二話
席がすぐ後ろの村岡は、よく俺に話しかけてくる。
桜がすっかり散った頃、俺はちょっと迷っていた。
(このまま村岡と仲良くしてたらー)
悲しい思いを、させてしまうと思うから。
他の人間とはあまり関わらないようにしているが、村岡とはすっかり親しくなってしまった。
「千歳くん、どうしたの?」
「あ、いや何でも」
ぼんやりしていた俺を、村岡が心配そうな顔で見つめてきた。
「今日さ、一緒に帰らない?」
満面の笑みで俺を誘ってくれる村岡。
出来れば承諾したかったけれど、
「ごめん今日病院なんだ。ていうか毎日おばさんの迎えだし・・・」
両親のいない俺は、おばさんの家に引き取られ暮らしている。
おばさんはとても過保護で、『誰もいないところで倒れたら困る』などと言って、学校へは強制送迎だったのだ。
「そっか・・・じゃあばいばい」
寂しげな笑みを浮かべ去る村岡に、心の中で呟く。
(ごめん)
自由のきかない体に、苛立ちを覚えた。
***
「寝れない・・・」
夜中、布団の上に寝転がり天井を見つめる。
村岡の寂しげな笑みが頭から離れない。
(俺が死んだらーどうなるんだろう)
今は正常に動いてくれている心臓に手を当てて考える。
村岡はきっと泣いてしまうだろう。
俺のせいで、悲しませてしまう。
(嫌だな・・・)
何となく、村岡の泣き顔は見たくなかった。
***
目を開くと、真っ暗な空間にいた。
「何だ・・・?」
体がいつものだるさを感じないことに気付く。
「夢・・・?」
少し歩いてみると、5歳くらいの男の子を見つけた。
(誰だ?)
黒髪を揺らし、ぼんやりと立っているその姿はー、
「・・・俺?」
そう、小さい頃の俺にそっくりだった。
「おにいさん!」
少年は、幼い俺の声で口を開く。
「かあさんのとこ、連れてってあげる」
「な・・・」
その言葉に、俺は言葉を失う。
「おいで、かあさんのとこ行こう?」
にっこりと、無邪気な笑みで手を伸ばしてくる小さな俺。
その笑みに、俺は恐怖を覚えた。
「やめろ・・・」
心臓が、早鐘を打つ。
呼吸が乱れ、頭は恐怖に支配されていく。
「おいでよ、苦しいんでしょ?」
「うるさいっ・・・」
伸びる手を必死にかわす。
あれに触れたなら、向こう側に引きずられる気がしたから。
「迎えに行くよー」
邪悪な笑みが、どんどん近づいてきてー、
「やめろーっ!」
叫んで、目が覚める。
俺は、自室のベッドで目を覚ましたことに安堵する。
(夢か・・・)
心臓はあり得ないくらい早く脈打っている。
息が出来ない。
全身は嫌な汗でびっしょりだ。
すぐ横に置いてあるピルケースから薬を取り出し、手早く口に放り込む。
ベッドに仰向けになり目を閉じていると、おばさんが部屋に入ってきた。
「千歳君、大丈夫?さっき声がー」
どうやらおばさんの耳に届くほど大声だったらしい。
「あぁ、はいー」
何とかそう言ったけれど、心臓はズキズキと痛みを訴え、呼吸はとても苦しかった。
どうやら薬は効いてくれないみたいだ。
おばさんはそんな俺を見て顔を真っ青にして、慌てて病院に連れて行かれた。
***
「よくはないねぇ・・・」
主治医がベッドに寝転がる俺にそう言った。
半ば諦めていた俺は特に驚かない。
「でもギリギリかな。どうする?」
その言葉にはちょっと驚いた。
今までならそのまま有無を言わさず入院だから。
「どうするって・・・」
少し考える。
きっと入院した方がいいんだろうけれど、入院してしまったらもう出られないかもしれない。
目を閉じると、なぜか村岡の顔が浮かんだ。
「しない」
気付くとそんな言葉が漏れていた。
主治医は静かに「そうか」とだけ言った。
「じゃあ点滴終わったら帰りな。学校は休めよ?」
「・・・わかった」
行きたかったけれど、きっと今行ったら寿命を縮めることになるので大人しくうなずいた。
することもないのでじっと窓の外を見つめる。
病室の外は綺麗な青空で、気持ちを穏やかにしてくれた。