プロローグ
目が覚めると自室の天井が見えた。
さっきまでのは夢だったらしい。
顔を洗って鏡を見ると冴えない男の顔が俺の顔を覗いている。
これが俺、桂木春だ。
高校二年生、16歳だ。ちなみに彼女はいない。
俺の両親は既に死んでいて妹との二人暮らし。そのせいで毎日早起きして朝ごはんを作らなきゃいけない・・・・・・んだけど────
「眠っ。朝飯なんて抜きでいいだろ」
やっぱり眠気には勝てないな。瞼が落ちていく。
そんな俺の頬を叩いて朝ごはんを作り始めた。
さっきも言ったけど俺には妹がいる。白銀の髪。ルビーのように赤い目。俺が言うのもあれだが可愛い方だと思う。
「お兄ちゃん、おはよう」
その妹────桂木春が起きてきた。
「ああ、おはよう。今朝飯作ってるからテレビでも見て待っててくれ」
「うん、わかった」
朝から作るのは正直、面倒だ。ということで適当にトーストとジャムなんて質素な物になる。
「お兄ちゃん、ニュース見て。近くだって! この事件!」
パンを手に白が興奮気味にテレビを指さした。それには俺の家から少し離れた所にある家が半壊した状態で映っている。その下には「一家惨殺事件! 犯人は悪魔か!?」と書いてあった。
「悪魔・・・・・・。悪魔か。最近多いな。ちゃんと気を付けて帰ってくるんだぞ」
「お兄ちゃんこそ気をつけてね。最近お兄ちゃんの方が遅いんだから」
「そういえば・・・・・・そうだっけ? でも、俺は良いの。白はまだ子供だろ。だから危ないことは駄目だ」
白の頭を撫でる。さらさらとした髪は触り心地がいい。ずっと撫でていたいくらいだ。でも白はそう思わないらしく、頬を膨らませた。
「また子供扱いする。私だって大人だもん」
「お兄ちゃんから見たらまだまだ子供です。まだおっぱいも小さいしな」
「体の話じゃないよ! まったくデリカシーがないんだから!」
プンプンと鼻息を荒くする白。こういうところとかたまらなく愛おしい。もう最っ高の妹ですよ! この子。
因みに、両親が死んだのはもう10年前になる。その時から周りの大人達に助けられて二人暮らしを続けてるんだ。
「ははは。そういう所とか、本当に子供だな。安心していいよ。白が心配しなきゃいけないことは何もないから」
正直な話、これは嘘だ。親がいないってのは障害があり過ぎる。周りの目もそうだけど、白の学校なんて顕著だ。例えばの話なんだけど、家庭訪問の時なんて「親はどうした」とか「子供が子供を育てるな」とか色々言われるんだからな。
他にも色々あるけど、特にこれが多い。
────と、そんなこと考えてると白が少しだけ目に涙を溜めて俺を見ていた。
「どうした? テレビにグロいの映った?」
「ううん。大丈夫」
大丈夫ならそんな目で見るなよ。俺でさえ嘘だって分かる。いつの間にか出来た俺と白の約束。────絶対に泣かないこと。
何故、こんな約束が出来たのか。それは・・・・・・覚えてないな。なんでだろ?
「とにかく気を付けてね。お兄ちゃんも死んじゃったら。私・・・・・・」
何か言葉を飲み込んだ白が部屋を出ていった。
「じゃあ、行ってきます!」
少しして、白の元気な声が聞こえた。もうそんな時間か。じゃあそろそろ────。
家のインターホンが鳴って迎えが来たことを知らせる。いつも通りの時間。流石と言うしかないな。
家を出ると女の子が二人いた。まずは幼馴染みの如月日向。肩まで伸びた髪。いつも絶えない笑顔。そこまで可愛い! って言うほどでもないけど、明るい性格のせいでそこそこモテる。俺と違ってな!
