大鎌とエナジーボルト
ごく簡単な魔法式で発動するため、ほとんどの魔法使いが最初に覚えるであろう攻撃魔法【魔法弾】。
しかし、威力の低さ、魔力効率の悪さから、実戦で使われることは少ない。
具体的な威力としては、「石ころを投げるよりはマシ」くらいだろうか。
弱いモンスターなら当たり所が良ければ倒せるが、ある程度強いモンスターが相手となると水しぶきのようなものでしかない。
ところで、水は非常に高い圧力をかけて噴射すると岩をも切断するというが――。
僕、アルヴィス・クローリーは、天河ユウキ、そして新たにパーティーを組んだレイン、ルーとの四人で地下迷宮に挑み、死霊という最大の脅威に遭遇していた。
「おいおい……なんだよ、こいつは!」
ボロボロのフードを被り、大鎌を携えた骸骨。
その体は不気味な青白い光を纏い、向こうの壁が透けて見える。実体のないアンデッドだ。
「ウソでしょ、こんな階層に? 不合理よ」
深層の強敵格。
本来、こんな浅い階層で遭遇するはずのない“はぐれモンスター”。
岩鬼や火陸竜ほど不可解ではないが、やはり“何か”が、この地域全体の生態系を狂わせているのかも知れない。
死霊が片手をかざすと、大部屋の出入り口が魔力の壁で塞がれる。
強敵格のモンスターがよく使う簡易結界。
「オレらを逃がす気はない、ってことか」
死霊の大鎌が振り下ろされる。
それをレインが槍で受け止め――いや、大鎌はその槍をすり抜けた。レインは咄嗟に身を捩るが、避けきれず、大鎌が彼の肩を切り裂く。
「くっ!」
「レイン、離れて! ――【火炎球】!!」
ルーが魔法の火球を放つ。
しかし、彼女の放った火球も死霊の体をすり抜け、天井に当たって虚しく炸裂した。
多くの攻撃魔法は、属性を付与した魔力によって環境や物質に干渉する――つまり化学反応を起こすことで、実際の消費魔力よりも大きなエネルギーを得る。
しかし、その化学反応によって発生する火球や爆炎は、単なる物理現象にすぎないのだ。
つまり物理攻撃同様、死霊にはルーの魔法も効果がない。
「よっと!」
胴を薙ごうとする大鎌を宙返りでかわしつつ、その柄に伸ばしたユウキの手が空を掴む。
「……だめかぁ。うーん……」
彼女は自分の手のひらを見ながら考え込んだ。
死霊の動きは緩慢だ。身軽な彼女なら大鎌の攻撃を避けることは容易い。
だが、物理的に干渉できないとなれば“合気”も使えない。
こういった霊体相手には聖職者の『祝福』か、あるいはそれを受けた武器が有効なのだが……残念ながら、ここにはどちらもない。
あるいは、霊体と同じ精神エネルギー――魔力そのものをぶつけるか。
強力なアンデッドとの遭遇。通常ならありえないが、多発する“はぐれモンスター”の件を考えれば十分に想定できた事態。
そして、それを想定できていなかった僕の落ち度――。
「どうすれば……!」
「アタシ達の中で“あれ”を倒せるのは、アルヴィス――おそらくあなただけ」
大鎌の射程から逃れるように後退してきたルーが言う。
「僕……ですか!?」
確かに、魔力そのものをぶつける【魔法弾】なら霊体にも効果はある。
とはいえ低級霊ならともかく、死霊が相手では……。
「六つの魔法弾を同時に制御する【魔法弾・六連】。
あんな芸当ができるのなら――あなたの【魔法弾】には、まだ“先”があるはずよ。そうでしょう?」
【魔法弾・六連】の、“先”――。
数日前、ユウキと『勇者』との凄まじい戦いを見たあの日。
彼女が僕のことを“楔”と呼んだあの日から、ずっと考えていた――僕はたとえ僅かでも、その高みに近づき、ユウキの隣に立つにふさわしい存在にならなければと。
「わかりました。――やってみます!」
実際に試したことはないが、理論上は可能なはず。
僕は持っていた杖をカッと地面に突き立てた。
魔力を帯びた杖が自立する。肩の力を抜いて肘を落とし、その杖の先に両手をかざす。
呼吸を整え、体内を巡る魔力の流れに意識を集中。
ユウキがちらりと僕に視線を送る。
任せる――。彼女の目が、そう言ってくれているように感じた。
「何をするつもりだ?」
レインも大鎌から距離を取って後退する。
肩の傷は大したことないようだが、槍がすり抜けてしまうのでは彼にも打つ手がない。
今は、ユウキが死霊の相手を一手に引き受けていた。
大鎌の攻撃を避けるのは容易いとしても、死霊には周囲の熱を奪う能力もある。彼女の吐息は白く、手甲には霜がつきはじめている。
あまり長くは持たないだろう。
「彼――アルヴィスの魔力制御は普通じゃないわ。
ただ石を投げるだけなら誰にでもできる。でも、精度の高い曲げ撃ち、それを素手で、六つ同時に――と言えば、その異常さがわかるかしら?」
「……!」
ルーの言葉に、レインは絶句している。
「魔力の流れを掴むセンスと集中力。もしかしたら、それもあのユウキって子の影響なのかしら。
彼女もそうだけど、彼の才能も――充分に不合理よ」
僕に言わせればそんな大層なものではない。
欠陥を埋めるために考えた、苦肉の策。だけど――。
意識を集中させ、杖の先に魔力の球を形成――そこに圧力をかけていく――。
沈肩墜肘。
気沈丹田。
そう――以前、ユウキに『呼吸力』の源泉、“気”の練り方を少しだけ教わったことがある。
実際には身体操作のためのイメージでしかないと彼女は言っていたが、それを魔法に応用すると、魔力の流れがはっきり掴めるようになってきた。
シンプルな魔法式のみで、より精密な魔力のコントロールができる。
それを利用し、魔力の球を極限まで圧縮。
圧力のバランスが崩れれば、圧縮された魔力が暴発して自滅しかねない。魔法式による制御では、このバランスの調整は逆に難しい。
だけど、今の僕なら――。
「くっ……」
圧力が高まるにつれて逆流しようとする魔力の奔流を抑えつける。
熱い。全身が軋む。神経が焼き切れそうだ。つうと鼻血が垂れ、口の中に鉄の味が広がった。
「――――!」
死霊が僕の存在に気付いた。
集束する魔力の塊を見て危険と判断したのか、僕にターゲットを切り替え、近づいてくる。
どうする……?
