魔力と魔法
学校にチャイムが響いて授業が開始される。禿げた教師が黒板にカリカリと文字を書いていく。
ハッキリ言って、そんなことはどうでもいい。詳しくは聞けなかった。でも、先輩は魔界に戻った。
なんで戻ったのか。一時的なものか、帰ってくることはないのか。それさえも分からない。
例えば、火野村先輩が帰ってこないとして。俺はどうやって生きるのか。御剣と一緒に聖騎士に隠れながら生活をしないといけない。
それはいい。1人じゃないってだけで幾らか救いがある。でも、他はどうする? 俺は魔法の使い方なんて知らない。また悪魔が来たら? 俺と御剣の2人で戦うのか? 御剣がどれくらい強いのか分からないけど、俺って足でまといを抱えながら勝てる保証はない。
聖騎士だってそうだ。昨日はあんなに激しく戦ったんだから、警備が強化されるかも。そうなったら俺は確実に睨まれる。
「どうするかな、これから」
「これからよりも、目の前のテストのことを考えたらどうだ?」
いつの間にか俺の目の前に教師がいた。わざわざ後ろの方の席にまで足を運んで下さるとは、ご苦労様です。
「そうですね。一応考えときます」
「一応だぁ? お前1年の時の成績をもう忘れたのか! 先生達の厚意で上がれたくせに頑張ろうとか思わないのか!」
俺は逆鱗に触れたらしい。教師が怒鳴り散らしてくる。成績のことは忘れてないし、2年に上がってからはそこそこ頑張ってるつもりだ。
でも、今は死ぬか生きるかの瀬戸際。成績とか勉強とか気にしてる暇なんてない。
「他の生徒を見てみろ。皆真面目に勉強してるだろう! それが、最低限。やれて当然のことなんだ。それさえも出来ないお前はクズだ!」
言いたい放題言ってくれる。流石にムカついてきた。だが、まだ先生が続ける。
「大体、お前は中学の時から成長してないだろ。クズがガキを育ててんだ。妹も高が知れるな」
我慢、我慢。こいつに激怒したところでって、話だ。正直、ぶん殴ってやりたいところだけど、問題になるのは困る。
もし、停学にでもなったら白まで色々言われそうだからな。今も言われてるけど。
「先生、授業を進めてください」
桜が立ち上がって言った。先生はそれに舌打ちで答えて前に戻る。あいつ、本当に教師かよ。ったく、慣れたこととはいえ桜達に迷惑をかけるのはやっぱり嫌だ。
『今のだ』
「あ? 何が?」
頭に響く声に小声で答える。そういえばこいつも謎なんだよな。呪いがどうのって言ってたんだけど。
『今のがお前に向けられた呪い。お前に対する妬みや嫌味が俺を作ったんだ』
「やっぱり意味分かんね。妬みって、嫉妬だろ? それが命を作れるのか?」
『命・・・・・・ね。厳密に言えば俺は生きてねぇ。魔法なんだよ、俺は』
「魔法!? いやだってお前生きてたじゃん!」
一斉に俺に視線が集まった! 急いで口を塞いで男に問う。
「魔法って喋るの?」
『俺はお前達の言う魔法とは違う。 悪魔なんかに近い存在だな』
「悪魔に? じゃあ火野村先輩もお前と同じなのか」
『それも間違いだ。あくまで近いってだけ。同じじゃねぇ。いいか? 俺は魔法と同じだ。幾らかの人間の魔力が集まって出来た魔法なんだよ』
「合体魔法みたいな感じか? 見たことも聞いたこともないけど」
『実際には違うが、それでいい。人間の無意識のイメージが1点に集まって意思を作り出す。それが俺だ』
ふーん。やっぱりよく分かんないや。でもお前の場合、俺に対する嫉妬とかのイメージで出来た魔法なんだろ?
