筋肉村の村人たち
「美味しい!こんなに美味しいものを食べたのは初めてです!」
コーラルが褒めちぎると、孫娘は嬉しそうに恥ずかしそうにはにかんだ。
孫娘の名前はデイジーと言った。
食事を用意しに行くときに小さな声で教えてくれたのだ。
ともすれば聞き逃しかねない音量だったが、騒がしい軍内部での伝達を聞き慣れてるコーラルにはしっかりと聞こえた。
デイジーの出してくれた料理は絶品だった。
どれもこれも舌がとろけるほど美味い。
軍に帰るのが嫌になるほどだ。
村長の視線が胃に悪いが、それを差し引いてもこの食事を味わう方がずっと価値が高かった。
デイジーは嬉しそうにはにかみながら、次々と料理を出してくれた。
それは見たことのない料理ばかりだったが、王都と離れているこの村ならそういうこともあるかとコーラルは納得していた。
デイジーが言うには村の食堂のおかみさんに習ったそうだ。
これは騎士団が出来てからの楽しみが出来たとコーラルは喜んだ。
翌日、コーラルは起き上がって村の探索をすることにした。
村長の許可があっさりと取れたので拍子抜けしたが、将軍の手紙に便宜を図ってほしいと書いてあったと聞いて納得した。
やはり筋肉は筋肉に繋がっているのだ。
ざっと歩き回ったところ、筋肉村は村長の家を中心に北に入口と宿が、南に倉庫と食堂、西に鍛冶屋、東にギルド支部があって、その間を民家が埋めているといった構成だった。
驚いたことにこの村にはギルド支部が存在していた。魔の山に一番近い村なのだから当たり前と言えば当たり前だが、この村自体がギルドのようなものだと思っていたので正式な支部があるとは思わなかったのだ。
挨拶がてら詳しく聞いてみると、支部といっても小さなものでカウンターは一つしかなく、依頼の受注や素材の買い取りなどはこのカウンターで全て行っているとのことだった。
まあ、小さな支部だし、それで事足りるのだろう。
職員はローザと言うショートヘアの黒髪の女性が1人だけで、すべての業務は彼女1人でやるらしい。
「大変ですね。」と型どおりに感想を漏らすと、ローザは「慣れればどうってことないですよ。依頼は少ないですし、素材も皆さん良い状態で持ち込んで下さるのでとても助かります。」と無表情ながらも楽しそうに答えてくれた。
魔の山のすぐそばでは依頼はそうそう来ないだろうし、冒険者はAランク以上しかこないのだから素材の扱いで失敗があるはずもない。
たしかに職員の仕事は少ないだろう。そりゃそうだなとコーラルは納得した。
話していて、ローザもただの職員ではないと長年の勘でわかったが、それについてはあえて突っ込まなかった。
魔の山に一番近い支部を任される者がただ者であるはずがないと思ったからだ。
騎士団設立にローザは好意的で、「周囲の村への通達も早くなりますね。」と喜んでいた。
今までは、魔物の大量発生したとしても周囲の村々に知らせる術がなく、出来る限りこの村で駆除をするしか採れる方法がなかった。
騎士団が出来れば馬も来る。その機動力が期待されているそうだ。
グラント王国の騎士団の馬はラッカという魔物退治にも同行できる特殊な種だ。
元は魔物だったと言われているが、様々な品種改良で人間にも扱いやすいように改良されたのが現在のラッカだ。
育てるのに非常に手間と金がかかるため、国か貴族の所有でしか見ることは無い。
庶民は普通の馬を使うが、ここでは魔物のエサにされるので、この地方の村は馬を持っていない。
農作物は国がラッカが引く荷車を定期的に巡回させて回収している状態だ。
これでは緊急の時に連絡が取れず、被害が広がる可能性が非常に高い。
まあ、幸いというか、筋肉村の人々が定期的に狩りをしてくれているので、これまで魔物の大量発生という事態には陥っていない。
しかし、不測の事態というものはいつ起こるかわからない。
騎士団が来てくれれば、その辺がスムーズにいくだろうと思われているわけだ。
