筋肉村の村長
お久しぶりです。
2話以降、村長と将軍の筋肉レベルを超マッチョにするかガチマッチョにするかで悩んだ私はアホです(--;)
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「…うっ。ここは?」
意識が戻ったコーラルが最初に気にしたのは場所だった。
視界に入るのはどう見ても民家の天井だ。自分が最後にいたのは川縁だったはずなのに。
「気がついたか。」
ぼんやりしたまま不思議に思っていると、横から低い男の声がした。コーラルは身を固くしてベッドから飛び起きると、そこで自分が鎧を着ていないのに気付いた。
辺りを見回すが剣もない。どうしたものかと思案しながら、なぜ自分が寝かされているのか疑問に思った。
「…助けていただいたのでしょうか?」
盗賊なら騎士の自分をベッドに寝かせるはずがない。意識を失った状況を考えると、コーラルはそれしか思い付かなかった。助けてもらったのなら、戦闘態勢を解かなくては失礼にあたると、慌ててベッドに座りなおした。
目の前に座っていた老人―――髪が白いから老人だろう。大きな体格にそれを覆う筋肉が鋼のようで、とても壮年には見えない―――にコーラルは思わず見とれてしまったが、老人は特に気にした様子もなく質問に答えた。
「助けたのは孫娘だ。水汲みに行ったときにお前さんを見つけたらしい。担いで村に帰ってきた。」
魔の山近くの川に水汲みをしに行く女性がいるのも驚きだが、自分を担いだという話にはもっと驚いた。コーラルは体格に見合った重さを持っているし、鎧もつけていたからかなりの重量だったはずだ。孫娘と言うからには若い女性だと思われるのに、かなりの怪力を持っているらしい。
そこまで考えて、ある可能性に思い当たった。というか、それしか思い当たらなかった。
「そうなんですか。ありがとうございます。孫娘さんにも改めてお礼を言わせて下さい。私はコーラル。グラント王国の騎士で、このたび設立されることになりましたフィラント騎士団の団長に任命されました。…ここは『魔の山に一番近い村』でしょうか?」
「そうだ。周りからは筋肉村と呼ばれている。…俺はこの村の村長をしているグレイブだ。ようやく騎士団を置くことにしたか。俺が生きてる間は無理だと思ったが。」
騎士の礼に則って挨拶をすると、老人…村長も名乗り返してくれた。コーラルは目の前のグレイブが村長だと聞いて驚きつつも、予想通りの村の名前に将軍の手紙を思い出して自分の荷物を探した。
幸い、リュックはベッドのそばに置いてあったので、そこから手紙を取り出すとグレイブに渡した。
「これはラーケン・ジグボルト将軍からのお手紙です。お渡しするよう言付かりました。」
手紙は出発前に将軍が「これを持って行け。少しはやりやすくなるだろう。」と渡してくれたものだ。将軍は筋肉村に伝手でもあるのかもしれない。あの凶悪なまでの筋肉を思い出すとそう感じる。ラリアットだけで武装した騎士を5,6人はぶっとばすのだ。ありえない話である。
将軍の手紙を受け取った村長も将軍に負けず劣らずの超マッチョだ。グラント王国は必要最低限でいることを美徳とするので、国民も無駄な脂肪や筋肉は好まない。マッチョと言っても細マッチョがモテるので、本当のマッチョを見るのは稀だ。
むろん、軍事国家であるため戦う職業である騎士や冒険者はその基準から除外されるが、それでも影響はあるもので、グラント王国には力よりスピード重視の戦士が多かった。つまり、将軍や村長のような超マッチョは国内では非常に珍しいと言える。マッチョ繋がりなんだろうか。
「…将軍になってたか。出世するとは思ってたが、結構順調みたいだな。」
村長の口ぶりにやはり知り合いだったのかとコーラルは納得した。筋肉は筋肉を呼ぶのだ。
村長はコーラルを見ると頷いた。騎士団の件を了承したということだろう。第一関門は通過だ。ホッとしたところにノックの音が響いた。
「おじい様。水汲みが終わりました。騎士様の具合はいかがでしょうか?」
若い女性の声が聞こえる。これが件の孫娘だろうか。かわいらしい声をしているとコーラルは思った。礼を言いたいと思いつつも、コーラルは内心で覚悟を決める。
彼女は目の前の超マッチョの孫娘だ。一般人の倍の重量はあると自覚している自分を担いで村まで戻った女傑である。そのため、かなりごつい容姿をしている可能性が十分にあり、命の恩人を見て取り乱すようなことがあってはならないと思ったのである。
「ああ。今、目覚められた。入ってきなさい。」
村長が声をかけると、頭に布を巻き付けた女性が俯きながら入って来た。これが孫娘だろうか?
