「輪廻i」
「懇篤の鎮魂歌を奏でてあげるわ。あなたの為のね」
間隙久遠と有想夢想を玩弄する者、同時に学園最高理事長である彼女は、冷たく冷え切った声で呟く。表情も声同様、とても冷たく、軽蔑する様な目で、すぐ前に立つ青年を虚ろな瞳で睨みつける。
しかしこれが彼女の平常の顔であり、特に冷たい態度を取ろうとしている訳ではない。
「久しぶりね、非禁禁忌。あなたは世界の平和を守る為、1人で戦って来たようだけど、あなたのその行動は私の計画の邪魔なのよね」
「……輪廻i。世界を乱す事がお前の目的なのか?」
輪廻i。これが間隙久遠と有想夢想を玩弄する者の名である。この名を知る者が非禁禁忌の他に居るのだろうか。
間隙久遠と有想夢想を玩弄する者はそんな名を呼ばれた事など一切、気にせず会話を続ける。
「そんな事は無いわよ。私はこの世界を我が子の様に愛しているわ。……そんな事より、私の学園に何の御用事かしら? ここは卒業者には無縁の場所だと思うけど? まさかあなたが授業を開催しようとでも言うのかしら?」
ここは学園の中心部。しかし中心部だと言うのに背景はすごく、こざっぱりとしている。
限りなく高い場所なのか、それとも、それ以外が原因なのか、雲が海の様に溢れる場所に、正方形の足場がぽつんぽつんと不規則に並んでいるだけだ。
しかしその大量の雲は、足場の周囲に浮かんでいるだけで、それ以上、上には一切存在しない。例えるならば、ドライアイスから発せられる煙。あの気体は周りの空気より重い為、下に沈んでしまう。この場にはそれと似た現象が起きている。
足場は大きい物から小さい物、他の足場より高い物から低い物とバラバラだが、共通している事が2つある。それは、まずどんな足場も綺麗な正方形である事。次に足場の中心に小さな灯篭が立っていると言う事。灯篭は5cm程の大きさで、中にはロウソクが小さな灯を宿している。
足場の下は当然の如く、雲が邪魔で何も見えない。足場が地に立っているのか、宙に浮かんでいるのかもわからない。それどころか、ここが高い場所なのかどうかもわからない。
「……授業を開催? この場所でか?」
「ふふ……そうね。」
こんな無駄話が無性に楽しいのか、輪廻はつい、笑みを露わにしてしまう。
しかしそこで非禁禁忌と間隙久遠と有想夢想を玩弄する者の会話は終わってしまう。
お互い話す事が無いのか、沈黙と言う静寂が訪れる。
しかしその静寂は長くは無かった。
輪廻が、唐突に月を見上げ話を始めたのだ。
「今夜は月が綺麗ね。こんなにも綺麗な月を見ると思い出すわ」
「……なにを?」
「愛しい者と過ごした日々を……」
「……それを俺に言ってどうする?」
「ふふ……そうね」
2回目の台詞……だが1度目とは違い、輪廻の顔に笑みは無かった。それどころか、愛した者を失った時の様な悲しい顔をしている。
「……それで、どうするんだ? 戦うのか?」
「あなたは何時もそうね。目的の為なら、手段を選ばない。けれども決して他人を犠牲にしようとはせず、何時も何時も自分を犠牲にする。そしてそれを止める事も出来ない、と言うことを思い知らせる様な質問……。けどね、もう輪廻は居ないの。過去の自分は捨てたわ。そう、私は間隙久遠と有想夢想を玩弄する者。たった一つの幸せを願ってここまで来たんだもの。今さら後には退けない。さぁ、かかっておいで! 私の全身全霊を掛けて、あなたを救って見せる」
異世界で魔法ものらしく、幻想的な背景を考えたが、表現するのが難しい。
『月が綺麗』はかの有名な……あれですよ、そう、あれ。