「おはよ、春くん」
「ああ。おはよう」
そして・・・・・・こっちが本命! 幼馴染みパート2。水無月桜だ。腰まで伸びた黒髪。スレンダーな体型。ザ・大和撫子と言うべき性格。そして勉強と部活を完璧にこなしてる完璧超人。
やっぱりと言うか、桜はモテる。超モテる。1日1回は告白されるくらいにモテる。よく諦めないな、男の方も。
「おはようございます、春。準備は・・・・・・出来ているようですね」
「桜もおはよう。別に毎朝迎えに来なくてもいいんだぜ。俺を待ってたら遅刻するだろ?」
俺の言葉に日向が首を横に振って答える。
「大丈夫。春くんと一緒に走った方が楽しいもん」
おお・・・・・・。なるほど。クラスの男子はこの太陽みたいな笑顔に騙されるのか。笑顔は可愛いからね、日向は。
「そもそも日向が早く起きればいいんです。そうすれば私達が春の手助けも出来るのに・・・・・・」
「あはは・・・・・・。早く行こうか」
「だな。桜の小言に付き合ってたらほんとに遅刻する」
「なっ────! 小言とはなんですか!」
声を張り上げる桜を日向と笑いながら走る。追いかけてくる桜もいつしか笑顔になっていた。毎朝、飽きる程これを繰り返している。多分これからもずっと────。
朝の学活の開始を知らせるチャイムが鳴り響く。俺達はそれを校門で聞いていた。
「あー。やっぱり遅刻したな」
「桜ちゃんがお財布を忘れるから」
「財布を忘れたのはあなたでしょう! そもそも何故お弁当を持ってきてないのですか!」
「忘れただけだよ? だからしょうがないよね・・・・・・。あはは」
「だからあなたは馬鹿なんです! 家を出る前に持ち物を確認しろと何回言ったと思ってるんですか!」
また桜の小言が始まった。まあ、こればっかりはしょうがない。俺だって怒りたい。遅刻したらめんどくさいんだよ、色々と。
成績優秀な桜が遅刻するのは落ちこぼれの俺のせいだ。って頭ごなしに言ってくるからな、俺の担任は。そこからまたグチグチ言われるんだ。
あーあ。また怒られるのか────なんて考えは一瞬で掻き消えた。目の前にいる真紅の髪の女性。その人は俺の学校の中で一番の知名度を誇る有名人だ。その圧倒的な美貌は男女問わず魅了して止まない。そして成績もトップクラス。流石に生徒会長まではやってないけど、支持率は生徒会長を押さえてトップだ。
その人は昇降口で壁に寄りかかって空を見ていた。
真紅の髪の女生徒────火野村先輩を見た日向が呟く。
「火野村先輩・・・・・・」
あのうるさい日向が黙るくらいには存在感がある。っていうより、神秘的? 邪魔をしてはいけない雰囲気がある。
でも、やっぱり綺麗だ。見馴れた学校の景色もあの人がいるだけで輝いて見える。なんか・・・・・・凄い。本当に格が違う。
「遅刻していますが大丈夫なのでしょうか」
桜が火野村先輩を見て言った。そこか!? でも、まあ、その通りなんだけどさ。人のこと言えたわけじゃないが、遅刻はいけないことだ。ここは一言────
「あ、あの! 時間、大丈夫ですか?」
声が上ずった! 恥ずっ! でもしょうがないよな。こんなに綺麗な人と話したことなんてなかったんだから。
俺の問いに火野村先輩は微笑んで答える。
「ええ。教えてくれてありがとう。でも、私はもう少しここにいるわ。今日は少し悪さをしたい気分なの」
「そ、そうですか。じゃあ余計なお世話でしたね。失礼しました」
一礼して、先輩の横を通り抜けた。その時────
「ねえ、あなた」
火野村先輩に呼び止められた。振り返ると先輩が変わらず微笑んで言う。
「今日はよろしくお願いするわ」
「えっ、今日? あっ! はい! 俺の方こそ全力でやらせていただきます!」
もう一度勢いよく頭を下げた。今日の午後、俺はやっと先輩と向き合える。一年前に見た光景に憧れて死ぬ気でトレーニングしたんだ。だから、悔いのないようにしない。
下駄箱を開けて上履きを取り出す。その時に手に触る違和感。まるで紙を触ってるような・・・・・・。まさか────!
