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ショートホラー

巨鳥の夜

作者: 山吹弓美

 あれに夜鷹の名を付けたのは、一体誰だっただろうか。


 どこからともなく現れた鳥のような、ややもすれば陽物のようにも見える巨大な機械人形は、必ず夜にのみ姿を見せたという。

 数度目の出現時、地上から照射されたサーチライトによりようよう機械仕掛けであることが判明したそれは、しかしながら市民の通報により警戒発進したヘリが辿り着く前にその姿を夜の闇の中へと溶け込ませていた。

 何でもレーダーにも映らないらしく、航空機の発着も通常通りに行われていたらしい。乗務員や乗客が窓から見た、という類の報告はあったようで、ツイッターやブログの記事でその存在を見かけるようにはなったのだが。

 レーダーには映らないのにカメラやビデオにはその姿が認められ、映像がインターネットによってあっという間に世界中へと広められる。よくある、未確認飛行物体発見譚のパターンだ。そして、それに対する政府の反応もやはり、物語の約束事に則り異様なほどに薄いものだった。

 「雲の見間違いであると思われる」という一言で済まされたくだらない正式発表。いわゆる政治家たちにとり、その存在は自らの政治活動や資金源に何ら影響するものではないと認識され、そうやって一蹴された。


 しかし、それ以降も機械の巨鳥は時には大海の中央に、時には砂漠を越えて飛んだ。やがて、その機械には人が産み出したと言われる神話の中に存在する夜鷹の名が誰言うとも無く冠せられた。

 曰く、出現時には低く高く、何かがきしむような音が響く。一節には夜鷹の鳴き声であるとも言われるその音は、耳にした者の全身をひどく凍らせるように震え上がらせるのだと言う。

 それは神話の中の夜鷹の如く、死者の魂を奪おうとする声であるらしい。なるほど、とその由来を聞いて私は頷いたものだ。

 何故なら、機械鳥が出現した地域では必ず幾人かが姿を消していたからだ。老若男女職業肌の色宗教、それらには何の関連もない完全にランダムな数名が、夜鷹の声と共に姿を消す。


 ある日はインターネットで、ある日はテレビで、またある日は人づてに情報は広がり、この耳に入ってくる。手がかりは……無いといえば無いらしい。直前まで何の問題も無い人物ばかりであり、また事件に巻き込まれたという証拠も無いということで警察も軍も動かなかった。

 何しろ、空を行く巨大な夜鷹は権力者にとっては「存在しないもの」なのだから。


「だからさ、あれはきっと宇宙人が地球人を攫いに来たんだって」


 夕方のニュース番組でそんな特集が組まれていたのだ、と香苗は携帯の向こうで張り切った声をあげている。私はそういったオカルトじみた話にはあまり興味がなく、まさかワイドショーでもない真面目なニュース番組でそんな話を取り上げるなどとは思わなかったために少々呆れた。

 しかし、現実にそうとでも考えなければ理由の付かない相手は今もどこかの上空に出現している。そして、生活圏から跡形も残さずに消え去った人々も。

 故にだろうか、頭が固いと言われる私ですら香苗の、突拍子も無い話にもそれなりに付き合うようになっていた。言ってしまえば事実は小説よりもアニメよりもゲームよりも奇なり、である。


「だったら、あちこちから数人ずつ連れて行くなんて面倒くさいことどうしてするのかしら? ひとつの地域からごそっと、まとめて持って行けばいいのに」

「それだとサンプルとして偏りが出るんじゃない? 侵略とかしてくるんなら、地球人の平均も取るだろうし」

「何の平均よ」


 香苗の答えに肩をすくめてから、私はしかし納得して頷いてしまった。

 私に夜鷹とそれを操る何者か……存在するとしてだが……の考えなど分かるわけもない。だが、香苗の言うように消えた人々が地球人のサンプルとして選ばれたのであればそれは確かに、地球の各地から無差別に数名ずつと言うパターンと符合する。

 もっとも、その考え方が正解なのかどうかも分からない。そもそも相手が、人と同じような思考を持っているのかすらもこちらには理解出来ないのだから。


「あ」


 不意に、香苗が拍子抜けた声を上げる。ほんの一瞬息を飲むような音が聞こえた後、急に彼女は声をひそめた。


「ねえねえ、外外。空」

「え?」

「来てるよ、ウィップアーウィル」


 声量を低く抑えながらも、楽しそうに弾む香苗の声。一瞬視線を向けた窓の外にほんの僅か垣間見えたのは紛れも無い、空を行く巨大な夜鷹の姿だった。

 私は慌ててカーテンを閉めた。窓の向こうの夜鷹はそれで私の視界から消える。

 その程度でかの存在の手から逃れられる、などとは思っていない。単なる気休めだ。

 あの存在に付けられた名の基である神話では、如何な方法を取ろうとも大いなる存在の手から人間が逃れることは叶わなかった。ほんの僅かな例外もあるにはあるけれど、それもまた異なる存在の手の中に移動しただけのこと。

 今宵もまた、どこかで誰かが消えて行くのだろう。この街のどこかで、消えるのは私の身近な誰かかも知れないのだ。香苗かも知れないし、もしかしたら私自身が。


「どうしたの?」


 携帯の向こうで、香苗が不思議そうに問うてくる。私は思わず、自身の携帯をしっかりと握りしめた。よく分からないけれど、なぜか確信がある。

 この電話を切ったら、私か香苗のどちらかが消えてしまうのだと。


「ど、どうもしないよ。それでね……」


 私が思ったことを、香苗も同じように思ったのかは分からない。けれど、そのまま私と香苗はとりとめもなく会話を続けた。この際、料金のことを気にしてなどいられない。夜が明けるまで、太陽が昇ってくるまで電話を続ければ、きっと、私も香苗も助かるのだと信じて。

 何故ならあの人造の神話は、夜の中で全てが終わる。闇の中に引きずり込まれることで、物語は終焉を迎える。

 闇の中から、彼らはやってくるのだから。

 だから、朝が来ればこちらの勝ちだと、私は理由もなくそう信じ込んだ。

 そう、朝さえ来れば。




「……でさでさ、その時ユウヤが言ったのよ」

「何て?」

「えっとねえ」


 もう何時間、こうやって話を続けているのだろう。携帯の電池がまるで減っていないように思えるのは気のせいかも知れないし、カーテンの外は未だ暗いままだから実はさほど経過していないのかも知れない。

 時間を確認すればいいのだろうが、なぜかその気にはならなかった。その代わり私は、電話の向こうにいる香苗に恐る恐る問うことにした。私は理由をつけて、彼女の声を聴き続けたいのだろうから。


「……ねえ、香苗」

「何?」

「夜って長いね……いつになったら朝になるのかな」


 ほんの少し、香苗は口を閉ざした。次に聞こえてきた声は闇の中から響くような、揺らぐような。


「ナラナイヨ」


 そうして、何も知らぬ私を嘲笑うような。

初投稿です。


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