夢の覚悟
勝った。
実感はないけど倒れた焔と静まり返った場内が俺にそれを知らせている。
「幻想種が敗北した・・・・・・」
「そんな馬鹿な、シーザスは現存するフェニックスの中でも上位に位置する強さを持つ悪魔だ。それを地に寝かせるだと」
「しかも無名の悪魔だぞ。不死鳥の名が聞いて呆れる。所詮は再生だけが取り柄の能無しか」
1人の言葉が伝染し、周りの悪魔達が騒ぎ出す。どいつもこいつも並べるのは侮蔑の言葉。
力が全て。弱い奴は奪われる。こういうことか・・・・・・。
ふざけんなよ。目の前で殺し合いが起こって、知り合いが倒されたんだぞ。それなのに出る言葉は能無しなのかよ!
「お前ら・・・・・・ふざけん────」
「くくく、面白い。黒い炎か。お前が────貴様が持っていたか! 龍の力!」
いきなり叫ぶフクロウ。
龍って漫画とかに出てくるアレか。何を言ってるか、そんなことどうでもいい。
あいつの、こいつらの態度が気に入らない。
「何が能無しだ。何が再生しか取り柄のないだ。・・・・・・ふざけんな! 負けたらそれかよ! 負けたらお前らにとって価値はなくなるのかよ!」
「貴様は弱者に何かを求めるか? 何も出来ぬ弱き者に価値なぞない。弱きは罪。無力を嘆くことしか出来ぬなら────」
「それは違う。例え弱かったとしても、何も出来ないなんてことはない。誰だって頑張れば出来ないことなんてないんだ」
「面白いことを言う。頑張る? 努力? 実にくだらない。才無き者が如何に積み重ねようと持つ者には勝てん」
「勝てるさ。すぐには無理かもしれないけど、出来ることを積み重ねた先に、きっと誰よりも明るい未来があるはずだから」
「努力は必ず報われると? 理想論だ」
「そうっすね。でも、悪くないだろ?」
黒衣の着物を作りフクロウに笑う。
さて、残り魔力はそこそこ。腹には穴が空いて力を入れるのが精一杯。
勝てるかな? いや、勝たなきゃならないか。
「勝てぬと知り、それでも挑むか。いいだろう、少しは相手をしてやる。来い、リリスの子よ。焼き尽くし、殺してやる」
「そりゃどうも。行かせてもらいますよ!」
刀を抜いて床を蹴る。フクロウがいる上階までどう上がる? 階段なんて野暮はしないさ。
壁を駆け上がってフクロウの目の前まで飛ぶ! 流石に驚いたろう! 体が固まってるぜ!
フクロウに刀を振りかざす。だが両断された猿の体は炎に消えて悪魔の幻影を映した。
「偽物か!? どこ行った!」
「見える物のみに囚われるとは愚かな」
フクロウの形をした悪魔が喋った! そして俺の足を掴む。
「やはり弱き者に期待するのは無駄か」
壁に投げつけられて衝突する! 痛え! 全身が砕けるかと思える程に。でも────
「まだ、まだだ!」
もう一度フクロウに突貫して刀を抜く! やはり刀は悪魔を炎に変えて貫通する。
当たらない。でも、当てる方法は思いついた。
伸ばされる腕。掴まれた俺の手ごと刀を突き刺す! 吹き上がる俺の鮮血。その先に悪魔の苦悶の顔が写る!
まだこいつを見えるかは分からない。攻撃が当たらないってことは見えないんだろう。
でも、俺に触れられてる間だけは実体があるってことだろ。ならそこを狙えばいい!
赤い真っ赤な炎が俺の腕を覆う。流れた血液は煙を上げて消え皮膚は黒く変色して火傷が酷いことをすぐに理解させてくれる。
だが痛みはない。さっきの衝撃と腹の傷が俺の痛覚を消し飛ばしてくれたからな!
不自然な程に晴れた意識に黒い炎が宿る。多分この魔法が最後だ。俺の頭が、全身が、そう警告してくる。
「それでも、諦められないこともあるんだ」
焼けただれた腕が黒く燃え上がって悪魔の炎を飲み込んだ。
最後だと思うだけで力が溢れてくる。黒炎はどんどん大きくなり俺の視界いっぱいに広がった。
「弱くたって譲れないものもある。その為に何度だって立ち上がれれば、それでいい。今は無理でも・・・・・・いつか!」
「その「いつか」とやらは永久に来ない。何故なら貴様はここで死ぬ!」
フクロウの、悪魔の声に合わせて炎の黒の中に小さく赤い炎が灯る。
この程度なら問題ない。俺の炎の方が圧倒的に強いんだ。押し切れる!
でも、いつまでも小さな炎は残り続けている。それどころか俺の炎が弱くなってきた。
おかしい。絶対何かある。俺の知らない魔法。俺の知らない何か。それでも────
「魔法は小さく発現させれば強くなる。忘れたか?」
「なっ────! くっ、がああああああ!」
黒が弾け飛んで俺の手に赤が小さく、強く燃え上がる!
