紅の悪魔
「何をした? さっきまでと何かが違う。何かを取り込んだか」
アスモデウスが驚愕というより、感嘆の声を上げた。俺が強くなるのを喜んでるみたいだ。
「さあな。俺にはよく分かんないんだ」
倒れ込んできた日向を抱きとめて言う。傷がない・・・・・・? 心臓も動いてる。生きてるみたいだ。良かった。
「意味の分からない力。それを使おうと思う思考も、また面白い。魔王様の理想を体現したかのような存在だ」
闇の槍の3撃目。刀は手元にない。でも、分かる。これで十分だ。
横薙ぎに手刀を放つ。手は黒い炎を纏い槍を弾いた。魔法なんて使うつもりはなかったのに炎が出た? しかも見た事のない種類のものが。
『魔法は俺が出してやる。お前は突っ込め』
頭に声が響いた。さっきの男の声だ。そういえばあいつの姿は消えている。ほんとに分からない奴だ。
まあ、そんなことどうでもいい。助けてくれるなら喜んで受けさせてもらうぜ。
「さて、始めようか。我、アスモデウスと貴様の最後の戦い。壊し合いを」
空の魔法陣が一斉に光る。そして浮かぶ槍の全てが降り注いできた!
防げない? ああ、防げないな。でも、それは諦める理由にはならない。
頭に思い浮かぶイメージに沿うだけでいいんだ。空に飛び出して天空を睨む。
両手に黒い炎が灯る。だが、もう遅い! 槍は俺の目の前に迫っていた!
両手を頭の上で重ねてガードする! 腕の炎が広がって槍を相殺した。でも、もう防げない。二撃目はどうする!?
俺の視界で槍がどんどん大きくなっていく。それは終わりを告げる物。どうしようもない絶望が俺を飲み込んだ。
「ぎりぎり・・・・・・間に合ったみたいかな?」
俺を飲み込んだ闇に一点の光が灯る。その光は炎のように揺らいで・・・・・・闇をかき消した!
空が燃えている。晴れた視界に映ったのは燃える景色。例えじゃない。文字通り、燃え盛ってる。
そして、その中心に立つ2人の悪魔。1人は火野村先輩だ。炎よりも紅い髪をなびかせて微笑んでいる。
もう1人は誰だ? 先輩と同じ紅くて長い髪。ただ、人間って感じじゃない。姿は確かに人間だ。でも、尻尾が生えてる。あれは・・・・・・蛇か!? 尻尾なのに顔ですか!?
「許可をいただけたこと大変感謝いたしますわ。お兄様」
「だけど、分かってるよね。これが終わったら────」
「はい、分かっています。ですから、お願いします」
全ての槍が爆発して四散した。たった2人だけなのに・・・・・・。果てなく広がった魔法陣の全てを壊した・・・・・・。
俺の目の前に降りてきた火野村先輩が言う。
「アモンの時期後継者、オーガス・アモンと申しますわ。アスモデウス様」
「オーガス・・・・・・? くふふ、ははは! なるほど、失われた宝か! これは面白くなってきた」
話が見えない・・・・・・。時期後継者とかも全く分からない。でも、コレだけは言える。完全に逆転した。
先輩の本気の魔法はアスモデウスを完全に超えている。この人が味方なら・・・・・・。
「更に、不死鳥の秘宝までか。次世代を担う2つの宝石。素晴らしい。最後にアレは最高の玩具を残したな」
「アレ・・・・・・?」
聞き返すまでもない。アレはあの人を指している。
「惜しい。実に、惜しい。何故この状況で全てを壊さなければならんのか。本当にアレは詰めが甘い。俺を媚びるなら生きて寄こせというのに」
「・・・・・・な」
「やはり、人間は体だけが甘美なだけの人形か。それとも、アレが出来損ないなだけか。どちらだろうな」
「凪姉を・・・・・・アレって言うな!」
俺の雄叫びとと共に体を黒炎が包む! そしてそのままアスモデウスに突っ込んで顔面をぶん殴る!
「あああああああああああ!」
黒炎を宿す拳を腹にぶち込む! そのままアッパーを顎に撃ち込んで吹っ飛ばす! あいつは、あいつは!
黒炎は姿を刀へと変化した。それを握ってアスモデウス目掛けて突貫する!
「春! 止めなさい! それ以上はあなたの身体が────」
火野村先輩の言葉は無視だ。あいつだけは許さない!
「お前はあああああああああ!」
「はははは! いい! 面白い! 憎しみの宿る魔法のなんと心地よいことか。もっと見せてくれ!」
アスモデウスが闇の剣を握る。何をしてきたって。全てぶち破る!
俺の炎とアスモデウスの炎が衝突して爆発する! 即座に再形成。そしてまたあいつ目掛けて振るう!
