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ギルドマスターと勇者

「よく来てくれましたね。お掛けください」


 冒険者ギルドのギルドマスターが促す。

 上品な立ち振る舞いの女性だが、右目の眼帯と顔に残る傷とが、かつては歴戦の冒険者だったことを物語っている。


 その隣には、銀の鎧を着た長身の男。

 短い金髪に引き締まった肉体。背には身の丈ほどもある大剣。見るからに只者ではないという雰囲気だ。


 僕、新米魔法使いのアルヴィス・クローリーは、“合気”の使い手――天河ユウキとともに冒険者ギルドの執務室に呼ばれていた。


 用件は、もちろん火陸竜(ファイアドレイク)を討伐した件について。


 僕らはどう見ても駆け出しの低ランク(ブロンズ)冒険者。

 冒険者カードの【能力開示(ステータス・オープン)】で表示されるステータスを考えても、あまりに戦果と釣り合っていない。

 ギルドが疑問を持つのは当然と言える。


「はじめまして。私はギルドマスターのミッシェル・ロスロック、そして彼は――」


「ヴァンだ、ヴァン・スナイプス。よろしく」


 その名前を聞いて僕はギョッとした。


「――『勇者』、ヴァン・スナイプス!?」


 王国直属の冒険者――『勇者』。

 卓越した実力を持ち、並の冒険者では太刀打ちできない危機や災厄にも単独、もしくは少人数で対応する、ほんの一握りしかいない精鋭。


 その一人がなぜ……。


「まずは火陸竜(ファイアドレイク)を討伐してくれたこと、感謝します。

 あのまま見過ごしていれば、大規模な火災となり、この街にも甚大な被害が出ていたでしょう」


「君たちが早期に討伐してくれたことで、被害を最小限に抑えることができた。

 俺からも礼を言うよ。ありがとう」


 ヴァンはユウキの顔を見据えて続ける。


「天河ユウキ――。

 君が火陸竜(ファイアドレイク)にとどめを刺したとのことだが――もし、それが本当なら、君の実力は我々『勇者』にも匹敵するということになる」


 確かに、いくつかの幸運が重なったとはいえ、それでも火陸竜(ファイアドレイク)は並の冒険者が単独で倒せるようなモンスターではない。

 あの強さが『勇者』に匹敵すると言うのなら、確かにそうなのかも知れない。


「しかし残念ながら、こちらの世界の“システム”では君の強さを測ることができないのでね。だから――」


「直接見せて欲しい、ということですね。わかりました」


 普段とは違う、凛とした態度でユウキは答える。

 これがユウキの、武術家としての顔――なのだろう。


 そして、僕とユウキはギルドマスターに案内され、修練場へと足を運んだ。

 普段は街を守る衛兵たちが訓練をしている場所だが、今日は僕らの貸し切りだ。


「待たせたな」


 少し遅れて、鎧を脱いで軽装になったヴァンが現れた。


 火陸竜(ファイアドレイク)を素手で倒したユウキと、丸腰でやり合うつもりなのだろうか。

 いくら『勇者』と言えども、無茶が過ぎるのではと思ってしまったが……。


「一度、合気とは戦ってみたかったんだ。実は俺は、“向こう”で少し空手をかじっていてね」


 なぜ“合気”のことを――!?

 それに、“向こう”? 空手?


「ああ、言っていなかったな……。

 俺も“向こう”の世界からやってきた、“迷い人”なんだよ」


「なっ――!」


 思わず驚きの声を上げてしまった。

 ユウキ以外の、“向こう”から来た“迷い人”!?


「だと思ってました」


 ユウキはどうやら、彼が“迷い人”であることを見抜いていたようだ。


 ヴァンとユウキは修練場の中央へと歩いていく。

 僕はギルドマスターとともに修練場の端で、固唾を呑んでそれを見守った。


「で、どうする? まず手首を掴んでから――とか、やらなくていいのかな?」


「どこからでも。お好きにどうぞ」


 煽るように言うヴァンに、ユウキは淀みなく返す。


「それじゃ、遠慮なく」


 ヴァンは深く腰を落とし、拳を構えた。

 一方のユウキは何も構えない。普段と同じように立っているだけだった。


 修練場の空気が、静かに、そして重く張り詰めていく。


「【加速(アクセル)】――!」


 その瞬間、ヴァンが腰に付けている金属製の何かが光った。


 身体強化の魔法!?

