三話
翌日登校すると、昇降口で村岡が泣きそうな顔で飛びついてきた。
「千歳くんっ・・・!」
俺の心臓がそれだけで危険なくらい跳ね上がる。
(落ち着け俺・・・)
心の中で念じて、村岡に笑みを向ける。
「おはよ。朝から何焦ってんの?」
「い、や別に・・・!」
村岡は慌ててそっぽを向いた。
その顔は今までにないくらい真っ赤だ。
(やっぱ可愛いって)
俺の顔も自然な笑顔になる。
「昨日何で来なかったの?」
「寝坊した。それで来るのめんどくさくなった」
思いっきり嘘をつく。
いつの間にか嘘をつくのが癖になってしまったみたいだ。
「あはは、ダメじゃんちゃんと来なきゃ!」
村岡は可笑しそうに笑ってくれる。
この笑顔を、涙で染めたくない。
強く、そう思った。
「ごめん、心配した?」
「当たり前だよっ!!」
おどけて言うと、顔を極限まで近づけて叫ばれた。
(近い近いっ・・・!)
一瞬で挙動不審になる心臓を押さえつけ、慌てて遠ざかる。
胸に手を当て深呼吸を繰り返していると、村岡がはっとしたように呟く。
「ごめん・・・びっくりしたよね」
その目は伏せられて、口は堅く閉ざされていて。
胸がどうしようもないくらい痛んだ。
(見たくなかったのに)
結局こんな顔をさせてしまっている。
「もう平気だから。そんな顔しないで?」
手をひらひら振って、なるべく明るく言う。
「ほんとに・・・?」
すがるような目で見上げられる。
「うん、ほんと」
心臓が高鳴るのを必死で抑え、にっと笑ってみせる。
「わかった。もうすぐ始まるし教室行こう?」
安心したような笑みを浮かべる村岡に、俺はうなずいて歩き出した。
(このままじゃいけないー)
これ以上彼女と一緒にいてはいけない。
これ以上深入りさせてはいけない。
俺は決意した。
***
「もう関わるなって・・・どういうこと?」
放課後の屋上で、村岡は俺の言った言葉を呆然と繰り返した。
「・・・俺は、もうすぐ死ぬから。村岡に迷惑かけたくない」
村岡と目を合わせることなんか出来なくて、俺は地面を睨みながら搾り出すような声で言った。
「・・・なにそれ」
彼女もまた、小さな声で呟いた。
「私がいつ迷惑って言ったの?」
「いや言ってないけど・・・・」
感情のない声にしどろもどろになる。
「千歳くんはずるい」
「え?」
村岡の声に、はっと顔を上げた。
「私には何も言ってくれない。嘘しか言わない!」
泣きそうな、震える声で彼女は叫ぶ。
「千歳くんのばか!もういいよっ」
「あっー」
村岡はそのまま屋上を走り去った。
(ばれてたのか)
俺はそのまま立ち尽くすことしか出来ない。
心臓は狂ったように脈打ち、息は乱れ全身が震える。
(行かなきゃ)
震える手でポケットから薬を出して乱暴に放り込み、1分も待たずに走り出す。
心臓は止まれ、と警告を発するかのように痛む。
(今止まる訳には・・・!)
そう思うのに、足は止まる。
行かなければ、と思うのに足は動かない。
(くそっ・・・!)
意識が遠のくのを感じる。
(何で・・・っ)
地面に崩れ落ちる寸前、意識は完全に遮断された。