この魔法は、どう頑張っても一発撃つのが精一杯。
焦って仕留め損ねたり、まして暴発させてしまったら、もう後がない。全滅は必至だ。
死霊が大鎌を振り上げ、そして――。
「つ・か・ま・え・た!」
死霊の背後から伸びたユウキの手が、ガシッとその首を掴む。
表情筋のない骸骨――恐怖の象徴とも言えるそれが今は、逆に恐怖に引きつっているようにも見えた。
手甲の表面が霜で覆われていく。だが、ユウキは構わず死霊の腕を捻り上げて拘束。
骨だけの腕に関節技が効いているのかは不明だが、少なくとも人型をしている以上、その構造を利用して動きを封じることは可能なようだ。
「アルくん、今だよ!!」
「でも、その状態だとユウキが……!」
「私は大丈夫! ――【加速】!!」
彼女の輪郭が光を帯びた。
魔法器の強化魔法!
ユウキは僕を信じてくれている。だったら、僕もユウキを信じる――!
「【魔法槍】――!!!」
極限まで圧縮された魔力の塊が指向性を与えられ、光の線となる。
――ヴォン――!!
わずかに遅れてくる音。圧力の解放によって発生するプラズマと風圧。
凍てついた空気を切り裂き、閃光が死霊の青白い体を真っ二つに両断した。さらに地下迷宮の壁から天井までを抉り、深い溝を作り出す。
ォ……オォォオォォォ……ォォ……ッ!
左右に分かれた死霊は悲鳴とも雄叫びともつかぬ声とともに自らの体を激しく掻きむしり、やがてその姿を維持できなくなり、燃え尽きるように消滅していった。
残った瘴気の霧が一点に集まり、紫色の石となって地面に落ちる。
魔瘴石――瘴気の影響を強く受けたモンスターを倒した時、その瘴気が結晶化して残る石だ。
僕が――死霊を倒した――?
――ユウキは!?
彼女の姿を探す。
「――――っ」
直後、視界がぐらりと傾いた。
以前と同じ、魔力の使いすぎによる貧血――。
上下の感覚を失い、その場に倒れる――はずが、後ろから何か柔らかいものに包まれ、支えられた。
「やったね。……カッコよかったよ、アルくん」
見上げれば、僕の顔を優しく――そして少し心配そうに覗き込むユウキ。
ユウキは僕の【魔法槍】をギリギリまで引き付けたあと、【加速】の効果で退避。
そしてそのまま、倒れる僕の後ろに回って受け止めてくれたようだ。
「ははっ……ユウキも、無事でよかった……」
柔らかい感触……。ユウキの匂い……。
ちょっと申し訳ない気持ちもあるが、少しこのまま休ませてもらおう。
「やれやれ、オレはいいとこなしだったな……。
それにしても、ユウキ。アンタはなんで実体のない死霊を掴むことができたんだ?」
レインが疑問を口にする。
それは僕も気になっていた。
「――だって、生きている人間にも“魂”はあるわけでしょ?
だったら指先まで意の通った手なら、幽霊も掴めるんじゃないかな……って」
そんな無茶苦茶な!?
いや、確かに。身体操作を極めた達人なら――つまり、肉体と魂が完全に同調していれば、霊体に干渉することも可能――ということか。
思えばユウキは一人で攻撃を引き付けつつ、何度も死霊の体や大鎌を掴もうとしていた。
あれはただの無謀ではなく、掴めるかどうかの検証を繰り返していたわけだ。
「まったく、あなたたちは本当に不合理すぎるわ……。
でも……いいコンビね。うらやましい」
「そうだな。……って、おい! まるでオレ達がいいコンビじゃないみたいじゃねえか!」
「あら、そう聞こえた?」
僕は――少しはユウキの隣に近づけただろうか。
レインとルー、彼らもいいコンビだな。そう思いながら、僕とユウキは顔を見合わせて笑った。




