだ」
俺の炎が空に広がり消える頃、フクロウの姿は消えて御剣の倒した遺体だけが残っていた。
その翌日。
何でもないように教室に入った俺にいつも通り白泉が声をかけてくる。
「よっ、おはよ。その傷を見ると、昨日は随分大暴れしたみたいだな」
「そりゃもうね。2回は死んだよ。割と本気で」
右手で銃を作り、頭に当てる俺に白泉は笑って返してきた。
「ははは、お前らしいや。焔は学校来るのか?」
「残念ながら・・・・・・」
それだけ言うと、白泉は心底残念そうに笑う。
「そうか。ま、悪魔だもんな。しょうがねぇか」
「いなくなって欲しいんじゃなかったのか? 毛嫌いしてたのに」
「うっせー、悪魔は嫌いだよ。でも、クラスメイトとは仲良くしたいだろ? お前とも、焔とも」
照れくさそうに頬をかく白泉。
やっぱり、なんだかんだ良い奴なんだよな、こいつ。何度こいつの言葉に救われてきたことか。
白泉の肩を叩いて俺も笑って言う。
「じゃあ、良かったな。昼から来るってさ。あいつも素直じゃねぇんだぜ。魔界いても居場所なんてねぇから行くだけだ、なんて言ってさ」
「なんだよ、来るのか。ほんと、桂木っておかしな奴だな」
おかしいのは俺かよ。白泉にツッコミそうになったけど、何処か嬉しそうに、そして楽しそうに笑う姿を見たら手が止まった。
「なんか、お前を見てると思うんだ。信じ抜くっていいかもしれないって」
「そうかよ。でも、2度と言うなよ。恥ずかしいから」
「前に言ってたよな。友達がやってないならやってないんだろ。俺はそれを信じるって」
「黙れって言ってるだろ! なんで恥ずかしい過去を振り返らせるんだよ、お前は!」
「ははは、悪ぃ。あ、こんなことも言ってたっけ?」
「それ以上はやめてくれ! マジで! このバカアアアアア!」
教室内に俺の叫びが木霊した。
昼休み。
集まった先輩と焔と御剣、そして俺の悪魔組は円になって一つの話し合いを進めていた。
そう、部活だ。俺の学校は基本的に部活は盛んではない。動いてる暇があるなら勉強しろって学校だからだ。
それでもある程度の成績は残している部活は多い。メジャーな野球やサッカー。新体操まで好成績を残して、地域ではそこそこ期待されている。
ここまでは良い。ただ、先輩が部活をやりたいなんて言い出したのが悪いんだ。
「私達悪魔が悪さをするだけの存在じゃないって人間に教えるのよ」
そういうことらしい。はっきり言って部活に繋がる理由が欠片も分からないけど、考え自体は賛成だ。
今の人間は悪魔を人殺しと考える人が圧倒的に多い。それは「空襲」に由来するんだが、先輩や焔みたいに優しい人も多いんだ。それを人間に知って欲しい。
「じゃあ単純に人助けしてればいいんじゃないですか? ボランティア部とか作って」
この俺が放った適当な提案が始まりだった。
先輩は目を輝かせて、御剣は苦笑いしつつも頷いて賛成を表す、焔は話自体に興味がないと言うように外を見ている。
「そうね、そうしましょう! じゃあ早速同好会の申請を出してくるわ」
「えっ、ちょっと待ってください! って速っ!」
風のように消えてしまった先輩が何処に向かったのか。それは言うまでもないだろう。
そう、これが三日前の出来事。
トントン拍子に事が進んで空き教室をゲットした俺達は焔を除いた3人でお客さんを待っていた。
「あ、あの! お願いします! 助けてください!」
勢いよく開かれた扉とは裏腹に気の弱そうな声の女の子。セミロングというやつか。肩まで伸びた髪と、性格とは逆に自己主張の激しい胸。そしてくびれたウエストに真っ黒なタイツが眩しく光っている。
「妹が苛められてて、でも私じゃ何も出来なくて。先輩達しかいないんです!」
半泣きで叫ぶ女の子。
どうやらしばらく暇はしないらしい。
面倒事に巻き込まれた、なんて気持ちもあるが逆に誰かの力になれるかもって嬉しい気持ちを抱えて精一杯の笑顔で答える。
「了解しました。あなたの依頼、対価と共に受けましょう」
先輩から教えてもらって、死ぬ程恥ずかしい気持ちを抑えた俺の言葉に女の子の少しだけ救われたような顔に安堵を感じる。
さてと、今日も悪魔の仕事を始めますか。
この1件が、また混沌を呼ぶなんて知らず・・・・・・俺はただ、女の子に手を伸ばした。