王に奏でる一夜
この小説は、以前友人への暑中見舞い代わりに書いたものです。ちょっとだけ文章直しましたが、話自体は同じものです。
内容に関しては、吟遊詩人の真似事をしている放蕩息子~な主人公、魔法使いの孫などの設定がありますが…。 色々設定が生かせているのか不安だったりもします(苦笑)
まぁ、軽い気持ちで読んで頂ければ嬉しいです。
魔法使いの孫、アリーの一夜
王から渡されたのは、見事な細工の施されたウードという撥弦楽器だった。
といっても花や鳥が描かれており、女性が好みそうな図柄。ちょっと王が弾くものとしては違和感があった。
いや、これはもちろん言葉にはしない。余計なことを口にして王の不興を買うのは怖いだろ?
だから黙々と弦の調整を始める。ここしばらく触れていなかったようなので、だいぶ音の調子がおかしくなっていた。それでも弦の痛み具合は一応大丈夫そうな辺り、弦の素材まで最高のものを使っているんだろうなぁ。
こんなウードを日々弾くことができるなんて王は羨ましい。
でも、やっぱり弾き手は別の人物……おそらく奥さん辺りだったのではないかと思うんだよな~。それを俺なんかに…あぁ、ちょいと恐ろしいじゃないか。おっかなくて指が震えちまうよ。
な~んて色々弄りながら思案していたのは時間を稼ぐ為でもあったのさ。ま、上座から声が掛かって、いよいよ逃げられなくなるんだけど。
王は言うのである。
願いを一夜、叶えてほしいと。
*************
そもそも始まりが失敗だった。
じいさん秘蔵の魔法の絨毯を盗み、屋敷を出てとりあえず都を目指した。じいさんに対抗する為には安定した職について、それなりの収入を得ることがまず一番簡単な方法だと思ったからだ。
ところが都へ着いたのは、まだ真夜中のことだった。いくら魔法の絨毯がとんでもなく速い乗り物であると知っていても、まさかでかい山を三つは越えた先までたったの三十分ほどで到着するとは予想できなかった。
徹夜する覚悟だったし早く到着したのはよかったよ。ただなー…困ったことにこんな遅い時間じゃ花街でもない限り、宿も取れないだろう。でも都の花街の宿は質が高いことで有名なんだよ。つまり普通のとこより宿代が高い。
野宿しかないか~。
でも、明くる日にはじいさんに家出がばれてしまう。ばれたら絶対捕まえに来るだろう。そして俺の計画はご破綻だ!
それを想像すると安心して無防備に眠れそうにない。
どうしたものか考え唸っていると、いつの間にか王宮まで飛んで来てしまっていた。
これはまずいと、すぐに方向転換しようとした。が、遅かった。なんと、王様なんかに呼び止められてしまったのである。
王は…あぁ、もう様付けはいいよな。心の声だし。王は、何か期待に満ちた様子で俺に何やら声を掛け、おそらく王の寝室だろう豪華な一室に絨毯を降ろさせた。そして、よく今宵の月が眺められる窓辺の側に座るように命じた。
何事かと動揺しつつも、極彩色の絨毯に金ぴかの家具やら何やら。と、焚かれる香の煙と香りの豪勢さに、圧巻とされてちょっと緊張もそぞろになった。
じいさんも金持ちだけど、王宮ってやばいな~。
もう見られないだろうから、とじっくり見たり嗅いだり触ったりと堪能させてもらう。そこへ、寝室と思われるこの部屋から離れていた王が戻ってきた。
王の手には端から見ても溜め息のもれるようなウードが抱えられていた。
「魔法使いよ、この夜に会ったのも何かの縁……一曲謡ってはくれまいか?」
無理です。
とは言えない雰囲気だった。王はちょっとばかり酒に酔ったような赤ら顔だったけれど、眼差しは真剣だったし、とにかく雰囲気がね。大体、逆らえないのが庶民て奴だ。
しかし、明らかに俺は勘違いされていた。
確かに俺のじいさんはそれはもう有名な魔法使いだよ。絶対名前を言えば王だって知ってるはず。でも親父は魔力がなくて、何故か吟遊詩人。その息子は親父の真似事をして小遣い稼ぎをする甲斐性なしだ。
まぁ、それが俺なんだけど。
ぶっちゃけ魔力はあるけど魔法使いじゃないし、じいさんから逃げたのも修行が厳しくてうんざりしたからだった。
……これはやばい。
冷や汗で背中がびっしょりになりそうなんだけど!
