オーグメントと脇差し
「天河ユウキ、君も『勇者』にならないか?」
ギルドの執務室。
修練場から戻ってきて早々、王国直属の冒険者――『勇者』ヴァン・スナイプスが再度問いかけた。
強者同士の凄まじい戦い。
分かっていたことだが、やっぱりユウキは僕なんかとは比べ物にならない、遥かな高みにいる存在なのだとあらためて実感する。
「アルくんは?」
ユウキは問い返す。
「アル……確か、君の名前はアルヴィス・クローリーと言ったかな?
なるほど。そうか、君が――」
僕が――? なんだろう?
僕のことを知っているのだろうか。『勇者』がなぜ?
「いや、確かに火陸竜討伐は彼の機転のおかげもあったとは聞いている。
だとしても、彼の能力は低ランク冒険者相応だ。『勇者』として迎え入れることはできないな」
まあ、それは当然だ。
僕、新米魔法使いのアルヴィス・クローリーは、本当に、ただの低ランク冒険者でしかない。
しかも使える魔法は【魔法弾】だけ。魔法使いとしても欠陥を抱えている。
「アルくんが一緒じゃないなら、私は――」
「ユウキ、きみは『勇者』になるべきだ」
僕はユウキの言葉をあえて遮った。
困惑の表情で僕を見るユウキ。
でもこれは彼女のためだ。誤解を生まないよう、言葉を続ける。
「『勇者』になれば、この世界で生きていくための強力な基盤や後ろ盾を得ることができる。
その技を存分に活かすことも。
あるいは、元の世界に帰る手立ても――。
この世界ではじめて出会った人間として、僕のことを慕ってくれているのはわかります。
だけど僕は、ただの落ちこぼれ魔法使い……。きみの隣には、ふさわしくない」
僕なんかが守護らずとも、きっとユウキにふさわしい仲間達が支えになってくれるはずだ。
それが最良の選択……。
「それでもアルくんは――私にとって、この世界での“楔”だから」
「? それってどういう……」
ユウキはただふわりと笑うと、ヴァンの方に向き直る。
「私は『勇者』にはなりません! 彼、アルくんと一緒に行きます」
眼鏡越しのその眼差しには、固い意志が伺えた。
「いいよね、アルくん?」
横から僕の顔を覗き込むユウキ。
うっ……近い!
どう答えるべきか悩んでいると――。
「わかった。残念だが、ユウキ君の意志を尊重しよう。
ずいぶん惚れられたな、少年」
やれやれといった感じでヴァンは肩を竦める。
いや、そういうのでは……ない、と思うけど……。
隣のユウキを見ると、やけにニコニコしている。
どういうことなの? 二人揃って僕をからかっているのだろうか?
「では、天河ユウキ――あらためて、貴方を中ランク冒険者に認定しましょう。
冒険者になって間もないため、規定により段階的な昇格となります」
本当にこれでよかったのだろうか。
そう思う一方で、どこかホッとしている自分にも気付いていた。
「ユウキ君、これを渡しておこう」
ヴァンがユウキに何かを投げてよこす。
見れば、彼が腰につけていた“金属製の何か”と同じものだ。
「これは?」
「通信用魔法器――。簡単に言えば、この世界の携帯電話かな。
緊急時にはギルドや俺と通信ができるようになる。大気中の魔力を取り込んでチャージするから、充電も不要だ」
ユウキは「へえー」と感心しながら、ヴァンから受け取ったそれを眺める。
見た目は手のひらサイズの金属製アクセサリー。
表面の意匠こそこちらで施されたもののようだが、ユウキが手にしていた“スマホ”というものにも似て、どこか“向こう”の技術を思わせる異質さを放っていた。
「いくつか制限はあるが、魔法器の魔力を使って魔法を使うこともできる。
俺たちのような“迷い人”でもな」
なるほど。
あのヴァンの魔法は、やはりこの魔法器の外部魔力によるもの。
今後、より強力な“はぐれモンスター”が現れないとも限らない。
ヴァンにしても、本来の得物は背中の大剣。
本気で戦う『勇者』の実力は、あの程度ではないはずだ。
圧倒的な強さを持つユウキであっても、手札が増えるに越したことはない。
「このところ、ウェシバル周辺で不可解な事件が多発しています。
天河ユウキ。『勇者』に匹敵する力を持つあなたへは、今後、ギルドから助力を要請することもあるかも知れません」
ギルドマスターの言う不可解な事件――。
この街、ウェシバル周辺における、立て続けの“はぐれモンスター”出現。
まして火陸竜のような、生息域のまったく異なるモンスターが自力でここまでやってきたとは考えにくい。
ただの“はぐれモンスター”と片付けるのは無理があるだろう。
それに、あの魔法使いのような人影……。あの顔は……。
「まあ、そういうわけだ。いざという時はよろしく頼む」
ヴァンが気さくに笑う。