大きな三角の布で頭をすっぽりと覆っているし、もう夏も近いというのに長袖にロングスカートで背を曲げている。まるで老女だ。驚いたものの恩人に礼を言わなくてはと、コーラルは孫娘に話しかけた。
「あなたが助けてくれたのか。ありがとう。」
コーラルが声をかけたことに驚いたのか、孫娘は顔を上げてコーラルを凝視した。
コーラルはコーラルで孫娘の顔を見ながら内心で自分の予想が外れていたことを喜んでいた。
(なんだ。顔は可愛いじゃないか。美人とはいえないが、十分愛らしい。たしかに体格はだいぶ良い方だが、俺の周りのむさくるしい奴らに比べれば天使だな。)
筋肉祭りな騎士たちと比べる方が間違っている気もするが、その時のコーラルは純粋に孫娘に好感をいだいた。最初の予想がかなりひどかったというのもあるが、まあ、結果オーライだ。
それと同時に、コーラルは笑顔を保ちながらも孫娘の恰好の理由に見当をつけていた。孫娘は通常の街娘よりずいぶん体格が良かったので、それを隠そうとしてこうなったのだろう。
王都では背の高さや骨格に関しては無駄とは思われておらず、むしろそれを際立たせるドレスが流行っているが、地方では昔から小さく小柄な娘が良いという価値観がある。それは大昔に移民が地方に住んだために起こった価値観のズレなのだが、彼女を見るとその感覚を基準に自分を恥じているようだった。
「…具合はいかがですか」
頬を赤く染めながら孫娘が聞いてくる。自分の姿を恥じているようすなのに、心配して様子を見に来てくれたらしい。なんだこのかわいい生き物は。三角巾からこぼれる髪は金糸のようにきらめいているし、青い宝石のような目がうるんでこちらを見つめている。
横で村長がオーガを一撃で仕留めそうな視線でコーラルを射していなければ、ふらふらと彼女に触っていたかもしれない。
「気を失っていただけです。もう大丈夫です。」
孫娘をこれ以上緊張させないように、コーラルは先程より丁寧な言葉で気遣いへの感謝を返す。彼女に嫌われたり怯えられたりしないように気を付けなくてはいけないからだ。
コーラルはこの時点で孫娘に惚れていた。コーラルは顔は悪くないのだが、細マッチョよりではあるものの騎士として鍛えているため、普段は細身好きな王都の若い娘さんには好意を寄せてもらえない。すり寄ってくるのはせいぜい酒場のお姉さんくらいのもんである。
それが目の前の彼女はどうだ。うるうるした瞳で頬を染めながら、夢見るように自分を見つめている。こんなことは人生初体験だった。その時点で心臓を鷲掴みにされた。
少々体格が良かろうともコーラルよりは小柄だし、抱きつぶす心配のいらない相手だというのも良い。
猫背だからわかりにくいがプロポーションも悪くないだろうと思われるし、要はコーラルの好みにドンピシャにはまったのだった。
横からの視線にさらに殺気が籠るが、そこは騎士団で鍛えたスルースキルで流してしまう。やっと訪れた春の予感にコーラルは内心舞い上がっていた。