chapter2ー1 正常な帰り道での異常な帰宅時間
「――という訳なんだけど……って、ちょっと聞いてる?」
栄司は目の前でひらひらと振られた手に気付き我に返る。
「え? あ、えーっと……すみません、聞いてなかったです」
「大事な話なのだからちゃんと聞いてもらわないと困るわ」
「ご、ごめんなさい」
そう言われても、と栄司は思う。
ここは戸椈駅のホームにある待合室。
そこで栄司は椅子に座りながら『守護者』によるこの状況の説明を受けているのだが、いかんせん先ほどから始まったこの非日常に適応できておらず、未だにこれは夢なのではないかという希望にも似たことを考えていた。
「やっぱり、夢じゃないんですよね?」
「確かめてみましょうか?」
素面で準備をした守護者の平手は丁重にお断りし、栄司は溜息を吐く。
「ですよね……」
「そう悲観的にならなくてもいいんじゃないのかしら」
「この状況下で悲観的にならない理由が一つでもありますか」
「私がいるわ」
そう言い切った『守護者』の目は本気だった。
「最初に言った通り、私は君の想現化によって具現化された希望の一つ。他の皆はどうか分からないけど、私は君が拒まない限り盾にもなるし剣にもなるわ」
想現化というのは、自分の中の思い出や感情と言った強い想いを想現具として具現化することができる、想現者――自分に与えられた力だと栄司は守護者に教わった。
他の皆というのは『守護者』以外に栄司が創造したキャラクターたちの事だ。
「それにしても、なんで『守護者』はこんな細かいことを知ってるの?」
「言わなかった? 神さまに教えてもらったのよ」
「あ~神さまか。なら納得……って、え?」
あまりにも『守護者』が事も無げに言うものだから聞き流すところだった名前をなんとか拾い上げる。
「か、神さまってあの神さま? 世界とか生物を作ったって言われている?」
「そうらしいわ。自称だから確証はないけど」
とんでもない話になってきた。
「ってことは何? これは神さまのお戯れみたいな事態なの?」
「その逆。神さまにとってもこの事態は芳しいものではないらしいわ」
「じゃあ、なんで神さまがこの事態を収拾しないのさ」
「いつもならそうしているらしいわ。けど、理由は不明だけど今回は直接手が出せないって言っていたわ」
「神さまなのに?」
「神さまなのに、よ。それで神様だって言うのだからとんだお笑い草よね」
『守護者』がため息をつく。
神でも収拾がつけられないような事件に巻き込まれてしまったようだ。
その事実を叩きつけられた栄司もつられて深い溜息を吐く。
「そう気を落とさないで。何もまったく介入してくれなかった訳ではないのだから」
「介入って、例えば?」
「その一つがこの能力よ」
「この能力が神さまの力ってことか」
「正確にはその欠片のうえに劣化版だけどね。あ、そうだ」
パンッ、といきなり『守護者』が無表情で両手を叩く。
「! いきなり何さ」
「いえ、重要な事を聞き忘れていたのよ」
『守護者』は一度咳払いをしてから話はじめた。
「君は私を創りだした、ある意味私の親みたいな存在よね?」
「まあ、そうなるね」
栄司はたじろぐ。まさか、自分と同じぐらいの異性に親と呼ばれる日が来るとは。
「つまり、私の事は私以上に知っている。そうよね?」
「あ、ああ」
「なら、話は早いわ」
そこで『守護者』は一度会話を区切り、大きく深呼吸をする。
「私の……私の名前、本当の名前を憶えているわよね?」
「何を突然。当然憶えているよ。君の本当の名前は……ってあれ…………!?」
栄司は愕然とした。
知っているはずの名前が口から出てこないのだ。
外見の特徴も、年齢も、性格も、好きな物も、嫌いな物も、家族構成も、趣味も、名前以外の項目なら鮮明に思い出せるのに何故か名前だけが思い出せなかった。