ラ、ラ、ラ、ラブレター!? ピンクの封筒にハートのシール。絶対そうだ。これはラブレターだ!
遂に来たか! 俺の時代! 俺の良さが伝わった!
「どうしたの? 早く行かないと授業始まっちゃうよ?」
「ほわあああああああ!」
突然肩から日向の顔が出てきた! ラブレターは見られてない。大丈夫だ。
「ん? 何? 今の?」
「ん? 何が? 何にも持ってないぜ。ほら」
両手を開いて日向に見せる。ラブレターは袖の中に隠してあるからバレないはず。
「本当だ。うーん。手紙を持ってたように見えたんだけどなぁ。はっ! まさか、寝不足!? もっと寝なきゃ駄目なのかな!?」
「馬鹿言ってないで教室に行きますよ。授業が始まってしまいます」
桜が時計を指して嘆息した。げっ! もう9時かよ! さっさと教室に向かおう!
走り出した俺の目の端に真紅の女性の変わらない微笑みが映った。そういえば・・・・・・なんで俺が出るって分かったんだ? 名前はともかく容姿は知らないと思うんだけど。まっ、いいか。
俺の通う高校「鈴鳴学園」は一応進学校だ。だからか、遅刻や欠席には凄く厳しい。
そして成績優秀な桜を巻き込むことが多い俺と日向には特に厳しい目を向けられる。
当然今回も沢山怒られた。
「また遅刻だな、桂木」
昼休み、一人の男子が話しかけてきた。
こいつは白泉正樹っていって俺の唯一の男友達だ。
容姿はそこそこいい。茶髪でワックスでガチガチに固めた髪。着崩したワイシャツ。何故か緩く締めたベルト。
前言撤回。普通にだらしない奴だ。てか、ブレザーのうちでワイシャツ着崩したってどうなんだって話だ。せめてネクタイ緩めるとか程度にしとけばいいのに。
「うっせ。問題になるほど遅刻した覚えはないぞ。ところでさ、ラブレター貰ったんだけど」
机の中からチラッと今朝貰った紙を白泉に見せる。中身は確認してないから分からないけど、多分ラブレターであってるはずだ。
「ラブレター! 幼馴染みからか!?」
「馬鹿野郎! 大きな声出すなよ!」
白泉の口を手で塞いで黙らせた。2人は・・・・・・聞いてないみたいだ。良かった。でも────
「桂木! お前・・・・・・抜け駆けすんなよ!」
「お前、前は恋愛対象じゃないとか言ってなかったか!」
周りの男子生徒から野次が飛んできた! ほら、こうなった。こういう時だけ話しかけてきやがって、厳禁なヤツらだ。
「違う違う。その相手を今から確認するんだよ」
男子生徒の注目を集めながら封を開ける。そして中の紙を取り出して────
「あなたは人間ですか? 人ならば私を呼んでください。願いを叶えます・・・・・・? これって・・・・・・」
「ああ! 俺の家にもこんなチラシ来たぜ。宗教勧誘だってよ」
「宗教勧誘? ────ふざけんな! こんな封してたら期待しちまうだろうが!」
馬鹿か! どんなイタズラだよ! くっそ! 絶対犯人見つけ出してとっちめてやるからな。
白泉はそんな俺の様子を見てゲラゲラと笑っている。
「あぁ、腹痛てぇ。悪い、もうちょい笑わせてくれ」
「何が? 面白いことあったの? 私も混ぜてよ!」
「ああ。実はさ、桂木がラブレター貰って・・・・・・。あっ」
白泉がいつの間にか横にいた日向にラブレターと言ってしまった。別に好かれてるって思ってる訳じゃない。でもさ、幼馴染みにモテないことで焦ってるなんて思われたくないんだ。
「春くん、ラブレター貰ったの? へー。良かったね」
「いや、イタズラだった。これやった奴後で見つけ出してとっちめてやる」
「ははは・・・・・・。でも、良かったー!」
「それはどういう意味だ? 俺がラブレター貰ったら悪いのかよ」
「ち、違うよ! でもね、春くんに彼女が出来ちゃったら。もう3人で遊べないから・・・・・・」
日向が暗い顔を見せて言った。そういうことするとさぁ。ほら、周りの男子の目が痛い。この「何泣かせてんの」みたいな目! 最悪だ。
その痛い視線を避けるように叫ぶ。わざと大きな声でな。
「あー! そろそろ準備しないとな! 次は魔法の授業だ! よし、行こうぜ! 演習場」
「あ、ああ。分かったけどさ。なんでお前そんなに声でかいの?」
うっせーよ! 誰のせいだ! お前に余計なこと言うからだろうが!
