悪魔
「はああああああ!? お前なんでここにいるの!?」
前に立っている男に組み付く。いやいやいや、悪魔じゃん! 転校生とか意味分かんないぞ!
悪魔────焔英司は嘆息する。
「別に。転校して来ただけだけど。文句あんのか?」
「いやいやいや、悪魔だろ! ここ人間が通う学校だぞ、分かってんかよ!」
「ああ。ここの校長はあっさり承諾したぜ。暴れなきゃいいってよ」
ここの校長大丈夫か!? 悪魔を普通に招き入れてんだけど! 知らないのか? いや、一昨日は目の前で飛んでたんだぞ! 知ってるはずだ。じゃあ、知ってて受け入れたのか・・・・・・。
「やっぱりおかしいだろ!」
「うぉ! なんだよ、いきなり。とにかく、正式な手続きを踏んで編入したんだ。文句は言わせねぇよ」
そう言って焔は先生に示された席へと歩いていく。むむむ、なんというか納得がいかない。だって、悪魔だぜ。早乙女先輩を、凪姉を責めるつもりはない。でも、あんなことがあったんだ。警戒だってするさ。
他の生徒だってそうだ。教室の空気が不安と恐怖に支配されてる。誰も何も言わない。ただ、何かを訴えるように俺に視線が集まってる。どうやら全部俺任せらしい。
「そうだ。お前に言わなくちゃいけないことがあったんだ」
焔が思い出したように手を叩く。そして────
「オーガス・アモン。つまり、火野村桜花は魔界に帰還した。そして、今からちょうど1週間後に死ぬ」
「は? はあああああああああああ!?」
教室に俺の叫びが響き渡る。死ぬ? 死ぬって、また誰か死ぬのかよ・・・・・・。
「どういうことだよ! 先輩が死ぬって! あの人が殺されるようなことしたのかよ!」
「まっ、それは後でいいだろ。お前の他にも悪魔はいる。そいつとも話さないといけないしな」
焔の顔には何も言わせないって意思表示が全面に押し出されていた。ハッキリ言って、無茶苦茶キレてる。今は黙って従うしかない。でも、俺だって黙り続けるつもりはない。
先輩が死ぬ。それを聞かされて冷静でなんかいられないんだから。
結局、昼休みになっても焔は何も話さなかった。そのおかげで授業は集中出来なくてウダウダ愚痴られる始末。最悪だ。
「桂木くんいるかな? 」
教室のドアから御剣が顔を出した。誰に示されたわけもなく俺を見つけた御剣は微笑んで近寄ってくる。
「ごめんね。昨日は少し用があったんだ」
「ん? ああ、気にしないでいいよ。別に焦る話でもなくなったから」
「そうなのかい? 桂木くんのことだから、てっきり火野村先輩のことを聞いてくるのかと思ってたよ」
その通り。そう言いたくなる気持ちを抑えて苦笑いで返す。御剣に聞かなくても全部あいつが教えてくれる。
俺個人として、聞きたいことも沢山あるんだ。悪魔の魔法の使い方とか。そりゃ、もう色々と。
焔に視線を移すとこっちに移動してきてるのが見えた。それを見た御剣が微笑んで言う。
「久し振りだね。シーザス・フェニックス」
「ああ、久し振りだな。剣聖。お前を見た時は驚いたぜ。まさか人間界にいたとはな」
「そっちこそ。お姉さんを取り戻しに来たのかと思ったよ。逆だったみたいだけど」
「別に。助けようなんて考えてねえ。ただ、気に入らねえんだ、親父もお袋も。いつまでも古い考えに拘りやがって・・・・・・」
焔が唇を噛む。なんか悔しいのか? 俺には何を言ってるのが分からない。完全に置いてけぼりですよ。
フェニックスとか、剣聖とか、知らない単語が飛び交ってる。あと、2人とも知り合いだったんですか。
「はは、君にも反抗期って来るんだね。お父様の人形だと思ってたよ」
「あ? 人形だぁ? 言うようになったじゃねえか。本物の人形が」
「ふーん。そういうこと言うんだね。1回死のうか」
「いいぜ。お前相手に暴れるのも悪くない」
「いや、止めろよ! ここで戦うと危ないから!」
互いに得物を出し合った2人の手を掴んで止める! 人のこと言える気しないけど、短期すぎだろ! 見てて怖い! 怖すぎる!
