五話
無理に退院し、無理に学校に行った結果、何の前触れもなく発作が起きた。
「・・・・っ!!」
急な痛みに顔をしかめ、すぐ隣にあった空き教室に倒れこむように侵入する。
今までにないくらいの激しい発作に、ポケットから薬を出すのもままならない。
(やばいっ)
全身から嫌な汗が噴き出す。
そこに、少年の声が響く。
『迎えに来たよ』
小さな俺の声だった。
「行かない・・・っ!」
呼吸に紛れるように声を絞り出す。
『おいで、おいで』
俺の意思とは関係なく、どんどん声に吸い寄せられていく。
(待って、まだー)
結局まだ村岡に話を出来ないでいた。
(何のために退院したんだか)
そんな時、俺は近くで誰かの声を聞いた。
「村岡、いいところに!」
そんな先生の声の後に、村岡の声も聞こえた。
(こっち来る・・・)
途切れかける頭に、足音だけが響いた。
俺は必死に廊下に手を伸ばした。
手が何かを掴む感覚と、
「うわっ!?」
悲鳴と尻餅をつく音。
「千歳くん!なに・・・」
村岡が息を呑む音が聞こえる。
それから慌てた声。
「っ、誰か呼んで来ないとー」
村岡が離れる気配に、俺は慌てて声を出す。
「・・・り」
小さくかすれた声しか出せなかったけれど、村岡は足を止めてくれた。
それが何だか嬉しくて、心強かった。
「え・・・?」
「くすり、と、って」
今度はちゃんと聞こえてくれたのか、彼女は顔を寄せて聞いてきた。
「ど、どこ!?」
「右の・・・・っ、」
震える声で、そこまで言うのが限界だった。
もう口からは不規則な吐息が漏れるだけ。
(あぁ、格好悪いなぁ)
そんなことを思っていると、村岡はポケットからピルケースを探し出してくれた。
「あったよっ!」
ようやく小さな粒を飲み込むことが出来た。
(頼む、効いて・・・!)
祈り、強く目を閉じる。
そんな俺を、側で村岡がじっと見守ってくれている。
永遠と感じられるような、実際は2分くらいじっとしていると、祈りが通じたのか落ち着き始める。
「・・・ありがと」
顔を上げ、小さく、でもはっきりと言った。
「良かった・・・」
村岡はそう言った瞬間、両目から涙を溢れさせた。
「え、村岡?」
俺は戸惑った声を上げる。
「何泣いて・・・」
「怖いじゃない!」
俺の言葉を遮り、村岡は廊下にも響くような大音量で叫んだ。
「死んじゃうなんて言わないでよ」
両手で顔を覆い、その隙間から嗚咽が漏れる。
涙が床に落ちる。
「死んで欲しくないよ・・・」
そんな村岡に、俺は自然と手を置いた。
「ごめん」
村岡はびっくりしたようにこっちを見て、また泣いた。
***
夕方、俺は病院に来た。
「先生」
廊下を歩いていた主治医に後ろから声をかけると、彼は振り返って笑みを浮かべた。
「おぉ、何だ来たのか」
「報告しに来た」
俺も笑って答える。
「取り戻せたよ、ちゃんと」
俺の言葉に、主治医はにっと笑って頭をくしゃくしゃにして撫でてきた。
「そっか、よくやったなぁー」
大きな手が、髪をかき混ぜるように撫でる。
「で、入院する気になったか?」
その言葉には即答した。
「ならないよ。俺はぎりぎりまで離したくないから」
主治医は、俺の頭から手を離してため息をついた。
いつものように。
「おう、頑張れよ」
その優しさに、俺は心の中で感謝した。