はあ、今はこんなこと言ってる場合じゃないか。人を襲う悪魔に対抗する手段として、人間は「魔法」を見つけ出した。俺達学生が魔法を頑張って習得してるってわけ。そして、今日! 今日は新入生への披露会みたいなもので、1年間の授業の成果を見せると共に魔法の授業のデモンストレーションをする日なんだ。
「よし、やるか。2年とはいえ学年1位なんだ。簡単には負けないぜ」
「そんなこと言ってるとフルボッコにされて終わるぞ。てかフルボッコになれ」
「なんなんだよお前! こういう時くらい親友を応援しろよ!」
「はっ? 可愛い幼馴染みを両手に花状態のお前を応援? 絶対嫌だね」
「春くん! 私は応援するよ! ほら、ボンボンも持ってきたんだよ。これ振って応援するから。桜ちゃんも────」
「私もですか!? えっと、全力でやってください。そうすれば結果もついてきますから」
日向からボンボンを受け取った桜が小さくそれを振った。こういうところが俺を駄目にする。周りの男子がヒソヒソと・・・・・・。もう嫌だよ、これ。
昼休みが終わりを告げた。
俺は先生に渡された腕輪を巻いて控え室で待機している。
この腕輪は使用者の身体の状態を見極めて限界になったら麻酔を打って眠らせるって機械。簡単に言うと限界を教えてくれる機械だ。
これを使って火野村先輩と戦う。やっとここまで来た。
去年の合同魔法授業を思い出す。舞うような華麗な動き。洗練された魔法。卑下することなんて出来ないくらいに圧倒的で、美しかった。
あれを見て先輩に憧れたんだよな。あの人みたいになりたいって。その後は必死に練習した。支給品の礼装を改造したり校則を破って校外で魔法の練習したりして。ははは、懐かしい。
「よし、そろそろ着替えよう。やっと・・・・・・。ははは、笑いが止まらない。やっと憧れの人に会えるんだから」
目の前に掛けてある着物へと手をかける。これは礼装っていって、魔法の補助アイテムだ。これが無いと魔法は使えない。
腰に差してある刀の柄を軽く握る。刀身はない刀で魔法を使うと刀身が現れるって仕組みだ。
控え室に銀髪の女の人が入ってきた。魔法の先生、ヒルデ先生だ。
「桂木くん、そろそろ時間よ。精一杯暴れてきなさい」
遂に授業の開始を知らせるチャイムが鳴った。俺、凄い緊張してる。きっと忘れられない時間になる。そんな予感がするんだ。
控え室から出る直前、ヒルデ先生の不自然なまでに明るい笑顔を見た。
演習場に入って見えるのは沢山の人の群れ。人しかいないんじゃないか? そして中心に何も無い空間がぽっかりと空いている。結構広いな、25mくらいの正方形の空間だ。あそこで戦うらしい。
拍手に包まれて1歩、また1歩と空いた空間に近づいていく。
まあ、一応学年1位だからね。これくらいはされる。
四方空間の真ん中あたりに着くと、今度は火野村先輩が演習場に入ってきた。その瞬間────演習場が歓声に包まれた!
紅のドレスを身に纏う先輩が俺の目の前まで来て微笑む。
「お手柔らかに頼むわ」
「はい、こちらこそ。肩を借りるつもりでやらせてもらいます」
去年と同じ礼装。去年と同じ場所。憧れた人を目の前に俺はここに立っている。
興奮してきた。絶対ただじゃ負けない!
刀を抜いて炎の刀身を発現させる。先輩は銃型の礼装を手に持って構えた。
「それでは────開始してください!」
俺の憧れが今────始まった。