騎士団長に任命
ある王国の片隅に小さな村がありました。
村は魔物の出る魔の山のすぐ側にあり、そのせいか、自然と強いもの達が住むようになりました。
あまりにも強い村人達は、魔物を退けるだけでなく、積極的に狩ってはお金に換え、近隣の村々を助けていました。
そんな強すぎる村の村人達はみんな見事な筋肉を持っていたので、いつしかその村は「筋肉村」と呼ばれるようになりました。
しかし、強すぎる村人たちが頑張っても、魔物の脅威は去りません。
そこで、王国は魔の山の傍に騎士団を設立することにしました。
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「…私が。ですか?」
コーラルは確認するようにゆっくりと言った。
たった今、目の前の上司であるラーケン・ジグボルト将軍から直々に言い渡された内容が信じられなかったからだ。
「そうだ。騎士コーラル、お前をフィラント騎士団の騎士団長に任命する。」
先程と同じことを繰り返す将軍。
いかつい顔が面白そうに笑っている。これはとても不吉だ。
「…フィラント騎士団とは?聞いたことがありませんが。」
平民の自分が騎士団長に任命されただけでもおおいに疑問だが、騎士団の名前も聞いたことがないものだ。
不吉な予感がヒシヒシとする。
「そうだろうな。このたび、フィラント地方に新設された騎士団だ。」
何てことないように将軍が言う。
コーラルは自分の予感が正しかったことを理解した。
フィラント地方といえば、魔の山と呼ばれる魔物の住処のあるところだ。
山と言っても、周りに広がる森も含めて範囲はかなり大きい。高レベルの魔物が出ることから、Aクラス以上の冒険者でないと仕事をこなせないことでも有名である。
その危険地帯に設立される騎士団だ。最前線と言ってもいいだろう。
そこの団長など、貴族連中は誰もやりたがらない。だから自分にお鉢が回ってきたのだ。
「とうとう騎士団設立ですか。」
自分が団長なのは納得がいかないが、騎士団設立は前々から必要だと言われていたことだ。仕方ないか、とコーラルは内心でため息をついて無理やり納得する。
「ああ。ようやくだ。議会の阿呆どもを相手にするのは骨が折れた。」
将軍もため息をつきながら相槌を打つ。達成感より疲労の方が濃いのだろう。
将軍はフィラント地方には専属の騎士団が必要だといち早く提言していた人だ。
かの地は魔の山ばかりが有名だが、それと同じくらい豊かな土地でもある。作物を育てればかならず収穫が望めるし、魔物を倒して得られる素材は高価なものばかりだ。
魔の山のおかげで誰も領地にしたがらず、王国設立当初から王家直轄地となっているため、フィラント地方は王家にとっても王国にとっても大事な資産である。
ゆえに、かの地の動向はいち早く把握しておく必要があるし、有事の際は騎士団が動ける状態でなくてはならないと、将軍は十数年前から提言していた。
先代の王も当時王太子であった現王も騎士団設立に賛成したが、隣国との紛争が続いていたため、「今もっとも懸念すべきは、魔物ではなく隣国の動きである。」と議会は承認しなかった。
しかし、紛争にかたが付き、国内の復興に力を入れ始めると、資源の宝庫であるフィラント地方に目が向けられるようになった。すると、今度は情報の伝達の遅さが問題とされた。
現状では、王都と魔の山は国内でも対極の場所にあり、魔の山に動きがあっても情報が城に届くのに10日はかかる。それでは魔物が大量に発生したときに対応が出来ない。
せめて魔の山の近くに見張りの砦でも作ろうかという話もあったが、調査したところ、砦が完成する前に魔物に襲われる危険の方が高いと却下された。
冒険者ギルドでさえ、魔の山の傍には支部を置かないくらいだ。現実的とは言えない話だった。
砦の話を聞いた時、コーラルも「そりゃそうだろう。」と思ったくらいだ。
そんな紆余曲折を経ての騎士団設立だ。将軍の苦労が忍ばれる。
「お疲れ様です。」
「ああ。だが、あそこは一筋縄ではいかん土地だからな。実力がなければ死ににいくようなものだ。だから、騎士団を作るといっても、最低限の数しか揃えられなかった。すまんな。コーラル。」
将軍のすまなそうな言葉にコーラルは不満などなかった。
魔の山に隣接しているため、コーラルの仕えるグラント王国は軍事に力をいれてきた。そのおかげか、実力のある騎士たちがそろっているし、軍事設備も周辺国では抜きんでている。
隣国との紛争はあっても戦争にまでならなかったのは、この圧倒的な軍事力のおかげでもある。
そのグラント王国でも魔の山に向かうとなれば精鋭を選ばなくてはならない。
王都や隣国との国境の防衛を疎かにするわけにもいかないので、メンバーを選ぶのには苦労しただろう。
むしろ、よく騎士団といえるまでの数を揃えられたものだと感心していた。
「いいえ。充分です。騎士コーラル、フィラント騎士団騎士団長の任、謹んでお受けいたします。」
考えてみれば、プライドだけの貴族どもを相手にするより、魔物を相手にする方が気が楽だ。
「覚悟は決まった。後はやるだけだ。」と、コーラルは気合をいれる。
「うむ。期待している。お前の腕なら筋肉村でも通用するだろう。」
しかし、その気合も将軍の言葉で霧散した。
奇妙な言葉が聞こえたからだ。
「…『筋肉村』?ですか?」
この言葉が、コーラルのその後の人生を大きく変えることになる。