気になるあの子
学校で見かけた彼女は
今まで出会った誰よりも
輝いて見えた
【Side B】
「あっちー・・・」
暑い夏のある日、夏期講習という名の特別授業に駆り出され
私は今、夏休み中にもかかわらず学校に来ている。
夏期講習とか、高校までだと思ってたのになー。
大学生になっても、所詮学生は学生の身分から抜け出せないのか・・・・。
「そんなこと言われなくたってわかってるし。」
隣の席に座って携帯をいじっている友人、紗英に突っ込まれる。
「こんな暑かったらさ、言いたくもなるじゃん。しかも今夏休み中だよ。何やってんだか・・・。」
私は反撃のために言い返す。
「それはあんただけじゃなくてみんな思ってるし。あたしだって思ってる。心の中だけにしといてよ。余計暑く感じるから。」
ホント大人な意見しか言わないやつめ。喧嘩相手には絶対にしたくないな。負けるの確定だし。
「あーあっちーあっちー。なんかいいことないかなー。」
そんな紗英の攻撃に反抗するため、わざとらしく大きな声で言ってみる。
「だからやめろっつの。」
バシっと肩を叩かれた。
「痛いんですけどー。」
「一生言ってろ、アホ。」
そんなたわいもないやりとりをしていた時だった。
「あ、紗英だ!良かったー知り合い居たー!」
後ろから可愛らしい声が聞こえた。
紗英と同時に振り向くと、そこには会いたくて逢いたくてしょうがない彼女が立っていた。
「あれー楓じゃん。夏期講習出るんだ。」
「そうそう。前期の授業でわからないところあってさー。」
「マジメだねー楓は。」
「そんなことないよー。紗英だって出てんじゃん」
願いは口に出して言ってみるもんだ。
良いことあったよ。
「楓」と呼ばれた彼女は、この大学の中でダントツで可愛い。
と私は思っている。
いや、実際、校内で見かける彼女の周りには、大抵イケメンの男性がいたり
同じように可愛い、美人な女性がいたり、それはもう目の保養でしかない造形美の方たちで溢れている。
彼女を見て「可愛いよねー」とか「美人だよねー」とか言っている人たちは、
私の周りにもたくさんいる。
そんな彼女に私は、出会った初日に心臓を射抜かれてしまった。
きっかけは単純。隣に座っている紗英に、彼女が話しかけてきたのだ。
もともと二人は同じ高校出身で知り合いだった。
それが同じ大学なもんだから、お互いを見つければ必然的に声をかけあう。
しかし、紗英と私は経済学部、彼女は文学部。同じ文系といえど学部が違えば会う機会も少ない。
そんな数少ない機会の場に、紗英と同じ学部に入り、たまたま友人となった私が居合わせたのだ。
私自身人見知りが激しいので、友達の友達の人間には声はかけられない。
「ヘタレなだけでしょ」と紗英に言われたことがあったが、断じてただの人見知りである。
そんな私に、だ。
初対面にもかかわらず、去り際に彼女は微笑みかけてくれた。気がした。
でもそれだけでもう心臓は射抜かれていた。
たかだか、友達の友達である私にまであんな笑顔を向けるのだから、
もっと近しい人には、果たしでどんな顔を向けるか考え込んでしまう。
ホント、恐ろしい人だよ。
「ほら、遥。あんたはあんたの講義があるんでしょ。もうすぐ始まるんだから、早く行きなよ。」
横目で彼女に見とれていた私に。紗英がピシャリと言った。
「うぇ?」
バカみたいに情けない声を出してしまった。
「うぇ?じゃない。早く行かないと遅れるよ。教室遠いんでしょ?」
「あ、そっか。そうだったね。ごめんごめん。ありがと。」
好きな人の前で情けない声を出してしまったことが、こんなに恥ずかしいとは・・・。
恥ずかしさのあまり、謝りたいのかお礼が言いたいのかわからなくなってしまった。
つーか、ホント、紗英は人の失態を見逃さないな。感心するわ。
急いで席を立ち、颯爽立ち去ろうとした、が、
カシャン
ケータイを落としてしまった。
最悪だ。これじゃただのおっちょこちょいだ。恥ずかしすぎる。
拾おうとして慌てて屈もうとしたら、私のケータイを握った手が差し出された。
びっくりして顔を上げたら、
「はい、どーぞ。」
笑顔の彼女がそこにいた。
「あ、どうも。」
「ホントヘタレだね。」
もう紗英はお笑い養成所にでも入ったほうがいいと思う。
でも、この時ばかりは、紗英のツッコミの的確さに恐れ入った。
そうだ、自分は人見知りじゃなくてただのヘタレだ。
絶対顔が赤くなってる。鏡見なくてもわかる。恥ずかしすぎるよ。
「紗英と一緒の講義じゃないの?」
やばいやばい。この状況で彼女に話しかけられても、まともに会話できない!!
