零の話
血を見た。
地面いっぱいに広がる血。
そこに俺は立っていた。
周りから響く悲鳴。
殺される人。
誰かを盾にして逃げる人。
いろんな人がいる。
だけど空から来る「それ」は平等に。そして理不尽に全てを殺していく。
「何をしているのですか!? 早く逃げましょう!」
黒い長髪の女の子が俺の腕を引っ張って走る。
一体の「それ」と目が合った。
それは12枚の羽を羽ばたかせて迫ってきた。
「いや・・・・・・助けてください・・・・・・」
走る女の子の泣きそうな声。
周りの悲鳴の中で一際小さい声で嘆かれた言葉は俺の頭には大きく響いた。
あの人ならなんとかしてくれるかもしれない。
「桜、こっち来て」
女の子の手を引いて路地に入る。
「鬼ごっこは終わりだ」
「それ」は手から黒い何かを出して周りの家を攻撃していく。
周りの悲鳴から耳を閉じて逃げ続ける。
家に帰ればあの人がいる。
早く帰ろう。
「春くん、こっち! 早く来て!」
横から女の子の叫び声が聞こえた。
ずっと一緒にいる幼馴染みの声だ。
首を横に振って答える。
そしてもう一度走り出す。
ここを曲がれば家に着く。
助かるかもしれないという安心感と「あれ」が迫ってくる焦燥感で頭が変になりながら角を曲がる。
「────えっ?」
そこにあるはずの家がない。
目の前の瓦礫に埋れてるのは母らしき人の腕。
「嫌だ・・・・・・。こんなの嫌だ」
目から涙が流れてくる。
全部、全てがどうでもよくなってきてその場にうずくまって泣き叫ぶ。
「と、とにかく逃げましょう。危ないです」
女の子の手を弾く。
もう嫌だ。
誰も助けてくれない。
みんな死んじゃうんだ。
「春!」
目の前に迫ってくる黒い針。
逃げようとしても体が動かない。
横から衝撃が加わって針を避けた。
目の前に飛び散る鮮血。
でも俺の体に傷がない。
「あ・・・・・・。桜・・・・・・」
女の子の腕が落ちている。
それがあった場所からは血が滝のように流れてる。
「逃げましょう。早く逃げましょう」
女の子は声を震わせて俺の手を引っ張る。
その手に力はなくてすぐに解けてしまう。
「手間取らせてくれたな。まっ、面白かったからいいけど」
「それ」は転がってる女の子の腕を踏みつけながら笑う。
「きーめた。女の子から殺そう。男の子は泣きじゃくってるとこを楽しんでから嬲り殺そう」
女の子が殴られて踏みつけられる。
何度も。何度も。何度も。
俺は見てるだけ。
ただ、泣いてるだけだ。
しばらくして女の子は動かなくなった。
「それ」は真っ赤に染まった女の子に唾を吐いて俺を睨む。
「じゃあまずは足からだ。いい声で鳴いてくれよ」
「それ」の手が黒く染まって槍を作る。
そして槍を放つ。
「ああああああああ!」
槍は俺の足に刺さって消えていく。
足に空いた穴が俺を恐怖させる。
また「それ」の手に黒い槍が現れる。
「今度は手かなぁ。・・・・・・ん? 生きてたんだ」
女の子が地面を這いずって俺に近づいてくる。
「それ」の放つ槍が塀を攻撃して砕く。
そして瓦礫が女の子の上に降り注ぐ。
それでも女の子は這い続ける。
瓦礫のせいで動けなくなっても。
「面白ぇ。イモムシみてぇ」
面白そうに笑う「それ」
「春、どこにいるのですか? 早く逃げないと・・・・・・」
女の子が小声で言った。
「うっ。あ・・・・・・、あああああ!」
穴の空いた足に力を込める。
立つだけで血が吹き出てくる。
痛い。痛くて嫌になる。
女の子に近づいて瓦礫に手をかける。
「お前は見てろって言っただろ」
お腹を蹴られて地面に転がった。
女の子に向かって振り上げられる黒い槍。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「誰か・・・・・・助けて・・・・・・。助けてよ」
俺は呟くしかなかった。
でもそれに答える声が聞こえた。
「男の子なんだから女の子は守らなきゃ駄目だぞ」
その声とともに「それ」に光が横に振られる。
「お父さん・・・・・・」
「大丈夫か、春。もう大丈夫だ。春も桜ちゃんも助ける」
その男は鉄パイプを手に頼もしく笑う。
「というわけでこれを持っててくれ。絶対に無くしたら駄目だぞ」
目の前に金色のコップが置かれた。
それを抱きしめて頷く。
そして男と「それ」の姿は消えていった。
「桜。桜。桜」
女の子を揺さぶる。
反応がない。息もしてない。
違う。違う、違う!
嫌だ。死んじゃうなんて。
『無駄だよ、死んでるから』
声が聞こえた。
知らない女の子の声。
気づいたらコップはなくなっていて、代わりに銀色の髪の女の子が立っていた。
「初めまして、お兄ちゃん。お兄ちゃんの願いは何? 叶えてあげる」
微笑む女の子。
願い・・・・・・。
そんなの────
「助けて。一人にしないで。桜も皆も助けて」
「うーん。それは難しいね。でもこの女の子は助けてあげる」
そこで俺の意識は終わりを告げた。