『守護者』だけではない、他のキャラについても同様だった。どうしても名前だけが思い出せない。
その自己嫌悪にも似た違和感に戸惑っている栄司を見た守護者は「やっぱりね」と言いだげに溜息を吐いた。
「自分自身の事なのに何故か思い出せなくてね。もしかしてと思ったんだけど……」
「ごめん、力になれなくて……」
「気にしないで。元はと言えば自分の名前すら忘れた私が悪いのだから」
気まずい雰囲気が流れ始めかけた瞬間、二人しかいないホームに電車到着のアナウンスが流れる。
「やっと来たか」
椅子から立ち上がり、栄司達は電車に乗る。乗客も自分達二人だけらしい。
「……蒼」
「蒼?」
ボソッ、っとつぶやいた栄司の言葉を守護者が聞き返す。
「とりあえず……ね。仮の名前が『守護者』じゃ味気ないでしょ?」
その言葉に『守護者』――もとい蒼は唇をゆるめて「ええ」と頷くのだった。
――
「そういえば」
と、電車の中の席に座り一息ついた後、蒼が言った。
「まだ想現者の能力について全てを教えていなかったわね」
「想現化以外にあるの?」
「ええ。後二つあるわ」
と言って、蒼は右手の指を二本立てた。
「一つは『身体の強化』。今までと違った感じがしない?」
「そう言われてみれば……」
栄司は座席に座ったまま腕や足を少し動かす。いつもよりも大分楽に動くような気がする。
「と、言っても流石に石壁を壊したり屋根の上を跳んで移動したりは出来ないわ。まあ、無いよりはマシ程度に受け取って頂戴」
「う、うん」
自分の体の変化に多少うろたえながら栄司は頷く。
「そして、もう一つは想現具に対応した『支援能力』というのがあるのだけれど……悠長に説明している暇はなさそうね」
「え、それはどういう――」
意味? と聞こうとした栄司は蒼の指差す方を見て事を察した。
――車両を区切る扉ののぞき窓に異形の影が映っている……
今頃になって車内が不気味な程の静寂に包まれていることにも気付き愕然とする。
「まさか……さっきの奴が他にもいるなんて」
「奴ら、よ。二体いるわ」
二人が席から立ち上がったと同時に車体と車体を隔てる為の扉を破壊してあの黒い獣が二体同時に襲いかかってくる。
「下がって!!」
言われた通りに彼女の背に隠れるしかない自分を情けないと思いながらも栄司は獣達と距離をとる。
栄司が十分に戦場から離れた事を確認した蒼は、帽子のつばに右手をかけて脱ぐと、まるで手品師が帽子の中に仕掛けが無いことを見せつけるように構える。
他人から見ればカッコつけるているだけにも見えなくもない構えだが、彼女の生みの親である栄司は知っている。
それが彼女流の開戦の合図である事を。
何も知らない獣達の片方が、その突き出されている右手を喰らおうと飛び掛かる。
が、その牙が右手に到着する前に帽子の中から小さな蒼い影が六つ飛び出すと、それらからそれぞれ一本、計六本放たれた蒼い閃光にその体をふっ飛ばされ、その口内に閃光と同じ数の穴を開けることとなった。
「どうやら知能はほとんどないようね。これ見よがしに構えた帽子に何か細工があること位幼稚園児でも理解できるでしょうに」
今しがた光線を放ち、今尚蒼の周囲に浮かんでいるのは、長さは五センチ、太さは一センチ程度で先端が丸まっている棒に鍔を着けたような物体であり、何かのアクセサリーに見えなくもない。
その実、彼女の武器の一つであり、彼女の職業である『宝具士』(ジュエリスト)が魔法の行使の媒介に扱う『宝具』という物である。
現在、蒼が展開中の宝具は短剣(タガ―)型と呼ばれ、ビットのように自分の周囲に展開して先端から魔法を放出して扱うタイプのものだ。
既に二体の化け物を屠ってきたレーザーだが、実はレーザーではなくただの水である。
蒼はこの宝具を使い、さながらウォーターカッターの如き超高圧の水を発射しているにすぎないのだ。




