約束
「じゃあ、行きますね。もう、時間です」
「ええ、分かったわ。それと、あなたは何も心配しなくていい。助っ人を呼んでおいたから、あなたは攻めなさい」
「了解です」
9時半まで残り5秒。6本の刀をベルトに引っ掛けて準備は完了した。助っ人が誰かは分からない。でも、先輩は攻めろって言ったんだ。なら、その助っ人を信じろってことだろ。
「ああ、信じてやるさ。先輩が言うならさ!」
時計の針が30分を指す。その瞬間────沢山の人が教室になだれ込んできた! 見た感じ・・・・・・20!? 多すぎだろ!
「とりあえず・・・・・・怪我しないように気をつけてくれ!」
クラスメイトにそう叫んで窓に駆ける。これでいいんだろ。いいんだよな!?
窓の縁を飛び越えて空に体を預けた。先輩の説明を思い出せ。この礼装の効果は────
────上着は翼を生み出せるわ。
そう。羽だ。羽、羽、羽────
「羽ぇぇぇぇ!」
俺の叫びに反応して上着が変形する! 背中の部分が大きく膨れ上がって羽を生み出した!
生えた翼をはばかせて空を飛ぶ。そして屋上に降りて早乙女先輩に言う。
「ゲームは終わりです。死んでください」
「思ったより早かったね。まぁ、予想はしてたんだけど」
早乙女先輩の周りには教室に来た人より多い数の人がいる。どれも顔色が悪い。まるで死体のようだ。
「やって」
先輩の掛け声とと共に周りの人達が襲ってきた! 前から来る複数の攻撃を躱す。てか動き遅っ! テレビに出てくるゾンビみたいだ。
やるしかない。迷うなって言われたんだ。
刀を抜いてゾンビの頭を切り裂く。赤い鮮血が首から吹き出している。落ち着いて、落ち着いて────
複数のゾンビを掻い潜って群れから離れる。不思議と体が軽い。軽すぎるぐらいだ。
凄い。これが、悪魔の礼装か。
刀に炎が灯る。放出される魔法の威力も全然違う。一薙ぎで5人くらい屠った。四方からゾンビ突撃してくる。もう一回、先輩の説明を思い出す。
────ズボンは移動速度を強化出来るわ。
「合言葉は・・・・・・身体強化────速度」
唱えた途端、体が更に軽くなった。さっきまでが羽だとしたら今は風。重さなんて欠片も感じない。
ゾンビの隙間を抜けて攻撃を避ける。後ろから1体のゾンビの頭を貫く。そのままもう1本刀を抜いて更に1体切り裂いた!
凄い、凄い、凄い。体だけじゃない。五感も良くなっている。ゾンビが石を蹴る音や指1本の動きまで鮮明を感じられる。
これも礼装の効果か? 悪魔の礼装って凄い。
「ふーん。少しは体が馴染んだんだね。うん、良かった」
「何言ってるのか分かんないですけど、チェックです」
正直、ゾンビを無視しても大丈夫だ。俺は早乙女先輩の元に駆けて刀を向ける。
「チェック、ね。うんうん、本っ当強いね。さすが火野村さんに食らいつけただけのことはあるよ」
「そりゃどうも。じゃあ、メイトです」
刀を振り上げて先輩目掛けて振り下ろす! これで終わりだ!
「殺せないよ」
刀は先輩の目と鼻の先で止まった。あれ程迷うなって言われたのに・・・・・・!
止めるのが分かってたかのように早乙女先輩は笑っている。
「君は殺せないよ。そう教えられたからね、お姉ちゃんに」
「そんなこと・・・・・・」
「自覚なんてないでしょう。あの日に全部忘れたんだから」
忘れた・・・・・・? それとお姉ちゃんって。もしかしてこの人────
「凪姉のこと知ってるのか?」
「ふふ、どうかな? 教えない」
楽しそうに笑う早乙女先輩。この人・・・・・・。すっごいムカつく。俺のこと見透かしてるみたいだ。しかも、俺の知らない何かを隠してる。
早乙女先輩が後ろに飛び退いた。その先には足場がない。落ちていった先輩は羽を広げて俺の前で翼を広げた。
「桂木くん、来て? 沢山遊ぼ?」
先輩を追いかけて空を飛ぶ! 刀を両手で持って振りかぶる! 俺の体が、肌が、空気の振動を感じた。耳に小さく届く、風切り音!
俺の記憶に残ってる。早乙女先輩の武器────鞭だ! そして、それの軌道は簡単に読める。手の延長線。そこにあるはず!
降下して鞭を避けて先輩の胸目掛けて刀を突き刺す!
俺の目に鮮血が映る。刀は先輩に届いてない。じゃあ────
「ぐっ────!」
1拍遅れて痛みが襲ってきた! 全身が裂けるように痛い! 叫びたくなる。
「あははは! 泣かないの? 泣けばいいのに! お姉ちゃーんって!」
分かってんだよ。叫ぶとこの人が喜ぶことくらい・・・・・・。何でか分からないけど、今日のこの人はテンションが高い。言う通りにしたら調子に乗るだけ。耐えろ、耐えろ、耐えろ!