だって、よく考えてみろ? いくら“縁”といったって、王が聞きたいと願えば、それを叶えようとする最高の弾き手も歌い手も王宮にはいくらでもいるはずじゃないか。それを初対面の…しかも不法侵入してきた男にって……“魔法使い”に求めている何かがあるとしか思えない。
とはいえ不法侵入者なことが後ろめたくて魔法使いじゃないことを訂正できず、ウードを持たされてしまった…。俺にはもう明日は来ないかもしれない。
じいさんに捕まるのといい勝負だな、と思いながら王に訊ねる。
「どのような詩がよろしいでしょうか?」
敬語ってこれで合ってたっけ?
「では、マカーム・アル=イラーキーを」
当然といえば当然。目当ての曲を迷うことなく王は答えた。
訊いておいてアレだけど、伝統的な曲でよかった。密かにホッとして、ウードを構えると――。
まどろみの魔歌。
その存在を思い出した。
魔法を使うことのできない親父が唯一じいさんから教わった歌の技術で、簡単なものなら魔力を必要としない。正確には“魔法”とは言わず、魔族や妖精、人なら吟遊詩人等が希に謡うという呪いの歌。
使い方によっては死を与える恐ろしい魔歌もあるという。けれども、それは謡い方次第だ。俺も親父から少しだけ教わったんだよな、できることはほんの少し幻を見せることだけなんだけど。
「どうした、魔法使いよ」
「あ、いえ…」
どうすればいいのか。やっと分かって、俺はウードを構えなおした。
ウードは五コースかあるいは六コースの複弦の楽器で、今手にあるのは六コースの十一弦だ。いつも弾いているものと同じ。多分弾けるだろう。
弦を指で弾く。
詩には魔歌を混ぜて、親父の語り方を思い出すように謡った。
王の望むものとは何だろうな。やっぱり俺には分からないけれど、詩が慰めになるといい。
それは初めての、期待に応えたいと俺自身が思った時だった。じいさんの激しい期待とも違う。安らぎを求める眼差しが伝わってきたから…かな。
ま、気まぐれって奴さ。
「――――ん?」
不意に閉じていた瞼を上げる。
曲は何とか謡い切ったが、王の反応があまりにもなさ過ぎて不安にさせられた。だからこのまま固まっていたかったところを頑張って目を開けたのに…………王がいない。
はぁ?
周りを見回すがまったく姿が見えない。それどころか、恐ろしいことに王の寝室が消えていた。つまり王宮もない。ついでに建物とか都の存在すらなかった。
あるのは見渡す限りの木、木、木!
かなりでかくて太いものばかりで、目の錯覚とか現実逃避ではごまかせない明らかな森。
俺はそんな所の地面に座っていて。気づいたら手元にはウードもなくなっていて、夜も明けていた。
今までの出来事は……夢? それともキツネに化かされたのか?
信じられない思いで立ち上がって、再び首を巡らせながら歩いてみる。――と、あるものが次々に発見された
墓だ。
それも、王家の墓と思しき特徴的なもの。まさかと一応確認する為にいくつかの墓を見てみるとどれも古いものばかりで、確かにうろ覚えの歴代の王や王妃、その子どもの名前が彫られている。
…ってことは何か。ここは正しくは森ではなく王家の墓所なのか?
それなら都ではなかったけれど、まったく関係性はなくもない。確かじいさんが生まれるよりも前に遷都した跡地が、墓地として残ったって聞いたことあったな。
でも、なんで俺がこんなやばい所にいるのか。その説明はできなかった。
で、しばらく散策したものの出口は見つからないし、懐にちゃんと仕舞ってあった魔法の絨毯――さすが“魔法”なだけあって収縮も自由自在で便利だよな――で脱出することにした。
魔法の絨毯を広げ、乗る。
すぐに森の上空へ上がったものの、色々動揺していてスピードを上げる余裕もなくて今回はゆっくりな調子で進んでもらうことにした。
見下ろす森はなかなか終わりが見えない大きさだった。たまに鹿とか兎を見掛けたりして、今日の朝食を何にしようか腹を押さえながらぼんやりしていた。
「……あ……」
そんな中、木々の間からちらちら見える王の墓。そこに……西洋梨を縦に半分割ったような、楽器が視界を過ぎった気がした。
とある西国に名君と謳われる王がいた。
されど、孤独な王だった。
毎夜、月を見ながら酒を飲み、けれども心は癒されない。
ところがある夜、酔いてまどろんでいると、魔法使いが空から降りてきた。
彼の者は亡き王妃のウードをつまじいて、王に一夜の夢を見せた。
懐かしい、王妃のマカームを。
語り終わると魔法使いの姿は消えうせて。
王の心は不思議と軽さを取り戻していた、という。
END