四話
目を開くと、白い天井と淡いカーテン、白衣の端が視界に入る。
「起きたか?」
次に聞こえた主治医の言葉で、俺は病室にいることを知った。
「お前何したんだ?信じられないくらい悪化してるんだが」
そう言って顔をしかめる主治医。
「女の子に逃げられた」
俺は苦笑してそう言った。
そんな俺の言葉に、主治医は黙って笑うだけだ。
「こんな体なのに、こんな名前ってただの嫌がらせだよね」
天井を見つめて呟く。
千歳。
母親が名づけたというその名前は、あまりにも自分に不釣合いだった。
「お前ら、似てるなぁ」
「何が?」
「ちさきさんとお前。言うことがそっくりだ」
その言葉に目を見開く。
「かあさんと?」
「お前の母親の名前、どう書くか知ってるか?」
急に来た質問に戸惑いつつ答える。
「知らない。おばさんは教えてくれないし・・・」
「千に咲く、で千咲だ」
そう言って彼は目を閉じる。
「千咲さんもお前みたいに嘆いてたよ。『千年咲くなんて、ひどい皮肉ね』って」
俺を見る目は、とても穏やかだった。
「でも彼女は、最後まで諦めなかったよ。最後まで咲いてた」
かあさんのそんな話を聞くのは、初めてだった。
俺はなんだか、かあさんに勇気をもらった気がした。
「取り戻せるかな」
俺はぽつりと呟いた。
「取り戻せるさ。お前が取り戻そうと思えば」
うん、と心の中で言って、襲ってきた睡魔に身を委ねた。
***
2週間ほど入院していたが、心臓は回復する気配がなかった。
どうやら本気で無理をしすぎたみたいだ。
「ねぇ、先生」
ベッドの上で、俺は主治医に問いかける。
「退院させてくれない?」
「ダメだ」
即答だった。
タイムリミットは目前ということだろう。
「・・・死ぬ前に、会いたい人がいるんだよ」
俺はじっと主治医の目を見つめる。
彼はしばらく俺と目をあわせ、ため息をついた。
「・・・わかった」
いつだって俺は、この人のこういう優しさに助けられて来たと思う。