「黙れ雑魚!」
「桂木くん。人にはね。触れられたくない過去があるんだよ。禁忌を犯した人には罰を与えないと」
2人とも止まる気なし!? しかも雑魚って! 確かに俺は弱いけど今言うことじゃなくないか!?
ほんのりと気温が上がる。原因を探ると、すぐに見つかった。焔の手が少しだけ燃えているんだ!
御剣もそれに気づいている。剣を取り出して構え始めた。
今は・・・・・・そんなことしてる暇があるのか? 先輩が殺されるかもしれないのに。助けないといけないのに。喧嘩なんてしてられるのか? そんなの────
目の前で動く拳と剣。こいつら、本気で戦うつもりかよ! こんな所で魔法を使ったら絶対怪我人が出る。こうなったら────!
御剣と焔の間に入って左手を伸ばす。その手は焔の拳を受け止める────はずだった。焔のパンチは俺の手をすり抜けて体へと沈み込んでいく。
吹っ飛んでロッカーに衝突する。体中を鋭い痛みが駆け巡った! でも、見た感じ大きな怪我はない。痛みも耐えられないわけじゃない。どうやら軽傷らしい。
てか、御剣躱してる・・・・・・。あいつ、すっげー反射神経してるな。それとも悪魔にとっては普通なのか?
「桂木くん、大丈夫かい?」
駆け寄って来た御剣に手を軽く上げて無事を知らせる。俺の傷なんてどうでもいい。ほっとけば治るんだから。
「それよりも、先輩の────火野村先輩のことを教えてくれ。なんで死ぬことになったとか。助けられるのかとか。聞きたいことは沢山あるんだ」
立ち上がるだけで痛みが走る。悪魔の体って案外役に立たないな。もっと、頑丈なのかと思ってた。前の戦いとか、なんだかんだ生きてたし。
何が楽しいのか、焔は俺の問いに笑って答えた。
「さあな、知らね。ただ、あいつが殺されるってのは確実だ。なんせ親父自身が言ってたんだからな。オーガスを殺すって」
「焔のお父さんが言ってたのか? 先輩のじゃなくて?」
「桂木くん。シーザス────焔英司と火野村先輩は姉弟なんだ。だから、同じお父さんなんだよ」
同じ・・・・・・? 同じ!? だって焔だろ? 火野村だろ? あれ、でも火野村って人間の両親の苗字だから関係ないのか。
でも、さっき御剣はフェニックスって言ってなかったけ? 確か、今朝、焔は火野村先輩のことをオーガス・アモンって言ってただろ?
あー、頭が混乱する! 悪魔ってそういうものなのか? 聞いた方がいいのか、こういうことって!
そんな俺を無視して焔が問うてくる。
「まあ、そういうことだ。で、お前はどうするんだ?」
「どうするって何かあるの?」
「お前、話聞いてなかったのか? オーガスが殺される。じゃあお前はどうするって話だ」
「そんなこと・・・・・・決まってる。助ける」
「ふーん。で、どうやって?」
「それは分からないけど・・・・・・」
「僕が何とかするよ。だから桂木くんは────」
御剣の目には強い意志が篭ってる。顔こそ笑ってるけど纏ってる雰囲気がさっきまでの柔らかいものとは段違いだ。
「強くなろうか」
「ああ。まずはそれだよな」
そう答えて俺自身に問う。強くなれるのか?