『ああ。捉え方次第では「もう1人の桂木春」ってことになるな』
「そういうのやめてくれ。頭混乱するから」
『これだから馬鹿は困る。理解力ないとすぐに死ぬぞ』
「はいはい、ごめんなさいね。馬鹿で」
まあ、とにかく色んな人の魔力が混ざってこの男が生まれたって考えてればいいんだろ。難しいことは全部なしだ。
「本当に貴様は馬鹿だな。クズで馬鹿だ」
また、目の前に先生が立っていた。実はこの人凄い人なんじゃないのか? だって、2回も気付かれずに近づいてきたんだぜ。普通じゃねえよ。
結局、この授業は先生の雷が落ち続けて終わりを迎える。なんと言うか、飽きないね。本当。
放課後になって、俺は御剣に昼休みの続きを聞きに行くために教室を出た。
「御剣くん? もう帰ったけど」
御剣のクラスメイトの女子が教室を見渡して言う。帰るの早いな! あいつ! それとも俺が遅いのか? 今から追いかければ間に合うかもしれない。
「ありがとな」
女子生徒にそう残して駆け出す。割と可愛かったから無言で去るのは良くない。可愛かったからね。
急いで昇降口に降りてみても御剣の姿は見えない。そんなに急ぎの用があるのんだろうか。やっぱり女か!?
「はーるくん! 一緒に帰ろ?」
ドンッと背中に日向が飛びついてきた。突然の衝撃に体がよろめくが、すぐに立て直す。
日向だけじゃない。桜も一緒だった。目が合うと呆れたように笑う。桜も大変だな。日向がこんなだから、いつも苦労する。
「悪い。ちょっと用があるんだ。先に帰っててくれ」
「え、ううん。待ってるよ。どうせ暇だもん」
「長くなるから。帰っていいよ」
「だったら部活に顔出してくるね。それなら私も時間かかるし」
「日向は退院したばかりでしょう。早く帰って休んだ方がいいですよ」
「でも、春くんと話したいことあるから・・・・・・」
日向の様子がおかしい。なんか声が小さい。それにもじもじしてる。珍しいこともあるもんだ。
でも、今は日向と一緒にいたくない。一緒にいると昨日の戦いのことが頭の中をぐるぐると駆け回るから。思い出して、何度も後悔する。
弱いことが、何も出来なかったことが。全て蘇ってくる。だから今は────
「春? それに日向と桜もいるじゃない」
横から声が挟まれた。目を向けると生徒会長が階段を降りてきている。何故か今日はよく会う。これも悪魔の巡り合わせ? 運が悪くなったんだな、多分。
中学の時と比べて随分変貌してしまった理沙を見て日向と桜は固まってしまう。誰だか分かってないな、こいつら。
「この後、理沙と話があるんだ。だから、先に帰って」
理沙を指さして言う。何を言ってるのか分からないという顔をする2人。そして────
「へっ? この人・・・・・・、理沙ちゃんだったの!? ほぇー、なんかすごく変わったね」
「はい。なんというか・・・・・・綺麗になりました。いえ、昔が綺麗でないわけではないのですが」
流石に驚きを隠せないみたいだ。まあ、中学の時はデブだったからな。俺も初めて見た時は「見たことあるなー」程度しか分からなかった。
理沙の出現はラッキーとは言えないけど、日向から逃げるための口実にはなる。
「ほら、行こうぜ。折角だから屋上で話したいんだ」
「え、ええ。でも、屋上?」
理沙の手を引いて階段を歩き出す。正直、場所なんてどこでもいい。日向が帰ってくれればいいんだから。
俺、何やってんだろ。こんなことしても何も変わらないのに・・・・・・。
もう、後ろを見ても日向の姿は見えなかった。
「あー、はむ」
駅前にて、俺と理沙はクレープを食べていた。あの後、すぐに昇降口に戻って寄り道をしてるんだ。
「春は本当に甘い物が好きね」
「ん? まあな。菓子だけが俺の癒しだよ」
菓子は裏切らない。これは俺の人生の教訓ですよ、本当。特に、洋菓子はいい。クレープやケーキ。クッキーもだな。これらは最高ですよ。
店員にクレープをもう一つ受け取った俺に理沙が言う。
「もうそれ3つ目よ。流石に食べすぎだと思うわ」
「大丈夫大丈夫。もう1個頼もうかな」
「そんなに食べても太らないのよね、春は。羨ましいわ」
「理沙も食べればいいのに。どうせ明日も生徒会の仕事に追われるんだろ? 折角の休みなんだから羽を伸ばさないと」
「春が無理矢理連れ出したの間違いじゃない。本当なら今日も仕事に追われてるわ」
理沙の嫌味を無視してクレープにかぶりつく。理沙の羨む顔が食欲を更に唆る。やっぱりもう1個食べよ。
「「もう1個下さいな」」
誰かと声が重なった。隣にいるのはいつかのワイルド風イケメンの聖騎士だ。口の端にチョコレートを付けてやがる。
「おっ? いつかの礼装泥棒じゃん」
「あ? そっちこそ、いつかの口だけ聖騎士じゃないか」
「「・・・・・・クレープもう1個追加で!」」
また声が重なる。こいつには負けたくない。こいつが2つ買うなら3つ買ってやる!