「あ、えっと。教職とってるから、そっちの講義、受けなきゃいけなくて・・・。」
そこまで言いかけたところで、講義10分前を知らせる予鈴が鳴った。
良いのか悪いのか、なんというタイミング。
「ほら!早く行きなって!」
紗英が急かすのであたふたしてると、「ふふふ」と彼女が笑った。
居ても立ってもいられなくなって、「あ、じゃあ。」という最高にそっけない挨拶でその場を去ることになってしまった。
「ホント、最悪だ・・・。」
講義先の教室へ移動しながら、ポツリとつぶやいた。
好きな人の前で恥をかく事が、こんなに恥ずかしいこととは・・・。
いつか紗英に仕返しをしようと誓った。
でも、夏休み中は会えないと思っていた彼女に会えた。それは、紗英に感謝しなければいけない。
それに、いつも目で追っているだけだった、高嶺の花だった彼女と、ほんの少しだけと話せた。
願ってもいないことだった。
魔法で彼女を惚れさせることもできない。
「ヘタレ」の称号を紗英からもらっているから、紗英を巻き込んで
「夏だからみんなで海とか行こうよ」なんて言えるわけがない。
そもそも、そんな勇気も持ち合わせていない。
もしくは、「みんなでドライブ行こうよ」とか、言えるわけもない。
そもそも、車もないし、免許もない。
でも、せめて「友達の友達」のポジションから「友達」のポジションへ昇格したい。
そうすれば、今よりもあの笑顔をもっと近くで見れる。
同じ講義をとっていれば、隣の席とになれるかも。
私がよく居眠りをするから、起きたら顔を合わせて「おはよう」なんて挨拶ができたりするし。
会いたいなー
さっき会ったのになー
そこの角から、ひょっこり登場とかしてくれないかなー
夏だし、ひと夏のアバンチュール的な何かあってもいいと思うんだけどなー
そんなことを教室に着くまでずっと考えていた。
もうベタ惚れだ。
今まであまり人に興味を持たない方だと思っていたけど、彼女の登場が私の人生を大きく変えた。
講義開始のチャイムが鳴ったと同時に、私は席に着いた。
最後列の窓際、端っこの席。
もともと人数の少ない講義なうえに、夏休み中だからいつもより広い教室を使っているせいか、人がまばらだった。
私の周りにも、一人か二人くらいしかいない。
もちろん、彼女もいない。
一人になって冷静になってみる。
自分は、可愛くもなければ美人でもない。目立たない、日陰を歩いてきた人間である。
そんな自分が彼女の近くにいたいなんて、身の程知らずも甚だしい。
そもそも、生まれた星の下が違う。
そして、女同士、同性である。
そんな二人が近くにいていいわけがない。
でも、今日みたいな偶然があれば、少なからずの可能性があるかもしれない。
夏という魔法の力を持ってすれば、日向にいる彼女が、日陰にいる私のものに
「・・・・・・・んなわけないか。」
そりゃそうだ。
冗談は妄想の世界だけにとどめたほうがいい。
うん。そうだ。自分は、そんな日向にいていい人間じゃない。
影から彼女を見守っている方が性にあっている。ヘタレだし。
そうだ。そうなんだ。
今のままで、いいんだ。
そう、自分に言い聞かせた。
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【Side A】
「つーか楓さ、遥と話したの今日初めて?」
「うん、そうだけど?」
「そっかー。全然そんな感じしないね。」
「え、なんで?」
「だってさ、いっつもあたしと会う度にさ、遥のこと聞こうとすんじゃん?」
「え、そんなことないよ。」
「いやいや、そんなことなくないでしょ。この前は、遥がどこでバイトしてんだとかしつこく聞いてきたし。その前は、いつも
遥とどんな話してんだーとか聞いてきたし。」
「えーそんなこと・・・・ないと思うけどなぁ・・・・。」
「ホント、昔から嘘つくの下手だねー。」
「え、う、嘘なんかついてないよ!」
「はいはい。ついてないついてない」
「ちょっとー!ホントについてないってばー!!」
「はいはい。そーですねー。」
まったく、昔から嘘がつけてないって言ってあげてんのに。全然信じようとしない。アタシからしたら、
遥も楓も、思っていることが顔に出すぎ。
そんなに気になってるんだったら、直接話しちゃえばいいのに。
「・・・・遥、コンビニでバイトしてるよ。」
「えっ!ホント?どこのコンビニ?」
・・・・・まったくコイツは・・・・。