その答えは簡単だ。頭の中の声と重なる。
────ああ、当然。意地でも強くなってみせるさ。
見渡す限りの燃える草原に俺は立っていた。空には炎の翼を纏う焔。
なんで俺はこんな所にいるのか。それはほんの数分前に遡る。
学校は放課後になり、クラスメイトは部活や帰路へと向かう。そんな中俺は、机に置かれた白い箱を眺めていた。
箱の持ち主である焔が言う。
「よし、トレーニングすんぞ」
「トレーニングって、この箱で?」
「おう。この箱でだ」
箱をつついてみても何もない。叩いても反応なし。何に使うんだ? これ。
箱とにらめっこしてる俺の前で焔が箱に触れる。すると、焔の姿が消えた! 本当になんだこれ!? 俺はどうすればいいんだ!?
同じように触れてみても反応しない。焔が鍵を持ってたとか!? いや、何も持ってなかった。
俺と焔の違い。それは・・・・・・魔力か! 魔力を流せば!
箱が光り出す! その光はどんどん大きくなって飲み込んだ。そして────
今に至るってわけだ。
光の先には焼け野原ってか。笑えるか、そんなの! しかも飛んでるってどういうことだよ! トレーニングって戦闘のことですか!?
「ごちゃごちゃ言うのは面倒だからな。実戦でやらせてもらうぜ」
炎の大玉が俺に降ってきた! どうする!? どうするって・・・・・・逃げるしかないだろ!
全力で後ろに飛んで躱す。実戦ってことは勝つ気でやらなきゃいけない。しかもだ。あいつは殺す気で向かってきてる。だったら────!
ベルトに手を当てて速さを念じる。礼装なら使えるはずだ。なら戦えるかもしれない!
軽くなった体を操って火玉を避ける。集中。一昨日を思い出せば・・・・・・。
炎の針が頬を掠った。いつの間にか火の玉は鋭利な形に変化している。でも、速さは変わってない。避けられる。
「ほう。目はいい。だが、それだけか?」
横から炎の槍が薙ぎ払われた! 腹に直撃したそれを掴んで持ち主に手を伸ばす。
だが、手は空を掴む。まだ焔は空にいる!? さっき声は横から聞こえたのにか!
空を飛んでいる翼は未だに燃え盛っている。その翼は大きく羽ばたいて火の粉を散らす。
落ちた火の粉は草原を燃やすだけ。でも、飛べない俺にはこれ以上ないくらい有効な手だ。飛べなきゃ死ぬ。生きたかったら気合いで飛べってか!
「目が良すぎるってのも考えものだな。中途半端に見て囮に簡単に引っかかる。お前の負けだぜ。新人」
後ろから首に炎の槍が当てられた。いつ間に・・・・・・。さっきまで空にいたはず・・・・・・?
空はまだ火の粉が舞っている。炎の翼も健在だ。ってことは────
「あれ、取り外し出来るのかよ・・・・・・」
「さあ? 敵に手の内を晒すと思うか?」
「敵・・・・・・ね。教えてくれなくてもいいけどさ。見れば分かるし」
あの羽。炎の翼か。それでフェニックスなのね。それが分かれば対策のしようがある。今の俺じゃ何にも出来ないけどさ!
槍が首が離れたらしい。チクチクとした感触が消えた。振り返ると手から氷を出した焔が立っていた。
「今日はここまでだ。だが、覚えとけ。魔法ってのは「不可能」をイメージする行為のことだ」
「不可能・・・・・・。そんなこと分かってる。人間の魔法だって同じなんだ」
「分かってねえよ。お前は馬鹿だが、頭が固い。魔法が使えない理由がそれだ。剣に慣れて手へのイメージが疎かになってる」
「出し方も知らないんだ。使えないのは当たり前じゃないのか?」
「知らないことを誇るな。出来ないなら出来ないなりにあがけ。じゃ────帰るわ」
そう言い残して消える焔。それと同時に炎が全て鎮火した。これがイメージ・・・・・・。魔法の力。これを使えないとあいつには、悪魔には勝てない。
悪魔に至るまでの道はまだまだ遠そうだ