「そうそう、あとで武器屋にも寄るといい。
ユウキ君向けの装備を頼んでおいた。『勇者』としての支給のつもりだったんだが……まあいいさ。気にせず受け取ってくれ」
◇
というわけで、僕とユウキは武器屋へと足を運んだ。
「おう。アレか、ちょっと待ってな」
店主が取り出してきたのは、ゆるく湾曲した細身の剣。
そして、火陸竜の素材で作ったと思われる手甲。
「これ、刀……。日本刀の脇差しだ」
ユウキは剣に手を伸ばすと、スラッと鞘から抜いて刀身を眺める。
長さは以前ユウキが使っていたショートソードと同じくらいだが、随分と細身で、刃先が薄く鋭い。
にも関わらず、切っ先にまで芯が通っていてブレがない。
これが“カタナ”なのか。
以前ユウキが言っていた、異邦の剣。
刃には波打つような模様。細身でありながらも、どこか重厚さを感じさせる鈍い光沢。ずっと見ていると魅入られそうになる。
妖しい美しさと鋭さを兼ね備えた、不思議な剣だ。
どこか、ユウキ自身と鏡写しのような存在にも思えた。
「そいつは持ち込んだ『勇者』様が言うには、500年ほど前に“向こう”から流れ着いて、王国で保管されていたものらしい。
剣の名前は確か、センゴ・ムラマサ……だったかな?」
「千子村正って……妖刀の!?」
ユウキはギョッとした顔になる。
「はっはっは! 安心しな、刀身に呪いや魔法の類がかかってないことは確認済みだよ」
確かに、刀身そのものに魔力は感じない。
ただ――。
「用意した柄と鞘には、刀身の状態を保つ魔法式が刻んである。
この剣は特殊な製法で作られていて、ここじゃ研ぎも打ち直しもできねえからな。
ちなみに、魔法式の魔力源は“血”だ。獲物を斬って血を吸えば吸うほど刀身が綺麗に保たれるってわけさ」
「やっぱり妖刀じゃん……」
妖刀だった。
「そしてこっちは、火陸竜の皮と鱗で作った手甲だ」
皮をなめし、加工したと思われる黒いグローブに、赤みがかった鱗を組み合わせ、肘あたりまでを覆った手甲。
左右非対称で、左腕の方だけ装甲が厚い。
カタナに合わせてあるのか、これも異邦の雰囲気漂うデザインだ。
「皮には断熱性があるし、鱗は並の剣や槍なら簡単に弾いちまう。
動きやすいよう、なるべく軽量化もしてあるが、どうだ?」
赤熱する火陸竜との戦いでは、相手に触れられず、“合気”が使えなかった。
でもこれなら、また同様の相手が現れても対処できるかも知れない。
ユウキは手甲を試着し、具合を確かめる。
ビッと手を開いて構えたあと、素早く打撃の空打ち。
ヴァンの喉を突いた時と同じ。手刀や尖らせた拳で的確に急所を突く、単なる喧嘩の殴り合いとは明らかに一線を画す動きだ。
「うん。見た目も可愛いし、動きにも干渉しないし、いい感じ。
ありがとう、武器屋のおじさん!」
「そりゃ良かった」
ニッコリと笑うユウキに、店主の顔も緩む。
腰には異邦の剣、センゴ・ムラマサ。腕には火陸竜の手甲。
ユウキは一気にベテラン冒険者らしい出で立ちになった。
可憐さと圧倒的な強さを併せ持つ、ユウキらしい装備だ。
「本当にありがとうございます。――それじゃあ行きましょうか、ユウキ」
そう言って武器屋を出ようとする僕を、店主が小声で呼び止める。
「おっと……何か忘れてやしないかい」
「へっ?」
「お代だよ。加工費諸々込みで、しめて14万8千ゴールドだが――」
僕は愕然とした。
思えばヴァンは「頼んでおいた」とは言っていたが、代金を払ったとまでは言っていなかった。
単なる言い忘れか、それとも、手合わせで負けたことの仕返しなのか……?
いや……流石に『勇者』といえど、これだけのものを無償で提供してくれるわけもないか。
ユウキが誘いを断った時点で、これは支給品ではなく個人取引となってしまった。公費など落ちるわけもない。
火陸竜討伐の報酬は10万ゴールド。
つまり、4万8千ゴールドの赤字。
なんてこった――。
「どうしたの? アルくん」
「い、いや……。僕はまだ買うものがあるので、先に行ってて」
どうやら店主は僕の面子を立てるため気を使ってくれたようだ。
なにか勘違いされている気もするが、僕もユウキに悟られないよう取り繕う。
『勇者』の紹介ということもあってか、とりあえず手持ちから払えるだけ払った上で、残りは分割でいいと言ってもらえた。
もともと僕が抱えていた借金――およそ50万ゴールド。
それがユウキに出会ってからというもの、なんの因果か、今では60万ゴールド近くまで膨れ上がってしまっている。
やっぱりユウキには、『勇者』になってもらった方が良かったのでは?
帰り道。
軽くなった懐に寂しさを感じながら、ちょっとだけ、そんなことを考えてしまうのだった――。