話を聞いて、将軍が騎士団創設に力を入れていたわけがわかった気がした。
これは非常に危険な状況だ。
ここまで放置されて、今まで無事だったのが不思議なくらいだ。
これは、騎士たちへ求められるのは腕っぷしだけじゃなくなるなと、コーラルはため息をついた。
その場の状況を的確に判断し、柔軟に対応できることが求められるだろう。
何と言っても魔の山の魔物が相手だ。型どおりの騎士では務まらない。
帰ったら集められた騎士の面接も行う必要があるなとコーラルは頭の中にメモを取った。
次にコーラルが向かったのは村の南にある食堂だった。
これから騎士達が世話になるだろう場所だ。挨拶は欠かせない。
迎えてくれたのは妙齢の女性だった。アリサと言う燃えるような赤い髪が印象的な人だ。
話してみると、明るくさっぱりした気性で元冒険者だという。
この村に住めるくらいだから狩りの腕も確かだろう。
腕の筋肉も女性にしては見事なもので『さすが筋肉村の村人だ』とコーラルは秘かに感心した。
「ああ。騎士様。食事ですかねえ?」
「いいえ。今日はご挨拶に来ました。近々騎士団を新設することになりました。団員たちがお世話になると思います。」
「お客なら大歓迎ですよ。うちは結構パーティーがまとめて来るものですから、席はありますからねえ。」
見渡してみると、成る程、結構な席数があった。
これなら騎士団の連中が来ても席が埋まることはないだろう。
「その時はよろしくお願いします。」
「もし、もしもですよ?暴れたりしたら、店からは出て行ってもらいますけどかまいませんね?」
「もちろんです。たたき出して下さい。」
おかみの目が笑ってない。非常に怖い。
コーラルはぶんぶんと首を振って肯定した。
これは団員にはきちんと注意しておかなくては。
酒が入るとアレなやつが多いからなあ。とコーラルは今から頭が痛かった。
もちろん何かあった時は自分が責任もって処罰する気だが、大人しくといってもある程度は騒ぐだろう。
この静かな村では騒音になりそうだ。
迷惑料がわりに、いい食材が手に入ったらここに寄贈しよう。
村長から筋肉村では村人が魔の山から食材を狩ってくると聞いているから、扱い方は知ってるだろう。
どうせ肉は持たないから王都にも送れない。
地産地消だ。身近なところで消費してしまえばいい。
コーラルの返事に満足したのか、残りはこのあたりの名物について聞いていた。
だが、材料がとんでもなかった。キングヒドラに、ゼリースライム、ブルーバット、どれもAランクの魔物ばかりだ。
素材だけでなく肉も極上なのだが、王都ではそれらを食べれるのは裕福な貴族・王族に限られる。
狩ること自体が難しいため非常に高値がつくのである。
コーラルも食べたことはあるが、それも何度か将軍の家に呼ばれたときくらいで、自力ではとても食べられない。
そんな食材を使った料理が名物。とことん普通とはかけ離れた村だ。
デイジーの料理のことを話すと、とても喜んでいた。
デイジーは彼女の一番弟子なのだそうだ。
「あれだけの腕なのに、村長しか食べる人がいないなんてもったいないねえ。」と嘆いたのにはコーラルも同意見だった。
彼女の腕は王都で食堂を開けるレベルだ。
「誰かいいひと見つけられればいいのにねえ。」
「そうですね。」
その瞬間、ピンポイントの殺気がコーラルを襲った。
とっさに剣に手をかけたが、村長だと悟って抜くことはしなかった。
「これだからねえ。あの子も可哀そうに。」
世間話レベルでだめなのか。
それではデイジーは異性と話す機会はほとんどなかったのではないだろうか。
村長の孫娘に関する人外の察知能力に戦慄しつつ、コーラルは彼女の純粋さに納得がいった。
声をかけたいが、今の自分の腕では無理だろう。
せめて将軍の一撃に耐えられるくらいにはならないと、あの村長とは話も出来ないだろう。
帰ったら将軍に挑戦しようと、デイジーのために地獄の訓練を選んだコーラルだった。