「すいません、クレープ更に1個で」
「じゃあ俺は2つ追加」
「あ? おい、聖騎士。お前、仕事はどうした? 本当に税金食い潰してるのか?」
「はあ? 今日は欠勤だっつうの。お前こそ、前とは違う女連れてるじゃねぇの。お前あれか? 浮気性か?」
「そんなわけないだろ! 理沙はただの友達だ」
「君可愛いね。あいつには、勿体無いぜ。俺とあっそぼうぜ!」
「聞けよ!」
理沙に絡む聖騎士の首根っこに掴んで突き放す。ったく、なんなんだよこいつは。
「何何? 嫉妬? ひゅう、可愛い」
「違うわ、ボケ! ただの友達だって言ってんだろ」
「顔赤いぞー。もしかしてー、片思い?」
「うっせー! ほんと黙れ!」
「クレープ1個お待たせしました!」
「「俺からで! ああ? 俺に譲れよ!」」
クレープ屋のお姉さんの目の前でメンチを切り合って取っ組み合う。結局この戦いは1時間続いた。
空は暮れて、月明かりが地面を照らす道を俺と理沙は歩いていた。手には持ち切れない程のクレープ。さっきの戦利品。ざっと、28個。全種類を2つずつだ。
持ち帰るために特製のケースを貰ったおかげで落とすことはない。でも白に見られたら絶対怒られるな、これ。お金を無駄使いしちゃダメでしょ! って。
「嬉しそうね」
「まあな。クレープがいっぱい。最高の気分ですよ。一個食べる?」
「遠慮しておくわ。流石にもう食べられないから」
理沙が両手で拒否の意思表示をする。まあ、さっきまで2人でクレープをひたすら食べてたからな。気持ちも分かる。でも、やっぱり嬉しいぜ。
それよりも、あの聖騎士はクレープが好きなのか。見た目からは想像できないな。意外だ。案外いい奴っぽいし。今度会ったら前のこと謝りたいな。俺も言い過ぎたこともあるから。
「ねぇ、春。中学の時のこと、覚えてる?」
そう言った理沙の顔は紅い。中学の時か。今思い出すとすっごい恥ずかしいんだよな。あの時は正義の味方が本当にいると思ってたから。
ボランティアとかも喜んでやってた。てか、あの時はそれが1番楽しかった気がする。
「んー、覚えてるよ。2人で色んなボランティアやってたよな。はは、今思い出すと馬鹿みたいだ」
「部活のことじゃないわ。最後の、あの時のこと」
やっぱりあの時のこと・・・・・・覚えてた。俺が理沙と会わなくなった理由。ていうより、人助け部なんてふざけた部活がなくなった理由。あの神崎始と決別した日。
「私は忘れてないわ。だから、ずっと待ってる。ずっと・・・・・・待ってるから」
そして、俺が初めて告白して、告白された日でもある。その答えは未だ、出せてない。
次の日の朝、昨日に理沙に言われたことを引きずったまま机に伏せる。
登校中も頭から離れなかった。火野村先輩のこともあるのに理沙まで・・・・・・。ああ! 俺の頭じゃ処理しきれねえ!
まあ、結局のところ。告白して振られて、実は好きでしたって話なんだけど。神崎がちょっかい出してきたから厄介なことになったんだ。
「よーし、今日は転校生を紹介するぞー」
教師の声が聞こえる。学活が始まったらしい。転校生のこととか割とどうでもいい。それよりも色々考えなくちゃ・・・・・・。
だが、暫くして教室がどよめいた。顔を上げると教卓の前に信じられない人間が立っている!
金髪の髪。爽やかな顔は面倒臭そうに歪んでいる。そう、悪魔だ。
「焔英司。よろしく」
明らかに不機嫌な声音をして、金髪の男は俺を睨んだ。