魔法とコボルト
「生きてたんだ、お前」
以前、狼駆除の即席パーティーで一緒になった2人組の剣士、ウィリアムとクリルだ。
「どうやって助かったんだ? 悪運の強い奴だな。
はぐれ岩鬼はあの後、誰かに討伐されたらしいが……」
「あの時、お前がもうちょっと囮として役に立ってくれてたら、俺達の手柄になってたかも知れねぇのになァ」
最初に会ったときから、感じの悪い人たちだなと思ってはいた。
どうやら僕を見て、どこかの貴族のお坊ちゃんだと勘違いしているようだ。
僕、新米魔法使いのアルヴィス・クローリーは、貴族のお坊ちゃんどころか、ただの借金持ちでしかないのだが――。
魔法使いは重宝されるが、嫌われやすくもある。
専門知識が必要な魔法を習得するには、魔法学院に通って学ぶか、専属の家庭教師を雇って教わるか――。つまり、魔法使いはだいたい貴族かエリート。
それが鼻につくという冒険者も少なくはない。
でも僕の場合は、かつて父に教わった魔法に頼るくらいしか生きていく術がなかっただけなのだ。
そして僕は覚えている。
あの時、岩鬼から逃げ遅れたのは――ウィリアムが僕を囮にするために突き飛ばしたから――ということも。
「どうしたの? アルくん」
僕の後ろから顔を出した美少女――天河ユウキを見て、2人の鼻の下があからさまに伸びた。
「ッヒュゥ! いい女じゃん!
アンタも冒険者? 駆け出しか?」
「――誰? この人たち」
「えーっと、前にちょっとだけパーティーを組んでた……ウッ!」
言い終わる前にウィリアムが僕を押しのける。
「こんな囮にもならねえ坊ちゃん魔法使いなんかより、俺たちと組まないか?
頼りになるぜ? それに夜も退屈はさせねぇ――」
ユウキの目がスッと細くなる。
これはヤバいやつだ――と思いきや。
「そっか」
ユウキはにこやかな顔に戻って片手を差し出す。
握手。友好のしるし。
それを見たウィリアムはニヤつきながらユウキの手を取り、握手を交わす。
その瞬間――。
――ズシャッ!
ウィリアムの長身が、まるで虫をピンで張り付けたように地面に這いつくばった。
「おわっ!?」
「なっ!」
これもユウキの技――なのか!?
僕も、ウィリアムも、クリルも、ユウキ以外の全員が、何が起きたのかを把握できない。
「て、てめえ! なにしやがった!?」
詰め寄ろうとしたクリルの手をユウキが握ると、小太りなクリルも一瞬で地面に這いつくばる。
「はがっ!?」
2人は起き上がろうとしても起き上がれない。
ユウキに手を握られたまま、死にかけの虫のようにジタバタともがく。
単純にパワーで押さえつけられているのではなく、なぜか自分で自分の姿勢を制御できない、といった様子に見える。
筋力Eの女の子が、冒険者の男2人を地面に張り付けにしているのだ。
「うう……っ!」
「は、離してくれぇ……」
声がだんだん弱々しくなってきている。
怪我はなさそうだが、どんなに頑張っても立ち上がれずバタバタしているうちに、疲弊してきてしまったようだ。
道行く人たちが彼らの様子を見て、ヒソヒソと話している。
街のど真ん中で、男性2人が女性を前に這いつくばっている姿は正直かなり情けない。
おもむろにパッと手を離し、ユウキは僕に向かって微笑む。
「アルくん! 行こっか」
「え? う、うん……」
転がったまま、何がなんだかわからず呆然としているウィリアムとクリルを置いて、僕たちは歩き出した。
今回の依頼は、郊外に群れを作るようになった狗人の駆除。
武器を扱い、群れる狗人は駆け出し冒険者にはやや危険なモンスター。だが、ユウキにとっては相手にもならない。
ユウキの剣さばきは「握り方を知っているくらい」にしては随分と鮮やか。
的確に急所を突き、狗人たちを手早く処理していく。
剣の“柄”を多用するのも特徴的だ。
打撃で怯ませたり、武器を叩き落とす、あるいは“合気”の応用と思われる動きで崩したり――その瞬間に鎧や骨や筋肉の隙間を突いて一瞬で無力化する。
聞けば、“合気”のルーツには剣術も含まれているとのこと。
トレーニングで剣を使うこともあり、それが『剣術:B』という判定になったのではないか、という話だった。
専門ではなくとも、それなりの知識と経験はある――ということか。
敵を見据える、眼鏡の奥の黒い瞳――。
サラサラの黒髪をなびかせ、脚もあらわにスカートを翻し、身体操作に伴う慣性によって豊かな胸が弾む。
可憐な見た目とは裏腹に、その動きは武神そのもの。
――だけど、僕もユウキに頼るばかりじゃ駄目だ。
「【魔法弾・六連】!」
連続して放たれる6つの魔力の弾が次々に狗人たちを撃ち倒す。
岩鬼には水しぶき程度でも、狗人に対しては威力十分。
父から基本を教わった程度で、正規の魔法教育を受けていない僕が使える魔法は、実質、この【魔法弾】だけ。
魔力で弾を形成してそのままぶつけるという、シンプルな攻撃魔法――。
でもシンプルが故に、応用もしやすい。
そのひとつが【魔法弾・六連】。同時に6つの弾を形成し、連続で放つ派生魔法だ。
杖を手に入れて魔力管理に余裕が生まれると、こういう芸当もできる。
ほどなくして、数十匹いた狗人の群れはほぼ殲滅。
残った数匹の狗人たちも完全に戦意を失って森に逃げていった。
狗人駆除の報酬は800ゴールド。駆け出し冒険者としてはなかなかの大成果と言える。
この調子でいけば、少しずつだが借金を減らして行けそうだ。
「やったね、アルくん!」
駆け寄ってきたユウキが僕の前で小さくガッツポーズを取る。
ベルトではち切れんばかりに強調された胸が弾み、「ぼゆんっ」という重量感のある音さえ聞こえる気がした。
眩しい笑顔と圧倒的質量を直視しきれず、僕は慌てて目を逸らす。
「あ――うん。ユウキも無事でよかった。
これで依頼は完了なので、帰りましょうか」
その時――。
突然、バッとユウキが森の方を振り返り、ひときわ大きく胸が揺れる。
ドォォオン!
ユウキの胸が揺れる音――?
いや違う、これは本物の爆発音だ!
見れば森の方に火の手が上がり、焦げ臭い匂いが漂ってくる。
「火の手!?」
このあたりに炎を操るモンスターはいないはずだ。
冒険者の魔法使いが、こんな街のすぐ近くの森で火炎魔法を使うとも考えられない。
まさか、はぐれモンスター?
立て続けに?
僕とユウキは顔を見合わせたあと、小さく頷き、そのまま火の手に向かって駆け出した――。