 ユウキと同じ“迷い人”なら、彼も魔力を持っていないはずだが――だとすれば、あの“金属製の何か”は僕の杖と同じような外部魔力装置なのか?


 などと考えている間もなく、ヴァンの姿が消え――。


 パァン!!


 空気が爆ぜるような音とともに、ユウキの体が後方に飛ぶ。


「っ……!」


「――ほう。自分から飛んで衝撃を逃したのか」


 ユウキは交差させた両腕でヴァンの拳を受け止めつつ、自ら後方に飛んで衝撃を逃していた……らしい。


「魔法はちょっとズルいんじゃないですか?」


「相手は素手で火陸竜(ファイアドレイク)を倒した達人だ。

 悪いが、“チート”を使わせてもらったよ。――それとも、これでもう降参かな?」


「まさか――」


 不敵な笑いを交わす2人の強者。


 再びヴァンが拳を構え、ジリジリと近づく。

 体の輪郭が薄く光を帯びている。身体強化の魔法はまだ効果が続いているのだろう。


 一方のユウキも、今度は手を開いて正面にかざした。

 ユウキが構えているのも初めて見る。


 お互いに距離を測り合う時間が続く。


 実際にはわずか数秒。

 しかしそれは、途方もなく長い時間のようにも感じられた。


 ――。


 ズガァン!!


 気付けばヴァンはユウキの背後に吹き飛び、バウンドしながら修練場の壁に激突していた。

 ヴァンの踏み込みも、ユウキの技も、僕の目では全く追えなかった。


 即座に態勢を立て直し、再び攻撃を加えようとするヴァン。しかし、いつの間にか懐に滑り込んでいたユウキの鋭い拳がヴァンの喉を突く。


「かはッ!!」


 ユウキは怯んだヴァンのさらに死角に回り込み、そのまま螺旋の動きに絡め取るように再び地面に叩きつけると、彼の腕を起点にして押さえつけた。

 小柄なユウキが、一瞬にして長身のヴァンを制圧する。


「ぐ……。ま、まいった!」


 そう言ってパンパンと地面を叩き、ヴァンは降参の意を示す。


 抵抗を試みたものの、これ以上は危険と悟って早々に諦めたようだ。

 それでも無理に抵抗を続けようものなら、逆に自身の体を痛めつけることになってしまうだろう。あの火陸竜(ファイアドレイク)のように――。


 ユウキは制圧を解くと、静かに離れた。


「お見事です、天河ユウキ。あなたの力を認めましょう」


 ギルドマスターが拍手をしながら言う。

 半ば呆気に取られていた僕もハッと我に返り、慌てて拍手をする。


「なるほど――。その技、普通の合気道ではないな」


 固められていた腕をほぐすように回し、考察を語るヴァン。

 あれだけ激しく叩きつけられながら平然としているあたり、流石は『勇者』。この人もやはり只者ではない。


「古流寄りか、それともルーツの異なる武術に合気を取り入れたものか――。

 それに、凄まじい動体視力と集中力。空手の突きにこうも完璧に合わせられる使い手は、数える程もいないだろう」


 空手と身体強化の魔法も加えた高速の踏み込み。ユウキはそれをいなして投げたということになる。

 しかも相手は『勇者』だ。ユウキの強さは底が知れない。


 だが、ユウキも緊張した表情のまま呼吸を整えていた。

 こんなユウキの顔も初めて見る。


「俺の空手では敵いそうにない。――ま、俺より強い空手家だったらわからんがな」


 ヴァンはいたずらっぽく、ニッと笑った。


 僕はといえば、強者同士の戦いをただ立って見守ることしかできなかった。それどころか、僕は2人の動きをほとんど捉えられていない。

 改めて実感する。ユウキは僕とは違う、遥か雲の上の存在なのだと……。


 ただ単に“迷い人”というだけじゃない……。もっと……高みにいる存在。


 だから、こうなることも予感はしていた。


 ヴァンは言う。


「天河ユウキ――。君も、『勇者』にならないか?」


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