「ねぇ、桂木くん。君はさ、何で飛べるの?」
早乙女先輩が楽しそうに、笑いを堪えるように、俺に問うた。
「そんなの、礼装があるからに決まってます。俺は人間ですから────」
「じゃあ、次の質問。悪魔が、飛ぶ為の礼装なんて作ると思う?」
「それは・・・・・・実際にあるんだから、作るんじゃないですか」
そう。あるんだ。じゃなきゃ俺が飛べるはずない。じゃなきゃ・・・・・・!
一瞬、嫌な考えが頭を過ぎった。そんなこと、有り得ない。だって、先輩は不可能だって言ったんだ。
でも、早乙女先輩は俺の不安を感じたのか、盛大に笑い出した!
「気付いた? 気付いたよね! だって、だって! そういう顔してるもん!」
違う。違う、違う、違う違う違う! 知らない。そんなの知らない! 俺がいつ・・・・・・
「俺がいつ悪魔になったんだ・・・・・・。それに出来ないって────!」
「出来るよ。忘れてると思うけど空襲の時の死体、半分近く見つからなかったってテレビで言ってたんだ。それはね、悪魔が人間を連れ帰ったんだよ。悪魔に転生させてね」
今度はどこか自虐風に笑う。この人は空襲を知ってる。テレビ────ニュースってことは、その後のことも。
誰なんだ。もしかしたら俺が知ってる。もしくは俺を知ってる人。
「・・・・・・転生。そんなの、違う。火野村先輩は不可能だって言ってた。だから・・・・・・」
「もう1つ教えてあげる。転生はね、死んでも出来る。転生したら新しい体を得て生を受けるんだ。つまり、どういうことか分かる?」
「新しい体・・・・・・。生を受ける。もしかして────!」
あの時、鳥と戦った時だ。確か魔法が暴走した。そして俺の上に鳥が落ちてきた。
もし、あの時俺は死んたとして。その俺を誰かが悪魔に転生させたとしたら。
考えを巡らせる俺に早乙女先輩は追い討ちをかけるかのように言う。
「昨日、体がおかしくなかった? 不思議な気持ちにならなかった? それはね、魂が悪魔のものに変わろうとしてたんだよ!」
昨日? そんなの分からない。だって昨日は眠気が凄かったし、日向のことでそれどころじゃなかった。悪魔の予兆なんて感じる暇もなかったんだ。
「その様子だと分からないみたいだね。私の時は体が熱くて大変だったのに。まぁ、それはいいの。ねぇ、桂木くん。折角悪魔になったんだよ。私の眷属にならない?」
「はっ、何言って────」
「正直、君の身体能力を壊すのは惜しいの。まだ、私を少し超えるくらいしかない。でも、いつか魔王様にだって勝てるかもしれない力を持ってるの。だから────」
「そうですか」
早乙女先輩の言葉を遮る。まだ、弱い。でも、魔王を超えられるかもしれない。それくらい強くなれるってことだ。だったら────
「俺はその力を使って大切な人を守ります。もう、あの時の悲しみも憎しみも繰り返させない。絶対に!」
早乙女先輩の腹に蹴りを打ち込む! 間髪入れずに顔面に一撃! そして揺らいだ体に刀を振りかざす!
「今度こそ、終わりだ」
振り下ろした刀を早乙女先輩が掴んで止めた。押しても引いてもビクともしない。まだ、弱い。でも、まだ力を出せるはずだ!
「桂木くんは悪魔なんだよ。ここで私を拒絶したら君は人間に殺される」
「そうだとしても────! 人殺しをゲームにする奴らを許してはおけない! 俺はあなたを拒絶して、あなたを止める!」
襲ってくる鞭を早乙女先輩から離れて躱す。まだ弱い。まだ────!
早乙女先輩との距離を詰める。見える。見えてきた。早乙女先輩の動きが遅い。学校から火野村先輩の声が聞こえる。他にも白泉や、日向。他の生徒達の声も。これが悪魔の見える世界。これならいける!
鞭の動きに合わせて刀を振るう! 鞭を両断して無防備な早乙女先輩を目の前に晒す!そして刀を早乙女先輩の腹へと突き刺した!
「これで、終わりです」
手応えは感じない。刀は早乙女先輩の腹と腕の隙間を抜けていた。
「なんで・・・・・・? 殺せば本当に終わるのに。殺せば日向を助けられるのに」
「殺しませんよ。・・・・・・殺せないですよ。だって約束したんです。一緒に悪魔を何とかするって。だからこの事件が終わっても俺1人生きてても意味無いんです。一緒に生きて事件を終えないと意味無いんですよ」
違う。もっとシンプルに。もっと簡潔に────
「もっと一緒にいたいんです。だから・・・・・・生きてください」
もっと一緒にいて、一緒に笑って。もっと、もっと、もっと。やりたいことがあるんだ。知りたいことがあるんだ。だから・・・・・・
「お願いだ。凪姉」
俺の言葉に早乙女先輩が目を見開いた。確信はない。でもそんな気がする。俺が知らない俺を知る人物。そして、空襲の時に悪魔になった。つまり、死んだ人。それは凪姉しかいないから。
「今度は俺が守るから。だから────」
「ごめんね────」
突如として、空から闇が降り注いできた。そしてその闇は凪姉の体を貫いて、跡形もなく消し去ってしまった。
ごめんね。でもありがとう。春。その言葉はいつまでも俺の頭の中に響いている。
「うわああああああああああああああ!」
肺の空気を全て吐き出して、空に浮かぶ闇を睨んだ。その闇は見た事ないくらいに深く、そして暗かった。