だが、刀は煙の中で止まった。煙が流れていく。そこに立っていたのは知らない男だ。先輩に似た人じゃない。金髪の髪に整っていて爽やかそうな顔。やっぱり知らない。
「チッ! おい、この犬何とかしろよ。じゃじゃ馬過ぎるだろ、こいつ」
「春、落ち着いて。これ以上暴れたら如月さん達が傷ついてしまうわ」
火野村先輩が近づいてきた。日向が、桜が傷つく? 俺が・・・・・・殺すかも。それは・・・・・・。
黒炎が戦意と一緒に消えていく。金髪の男から放されて、今度は火野村先輩が抱きしめられた。
「私はこれ以上の戦闘は無意味と判断します。命が惜しいのなら立ち去りなさい」
「何故終える? 何故止める。それの本性を見たくはないのか?」
「消えなさいと言っているのが分からないの? これは命令なのよ。それとも死にたいのかしら」
先輩は俺を抱いたまま、アスモデウスに牽制する。それを受けたアスモデウスは指で魔法陣を描いて言う。
「ならば、また次の機会にしよう。邪魔の入らぬ場所で、体の続く限り、破壊を楽しもう」
光に消えていくアスモデウス。それを見送った先輩の肩から力が抜けていった。
「もう、大丈夫よ。戦わなくていいの。だから、泣いていいのよ」
先輩が俺の頭を撫でる。優しくて、柔らかい手に包まれて、それだけで涙が溢れて来る。
「う・・・・・・あ、あああああああああああああ!」
舞い落ちる火の粉の中、俺の叫びが木霊した。
俺が落ち着いてきて、教室に3人の悪魔が集まった。
1人は火野村先輩。1人は、先輩に似た蛇の頭を尻尾に持つ男の人。全体的に先輩に似てる。多分本物のご家族だ。そして、最後は金髪の男。顔に似合わず口が悪い。
先輩は俺の頭をまだ撫でている。流石に恥ずかしい。止めてもらおうにも抱きしめられてるから動けないし、止めてなんて言えるわけがない。それに、気持ちいい。
赤髪の男が先輩の手を止める。
「オーガス。もう止めてあげなさい。皆の前だと恥ずかしいだろう」
「はい、分かりましたわ。ごめんなさい、つい」
「いえ、俺の方こそすいません。服、びしょびしょになっちゃって」
「いいのよ。それよりも、もう落ち着いた?」
「はい、お陰様で。ありがとうございます」
先輩に頭を下げる。もうすっかり怒りは収まった。先輩には本当に感謝したい。この人がいなかったら俺は・・・・・・。
「まっ、これで全部丸く収まったんだ。結果オーライだろ」
金髪の男が口を挟んできた。丸く収まった? ああ、その通りだ。早乙女先輩が始めたゲームは終わった。結果だけ見れば日向は生きてるし、悪魔は倒した。でも、めでたしめでたし・・・・・・とはならない。だって────
「悪魔が3体。大人しくしていただきたいですな」
さっき俺をガキ呼ばわりした聖騎士が剣を向けてきた。事が落ち着いてきた時にこれだ。お前達さっきビビってただろ。
「お兄様、こいつら潰していいですか?」
金髪の男が炎を手に宿す。お兄様と呼ばれた男はそれを止めるように手を金髪の前に出して言う。
「止めてくれ。妹が世話になった人達だ。傷つけたくはない」
その言葉で金髪の男は引き下がった。あの紅い人がリーダー格なのか。確かに1番貫禄がある。
「失礼しました。我々は戦闘行為を行うつもりはありません。ですので、剣を納めて頂いてもよろしいでしょうか」
紅い人は柔らかな笑みを浮かべる。それに怯んだ聖騎士が剣をしまう。だが、1人。逆に前に出てくる男がいた。
「ほえー、これが悪魔なのね。思ったより可愛いじゃん。なあ、春?」
その男は蛇のように長い舌で舌なめずりをしながら先輩を見ている。黒くてボサボサの髪。そいつを一言で表すなら「蛇」という言葉が最も当てはまる奴だ。
「なんで・・・・・・聖騎士になってるんだ?」
とうの昔に縁を切った。殺そうかと本気で思った。俺の狂った学校生活の発端。そいつは一変の変化もなく火野村先輩を、そして倒れてる日向を、必死で泣くのを耐えてる桜を舐め回すように見ながら答える。
「正義の味方になるため♪」
薄っぺらい笑顔を浮かべる男。やっぱり、こいつは嫌いだ。
「お前が・・・・・・か? 神崎始」
全身に走る悪寒に耐えながら感じた。歯車は動き出す。多分それは破滅へと向かって動いてく。
変わらぬ笑顔のまま、幼馴染みは言う。
「おう。だからさ、昔みたいに頼ってくれよ。弟分」