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ジャガイモと酔っ払い

「――美味しい! こっちの世界にもジャガイモってあるんだね」


「むかし飛竜の巣から見つかったのが発祥らしいですよ。

 どこか遠くから運ばれてきたんだろうって。よくは知らないけど」


 酒場で食事をつつきながら、顔が緩んでいくのが自分でもわかってしまう。

 偶然とはいえ岩鬼(トロール)を討伐したおかげで、多額の臨時収入を得ることができたのだ。


 僕、新米魔法使いのアルヴィス・クローリーには、実は父の残した借金がある。


 その額、およそ50万ゴールド。

 狼駆除の報酬が20~30ゴールドくらいということを考えると、その額の大きさがわかるだろうか。

 今のままでは一生かかっても返せるかどうかという感じだったが――。


 岩鬼(トロール)討伐の報酬はなんと5万ゴールド!


 本来は中ランク以上の冒険者で討伐隊を組むような相手だ。

 それを2人――実際は1人だが――で討伐したのだから、報酬がまるまる転がり込んできたわけだ。


 永遠に減らないと思っていた借金のうち1割を一気に返済できる。


 それもこれも、彼女――別の世界から迷い込んできた女の子、天河(あまかわ)ユウキのおかげだ。


 彼女の使う、“合気”というらしい不思議な技。

 まるで物理法則を無視した手品のようにしか見えないが、あの岩鬼(トロール)が“壊れる”様子を目の当たりにすれば、それが本物であることを受け入れざるを得ない。


 岩鬼(トロール)の凄惨な姿を思い出して、一瞬、背筋に冷たいものが走った。


 肩まで伸びるサラサラの黒髪。派手さはないが端正な顔立ち。

 白と紺のセーラー服に、グレーのパーカー。……そういう服なのだと彼女から聞いた。

 かけている眼鏡は、この世界の工芸技術では到底作れないほどの精巧さで、それが彼女のアクセントにもなっている。

 控えめに言って、とても可愛い……。しかもなんだか、すごくいい匂いがする。


 そして――あえて直視は避けてたけど――。

 ――華奢な体つきに対して、“ある部分”のボリュームが――。


「嬢ちゃん、ガキのくせにいい乳してんなァ!!!」


 なっ――!!!


 突然、近寄ってきた髭ヅラの酔っ払いが後ろから手を回し、グワシッとユウキの胸を掴んだ。

 その行為によって、圧倒的な“質量”がより明確になる。


 彼女はまるで動じていない、が。


 やっぱりデッッ……。

 いや、そうじゃなくて――!


「やっ……やめろ!」


 あまりの無法な振る舞いに、僕は思わず立ち上がってしまった!


「あァ?」


「いっ……いや、その……。

 そ、そういうのは……。よくない……かなあ?と……」


 酔っ払いに気圧されて、声が裏返る。

 この酔っ払いもおそらく冒険者、それも前衛なのだろう。かなりガタイがいい。


 彼の仲間と思わしき連中がこちらを見ながらケラケラと笑った。


 当のユウキはというと、笑顔のまま――。

 しかし、眼鏡の奥の黒い瞳が、より深い黒に染まっていくのが見える。


 僕は一気に血の気が引いて、ヒュッと息を飲んだ。その顔は、岩鬼(トロール)を“壊した”時のそれと同じだったからだ。


「大丈夫だよ、アルくん」


 そう言ってユウキは胸を揉んでいる酔っ払いの手に、そっと自分の手を添えた。

 それが何を意味するのかというと――。


「あがぁ――ッ!? いでででで……!!!」


 手の先を握っているだけなのに、酔っ払いの太い腕がミシミシと嫌な音を立てながらねじれ、重心が浮き上がっていく。

 相変わらず、見ているだけだと何が起こっているのかわからない。


「おいおい、何やってんだよ」


 事態をよく飲み込めていない酔っ払いの仲間――酔っ払いBが、ヘラヘラ笑いながら近づいてきた。


 ――ガッシャァァン!


 ユウキが無造作に腕を放ると、胸を揉んだ酔っ払いAが派手に吹っ飛び、酔っ払いBに直撃。

 そのまま仲間たちが座っていたテーブルに突っ込んで、酒や料理をぶちまける。


 皿に残っていた揚げ芋をぽいっと口に放り込み、ユウキは椅子から静かに立ち上がった。


「こンのガキ――……!」


 酔っ払いCのワンツーパンチをひょひょいとかわし、手の甲で相手の鼻を打つ。

 酔っ払いCはそのまま後ろにひっくり返って後頭部をしたたかに打ちつけた。これは痛い。僕でもわかる。


 続けて飛びかかってきた酔っ払いDの腕に手を引っ掛け、円を描く。

 それにあわせて酔っ払いDの体も大きく一回転し、頭から落ちた。

 岩鬼(トロール)の時と似ていたのでギョッとしたが、首は折れてなさそうなあたり、ちゃんと手加減はしているのだろう。


「クソがッ! 調子に乗りやがって――」


 起き上がった酔っ払いAがスラリと剣を抜く。

 護身用に使われるショートソードだが、人を殺傷するには十分な得物だ。


「お、おい……。やめろよ、こんなガキ相手に……」


 周りが止めに入るが、酔っ払いAは聞く耳を持たない。


「うるせえ!

 クソガキども……。オレさまをコケにしたことを地獄で後悔させてやる」


 抜いた剣をユラユラさせながら酔っ払いAが威嚇する。

 ユウキは一層目を細めた。彼女を中心に、酒場全体の空気が重く沈んでいく感じがした。


「ウオオオオオァァァァァ――――――――ッ!!!」


 酔っ払いAはブンブンと派手に剣を振り回すが、ユウキには一向に当たらない。

 やがてしびれを切らし、上段からの大振りで突っ込んでいく。


 刹那――死角に滑り込んだユウキが剣を握っている手首に触れるや否や、酔っ払いAの体はユウキという竜巻に巻き込まれるかのごとくギュルンと回転して床に叩きつけられた。


 酔っ払いAの手からすっぽ抜けていった剣が壁に突き刺さり、近くにいた彼の仲間が「ヒェッ」と小さな声を上げる。


「ウウッ……。クソッ……!」


 なおも起き上がろうとする酔っ払いAの顔面に追撃の張り手が炸裂。


 ドゴォッ!!!


 酔っ払いAは豪快に縦回転しながら吹っ飛び、酒場の一番太い柱に激突し――。

 さしもの酔っ払いAも今度こそ沈黙のようだ。



 ――ミシッ――。



「……ありゃ?」


 ユウキが気の抜けた声をあげる。

 ずるりと滑り落ちた酔っ払いAの向こうに見えたのは、柱に入った大きな亀裂。


 わっ――……わっわっ!!!


 ――ミシミシ――ベキ!


 バキバキッ――!!


 もともと老朽化も進んでいたのだろう。


 衝撃によって柱が折れ、支えを失った建物が倒壊をはじめる。

 天井の梁がメリメリと裂け――。


「うわああ――っ!」


「に、逃げろ――っ!!」



 ――ズズ―ン――!!!


 ――――――。


 ――――。


 ――。



 すさまじい土埃が晴れると、頭上には雲ひとつない綺麗な星空。


 客たちはみな、屋根のなくなった酒場で夜空を見上げ、店主の顔は月と同じくらい蒼白になっていた。


 ――借金、プラス10万ゴールド――。


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