騎士団長になった理由
「キシャアアアッ。」
耳を突き刺すような叫び声と共に大型のヒドラが襲い掛かってくる。
コーラルは次々と突き出してくるヒドラの頭を避け、懐に潜り込むと首の付け根の一番柔らかいところに剣を突き刺しす。
「ギャオオオッ。」
低い腹に響く断末魔を最後にヒドラは倒れた。これで10体目だ。
ヒドラといえば、Bクラスがやっと倒せるレベルだ。それがこの半日で10体。
それ以外にも、ゴブリンの集団に襲われたり、メタルスライムの群れに出会ってしまって大量の強酸を吐きかけられたりと、魔の山に近づくにつれ、遭遇する魔物の数もレベルもどんどん上がっている。
コーラルは「魔の山というのは誇張じゃないな。」と納得しながら、そんな土地に存在し続けている「筋肉村」がどれだけ魔境かいやでも理解せざるを得なかった。
そもそも何故そんな所に人が住んでいるのかというと、将軍から聞いた話ではこうだった。
もともと、魔物のレベルが高すぎて、魔の山の周辺に人は住んでいなかった。そこにトップクラスの冒険者たちが仮宿のようなものを作ったのだそうだ。
そして、そのまま魔の山を基点に活動するものが出始め、その数が1人、また1人と増えていき村となったらしい。
冒険者ギルドの支部が正式に無いのもそれが理由だった。当たり前だ。Aクラス以上の冒険者のごろごろいる村なんて支部そのものといっていい。むしろ裏のギルド本部と言ってもいいんじゃないだろうか。
将軍から魔の山と村のことを聞かされた時はまさかと思ったが、これだけ魔物のレベルと遭遇率が半端ないと、将軍の話は誇張ではなかったことになる。
ということは、これから向かう「筋肉村」には大陸でも滅多にお目にかかれない猛者たちが揃っているというわけだ。
「はあ。俺が選ばれるわけだよ。」
コーラルはため息をつきながら、将軍の話を思い出していた。
元々村に名前はなかったらしいが、村に住む冒険者たちが余りにも強く、周囲の魔物を狩りまくった結果、近隣の村々(といっても距離がかなり離れている)の安全が保障されるようになり、冒険者たちの強さを称えて「筋肉村」と呼ばれるようになったという。
どう聞いても脳みそ筋…ただの蔑称に聞こえるが、将軍はいたって真面目に話していた。少なくとも、村人たちはその名称を好んでいるようだ。
名づけの由来もあって、筋肉村では素晴らしい筋肉とそれを使いこなせる強さが求められる。
その基準が冒険者Aクラス以上だと聞いたときは無茶を言うものだと思ったが、実際こうやって魔の山の近くに来ると最低限必要な強さなのだと実感する。
コーラルが団長に選ばれたのも、筋肉村に認められるだけの筋肉と強さがあると判断されたからだ。
そこまで聞くと騎士団のメンバーと実力が気になったが、まだ決まったばかりでメンバーは国内各地に散っていて、集めるのに時間がかかるかると言われた。
集まったら試合をするから、実力はその時に直接見ろと将軍に言われ、それもそうかとコーラルは納得した。
しかし、そうなるとメンバーが集まるまで時間が空く。なら先に、団長の初仕事として魔の山の視察と、筋肉村に騎士団設立の知らせと挨拶をしてこいと将軍に送り出された。
騎士団を設立した後は、筋肉村との連携が必要になることは十分あり得ることで、友好な関係を気付いておくに越したことは無い。
ウワサに聞く魔の山も見ておく必要があったので、コーラルはすぐさま出発した。
そして、現在、魔の山に近づくにつれ、大量の魔物と戦うはめになっている。
「…村にたどり着くだけで試練だろ。Aクラスでもきついんじゃないか?」
これで村に着いたら強すぎる村人に認められなければならないのだ。
初任務から無茶過ぎる指令である。
「ったく。先が思いやられるな。」
愚痴りつつも、剣を構える。何かの気配が近づいてきているのがわかったからだ。
息を整え、感覚を研ぎ澄ませる。一撃で仕留めなければ、集団だった場合、こちらの命がない。
ザザザザッペタッ
「っっ!」
音がする方向を見た瞬間、顔に何かが張り付いた。
プルプルしていて、つかみにくい。引っ張ると伸びて、顔からはがれない。
(しまった!スライムかっ。)
コーラルは剣を捨て、両手でスライムをつかみにかかる。
その手にもスライムが飛びつく感触があり、これは本格的にマズイと判断する。
スライムといえば最弱モンスターで有名だが、それは1つか2つの場合であって、集団となるとこれほど恐ろしい敵はいないと言われている。
集団と化したスライムは単体の時とは違って獰猛な捕食者になる。一斉に獲物に襲い掛かり、獲物の水分を奪って動けなくしてから食べるのである。
コーラルは最悪の自体を想像して、顔に張り付いているスライムを死にもの狂いで取った。
口にまで入り込んでいたスライムを吐き出すと、一気に空気を取り込む。
「っっはあっ。ぜいっ。クソっ。騎士の恰好で助かった。」
コーラルはぼやきながらも自分に張り付いたスライムを叩き落としていく。
騎士団長として挨拶にいくのだからと、正式な王国の紋章の入った騎士の鎧にマント姿だったのが幸いした。
グラント王国は軍事に金をかけているだけあって、騎士の鎧は特殊な加工が施されている。薄い結界のようなもので、今回のようにスライムに襲われても中まで侵入されることはない。
暑いからと兜は脱いでいたため顔に張り付かれたが、他は被害がなかった。
急いで剣を拾ってその場を離れるが、移動するうちにめまいを覚えるようになった。
恐らく原因は先程のスライムだ。顔に張り付かれた時に思いっきり水分を奪われたのだろう。
だが、水筒は魔物に襲われたときに無くしてしまっていた。この辺りの魔物の数と実力を理解していなかったコーラルの失態である。
「どっかに水場は…川の音?」
コーラルはふらつきながらも、周囲に気を配った。
すると、耳がかすかな水の流れる音を拾う。
確か魔の山は水源が多かったはずだ。土地が豊かなのは水が豊かだからだと聞いたことがある。
コーラルはかすかに聞こえる水の音に希望を見出し、ふらつく足に力を入れて音の方角に急いだ。
「…川だ。やった助かった…。」
何とか川にたどり着くと、顔を突っ込んでごくごくと水を飲み干す。染み渡るようだ。
顔を上げると、河原にうずくまる。もう動くのは限界だった。
村まであとどれくらいかわからないし、ここで休憩する方がいいだろうと、目を閉じる。すると意識が下の方に吸い込まれるのがわかった。
(あ~。マズイなこりゃ…。でも、朝から戦いずくだったからなあ。もう動けねえ。)
そこまで考えて、コーラルは意識を手放した。