意識の底に沈んだ痛覚が一斉に叫びを上げた! 腕だけじゃない。全身が燃えるように痛い!
真っ黒になった腕が炎から開放されて無気力に下に垂れる。再び痛覚は底に消えていく。
駄目だ。痛覚だけじゃない。五感全て消えそうだ。
まるで水の中に沈んでるようだ。何も感じないのに、不思議と気持ちいい。
このまま眠れたらどんなに良いことか・・・・・・。
俺の意識は闇へと吸い込まれ、何も見えなくなった。
────いい? 春は男の子なの。泣いちゃダメ! 桜みたいにな弱い子を守るの。
目の前で女の子が手を握って言った。
凪姉だ。いつかの夢で見た。小さな凪姉。その子が俺に何かを言っている。
「でも、でも痛いのは嫌だよ・・・・・・」
女の子みたいな声がした。声の主は見えない。そもそも俺に見えるのは凪姉だけ。他は真っ暗でなにも見えない。
「うん。でもね、それは桜も一緒なの。桜も泣いてるんだよ。痛い痛いって。春は見てるだけでいいの?」
視界が左右に揺れる。多分、首を横に振ったんだろう。
そっか。これは俺の記憶。凪姉との思い出。そして・・・・・・俺の原点。
「うん。なら見てるだけはダメ! 1回でいいの。やめろ! って言えば、それだけで春は男の子だよ」
ニカッと笑う凪姉。それだけで分かる。俺はずっと、この人に恋をしてたんだ。
だから雰囲気の似てる日向を好きになったのかもしれない。
次に闇に浮かんだのは桜と凪姉と遊んでる景色。追いかけっこ。かくれんぼ。
皆無邪気に笑ってる。見てるこっちまで楽しくなってくるくらいに。
この頃は何でも楽しかった。凪姉が引っ張ってくれて、桜がオドオドしながら止めて、そして俺が桜を引っ張りながら凪姉に付いていく。
結局桜も断りきれなくて一緒に遊ぶんだ。
楽しくて、楽しくて────ああ、今が憎い。
どうしようもなくて、何も出来ない俺が憎い。凪姉を殺してしまった。先輩も守れない。そして、帰っても何もない。
このままここにいれば楽になれるかな? ねぇ、教えてよ。────凪姉。
「春はそれでもいいの? 辛いことから逃げて、弱いことから目を逸らして諦めるの?」
見える景色とは別の方から声が聞こえた。紛れもない今の凪姉の声。
周りを見渡しても一面の闇が見えるだけ。俺の夢? 幻聴? それでもいい。俺を救ってくれるなら。
「分からない。俺は何も出来なかった。あんなに先輩を取り戻すって息巻いてたのに。結局俺はここで死んでる」
「そんなことは聞いてないよ。私が聞きたいのは諦めるか、諦めないか」
「そんなの・・・・・・諦めたくないに決まってる! でも、しょうがないじゃん! 弱いんだ! 負けたんだ! 全部出し切ったのに、手も足も出なかったんだよ・・・・・・」
崩れ落ちた俺の叫びは闇に木霊して消える。その時、俺の目の前に新たな景色が広がった。
倒れてる俺。それを守るようにフクロウと戦ってる先輩。その姿は見たこともないくらいに怒りに染まっている。
そして御剣。御剣は周りの沢山の悪魔を倒して焔を助け出していた。
皆・・・・・・戦ってる。勝手に飛び出してきた俺の為に。
「春はね、1人じゃないよ。春の叫びは火野村さんに届いたの。剣聖にも。そして、春の中の力にも。だから、信じてあげて。春も、春の心を。春が信じるものを」
「でも、凪姉は・・・・・・。1番側にいて欲しい凪姉はもう・・・・・・」
「大丈夫。私も側にいるよ。春の心の中に。それに、春の支えはもう私じゃない」
闇の中、俺に近づいてくる足音が聞こえた。その音はどんどん近くなって次第に姿を露にする。
日向・・・・・・? そう、日向だ。日向の声は凪姉のものと重なって言葉を紡ぐ。
「もう大丈夫だよ。春は────春くんは私がずっと見てるから。だから、頑張って」
手を伸ばしてきた日向。
その手を掴んだ瞬間、俺の視界は光に包まれた。
音がする。男の小さな悲鳴。先輩の指示。御剣が焔にかける声。そして────
────1度だけ。奇跡をあげる。これが最後の贈り物。これでお別れになっちゃうけど。でも、春はもう大丈夫だよね?
最後を告げる凪姉の声。その声に頷いて答える。
「うん。もう大丈夫。ずっとありがとう」
自分の胸を掴む。凪姉が消える瞬間を確かめて胸に刻む為に。
頭に一つの呪文が浮かんだ。これは凪姉との別れの言葉。そして俺の、俺が俺自身を強くする為の────信じる言葉。
「第一段階」
俺を包む炎の中、笑う凪姉が見えた気がした。




