六話
家に帰ると、眠気に襲われたのでさっさと寝た。
それなのに、夜風呂から出て自室に戻ると、また眠気に襲われる。
「何だよ・・・まだ寝足りないなんて」
分かっている。
俺の体はもう、家でのんきに風呂なんて入っていい状態じゃない。
学校で酷い発作を起こしてから、俺の心臓は時々痛みを訴え続けていた。
主治医も、この状況を知っていて見逃してくれたのだろう。
「・・・死にたくないな」
ぽつりと呟く声は、夜の闇に消える。
眠気に抗えなくなってきて、目を閉じる。
まぶたの裏には、村岡の笑った顔が浮かんだ。
俺がどんなに願っても、意思とは関係なく心臓は弱っていく。
「村岡、ごめん」
眠りに落ちる寸前、そう呟いた。
***
午前中の授業は何とか出た。
毎時間先生に「保健室行け」と言われたけれど、大丈夫で押し通した。
「千歳くん、どこ行くの?」
昼休みに入った瞬間席を立つ俺を、心配そうに見つめる村岡。
「ちょっと保健室行くことにする」
さすがに無理だと思った。
心臓がズキズキ痛む。
「そうしな。顔色悪い」
そう言って見送ってくれる村岡に背を向け、教室を出る。
最後まで村岡に嘘を吐いたことに心で謝りながら。
***
ふらふらと廊下を歩く。
心臓が激しく脈を打つ。
呼吸が乱れる。
(ダメか・・・)
保健室はまだ先だ。
とてもたどり着けそうにない。
歩き出そうとして、力が抜けた。
俺はそのまま廊下に倒れる。
「あ!?」
「先生、横峰君が・・・!」
周りの人が騒ぎを起こすのが聞こえる。
ちょうど近くを通っていた先生が慌てて駆け寄ってくる。
「横峰君、大丈夫!?」
先生の慌てた声に、俺は薄目を開けることしか出来なかった。
(村岡、ごめんー)
生徒の騒ぐ声と、先生が救急車を呼ぶ声を聞きながら、俺は思った。
(たぶんこれで最後だー)
本能的にそう思った。
飛びそうになる意識を必死で繋ぎとめる。
少しでも長く、この世界にいたかったから。
どれくらいそうしていただろうか。
ふいに聞き慣れた、でもいつもより真剣な声で呼びかけられた。
「千歳、聞こえるか!」
俺は閉じていた目を再び微かに開く。
いつの間にか意識は途切れたらしく、俺は救急車に乗せられていたらしい。
目に映るのは、やっぱりあの主治医だった。
「ごめんね先生・・・もう無理みたい」
震える声で呟くと、先生は泣きそうな顔になった。
「無理とか言うなバカヤロウ!」
心臓が一際大きく痛んで、声にもならない声を上げる。
それが和らいでから、俺は泣きそうな顔で笑った。
「じゃあちゃんと助けてよ?」
主治医も、泣きそうな顔で笑った。
「きっと助けてやるよ。だから今は寝とけ」
「うん」
目を閉じるとすぐに、視界は暗転した。