麻酔
少女が病気にかかった。手術が必要となり、入院した。
少女は、不安な気持で、手術の日を待った。全身麻酔をかけて、開腹手術をするという。はじめての経験であり、様々な悪い想像が脳裏をよぎる。家族や看護師ははげましてくれたが、それでも不安を消し去ることはできないのだった。
いよいよ手術の日になった。少女は手術着に着換え、手術室に入る。心の中は不安で一杯であったが、それをなんとか押え込み、手術台に横になった。
麻酔医が、少女にガスマスクをつける。
「ではこれから麻酔ガスを注入します。すぐに意識がなくなります。眼が覚めたら手術は終わっていますよ」
手術がうまく行きますように。そう願いながら少女は、ガスが効いてくるのを待った。
麻酔医がガスの注入を開始する。ただちに麻酔は作用して、少女は意識を失った。
しかし、重大な問題が発生した。麻酔ガスを注入する機械の一部が壊れており、ガスが漏れ出してしまっていたのだ。
漏れた麻酔ガスによって、麻酔医も眠ってしまった。手術室の中にいた執刀医も、看護師も眠ってしまった。
麻酔ガスは手術室の外にも漏れだした。そして、近くにいた人たちは、みんな眠ってしまいました。やがてガスは病院中に広がりました。患者も、医者も、看護師も、売店の店員も、清掃のおばさんも、事務員も、検査技師も、見舞客も、みんなみんな眠ってしまいました。
それから長い年月が経って、病院のことは人々の心から忘れ去られていきました。
百年ほどが経ったある日、近くに住んでいた少年が、つき指をしてしまいました。処置をしてもらおうと思って、病院の中に入りました。
しかし、中に入ると、待合室にいる人たちがみんな眠っていました。受付の人も眠っていて、仕事をしている人はいません。
「どうしたんだろう。この病院は。おーい、誰かいませんかー」
しかし、答えるものはありません。少年は病院中を回ってみました。診察室の医者も、病棟の患者も看護師も、すべて眠っていました。
少年は手術室にたどり着きました。中を見てみると、医者たちが床に倒れて眠っていました。
ふと手術台を見ると、ガスマスクを着けた患者がいました。少年は興味を感じて、マスクを取って顔を見てみました。すると、かわいい少女の顔が現れました。
「わあ。なんてかわいいんだ」
少年はたまらなくなって、少女にキスをしました。
すると、たちどころに、少女は眠りから覚めました。それを最初に、いままで長いあいだ眠っていた、医者や、患者や、看護師や、事務の人などが次々に目を覚ましました。病院はすっかりもとのようになり、ふたたびみなが働きはじめました。
少女の手術があらためて行われ、今度は成功しました。
少女は病気も治り、すっかり恢復して、退院することになりました。退院のとき、係の人に言いました。
「どうもありがとうございました。それで、入院費はいくらですか」
「いま計算します。えーと、あなたの年齢は、百十五歳ですね。老人保健が適用になりますよ」




