七話
最終話です!
暗い暗い海の中を漂っているような感覚だった。
(死んだのかな)
ぼんやりとそんなことを思う。
しばらくそのままでいると、遠くから声が聞こえた。
5歳の俺ではない、優しくて懐かしい声が。
「ちーくん」
呼び声に、目を開く。
そこには、俺が5歳の時に死んだ母親が立っていた。
「かあ、さん?」
俺の声に、かあさんは微笑んだ。
「頑張ったね、ちーくん」
「・・・うん」
そうだ、俺は十分頑張った。
あんなに苦しかった心臓は、もう何も訴えては来なかった。
(もう、いいんだ)
そう思うと、自然と足が母親の方へ向く。
あちらの世界へ、足を踏み入れー
「いいの?」
問いかけに、足が止まる。
俺の頭には、村岡の顔が浮かぶ。
死んで欲しくないと涙を流しれくれた。
可笑しそうに笑った。
(いいのか?俺は本当にあちらに行っても・・・)
迷いが生まれた。
あそこに未練なんか残さないつもりだったのに。
いつの間にか、大切なものが出来ていた。
(涙は見たくないって思ったのに)
次に、主治医の顔が浮かぶ。
ため息を吐いて俺のわがままを許してくれた。
泣きそうな顔で、助けるって言ってくれた。
(助けてって言ったんだ)
「悲しませたくない人が、いるのでしょう?」
そういってかあさんは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
(そうだ、行かなきゃ)
向こうに戻ったとしても、すぐにここに戻るかもしれない。
ここなんか通り過ぎて、いきなりあの世かもしれない。
それでも俺は、戻らなきゃならなかった。
「いってらっしゃい、ちーくん」
母さんの手のひらが、俺の頭を優しく撫でる。
「いってきます」
俺はそう言うと、歩き出した。
かあさんとは反対方向へ。
暗闇のなかの小さな光を目指して。
***
少女のすすり泣く声が、微かに聞こえた。
(泣かないで)
静かに思う。
(俺は、笑った顔が好きだからー)
すすり泣く声が途切れて、代わりに言葉が漏れた。
「千歳くん・・・?」
少女の呼び声に、俺の意識は覚醒した。
長い間眠っていたような感覚。
ゆっくりと目を開くと、少女と目が合った。
「千歳くんっ!!聞こえる!?」
少女の、村岡の声に俺は答えようとしたけど、言葉が出てこなかった。
代わりに、点滴の針が何本も繋がる左手を微かに持ち上げて見せる。
それを見ると、村岡はまた涙をたくさん零した。
「よか、った・・・」
視線を横に向けると、たくさんの機械が見える。
カレンダーの日付は、俺が最後に目を閉じてから6日経過したことを示している。
(ちょっと寝すぎだな)
そんなことを思って心の中で苦笑する。
「・・・たすかったの・・・?」
ようやく出るようになった、小さな声で呟いてみる。
すると村岡は、涙を拭って笑って見せた。
「そうだよ」
それは、今まで見た中で一番可愛い笑顔だった。
「おかえり、千歳くん」
「・・・ただいま」
にっと、精一杯力強く笑ってみせる。
俺たちは、静かに唇を重ねた。
心臓が高鳴る。
もうこの手は離さない。
いつかこの命が尽きるまで、聞かせて。
キミのコトバを。
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