地下迷宮とゴブリン
「来るぞ!」
「わかってるわよ――【火炎球】!!」
ドグォォン!
女性の放った火球が男の脇をすり抜け、地下迷宮の通路に群がる小鬼達の中心で炸裂した。
「おいおい、気をつけてくれよ。巻き添えはゴメンだぜ」
言いながら、男は飛んできた鎧の破片を槍で叩き落とす。
「ちゃんと計算してるから大丈夫。アタシは合理的だから」
「ホントかよ……」
槍使いのレインと、魔法使いのルー。ともにベテランの中ランク冒険者だ。
僕、新米魔法使いのアルヴィス・クローリーと、中ランク冒険者になったばかりの天河ユウキは、彼らとパーティーを組んで地下迷宮に潜っていた。
地下迷宮には淀んだ魔力――瘴気が溜まりやすく、その影響を受けて地上よりも凶暴なモンスターが跋扈している。
そのため出入りは厳しく管理され、中ランク冒険者二人以上を含むパーティーでなければ入ることはできない。
危険だが、冒険者としては絶好の稼ぎ場。
「後ろからも来ます……ッ! 挟み撃ちにされた!?」
カビ臭い通路の前後から、合わせて三十匹ほどの小鬼が現れる。
この地下迷宮はところどころ崩壊していて物陰や暗がりも多い。そういった場所に潜んで待ち伏せしていたのだろう。
一匹一匹は大したことはないが、数の多さと狡猾さが厄介なモンスター。
「チッ、通路で乱戦になると面倒だな。
確かこの先に大部屋があったはずだ、強行突破するか――」
「まかせて!」
ユウキが前に立ち、異邦の刀剣――千子村正を目の高さに構えた。
「【加速】!!」
腰に下げた魔法器が瞬くと、ユウキの輪郭が淡い光を帯びる。
『勇者』ヴァン・スナイプスも使っていた強化魔法だ。
ヒュッ――!
空気を裂く音とともに、地下迷宮の壁にピシッと線が走る。
次の瞬間、群れの前列にいる小鬼の体が見えない斬撃によって両断された。
間髪入れず二の太刀、三の太刀を振るうユウキ。
力を超える力――『呼吸力』を加えた斬撃に、強化魔法の効果が重なるとどうなるか。
結果はこうだ。魔法で加速された剣圧が真空の刃となり、壁や床に斬撃の痕を刻みながら小鬼達を切り裂いていく。
「ハハッ、すっげぇ……!」
レインが引き気味に感嘆の声を上げた。
「【魔法弾・六連】! レイン、ルー、今のうちに行きましょう!!」
僕は叫びながら魔法を放つ。誘導性のある六つの弾が、後方から迫る小鬼を弾き飛ばす。
ユウキの剣技やルーの火球と比べると地味だが、牽制としては十分。
「――――!」
「おい、どうした。ルー?」
一瞬、呆然とするルーに、レインが声を掛ける。
「な、なんでもないわ」
僕の魔法に驚いていたようにも見えたが……。まさかね。
一方、見えない斬撃を逃れた小鬼達も、稲妻のように奔るユウキに一瞬で急所を切り裂かれて絶命していく。
武器と魔法を手にした彼女は、もはや吹き荒れる嵐そのもの。
いつもながら、その可憐な容姿と凄まじい戦いぶりのギャップに目を奪われてしまう。
その手にある刀――千子村正は刃こぼれするどころか、血に濡れてより艶めかしく輝く。
獲物の血を魔力に変換し、刀身を修復する魔法式の効果だろう。
前方の小鬼を一掃したユウキは、鍔際をトンと叩いて余分な血を振るい落とす。そのままくるりと刀を回転させ、滑らかに鞘に収めた。
「ふう」
一息ついて、僅かにズレた眼鏡を指先で直すユウキ。
直後、彼女の輪郭を覆っていた淡い光が消える。強化魔法の時間切れだ。
それを見計らったかのように、大部屋の暗がりから二回りほど大きな小鬼――卒鬼が現れた。
が――。
ちっぽけな人間の頭を叩き割るべく振り下ろされた卒鬼の剣は、火陸竜の手甲でいなされ、さらに横からの掌打でへし折られる。
来るのが最初からわかっていたような、淀みない動き。
ユウキはそのまま腕を絡めて卒鬼を石床に叩きつけ、無防備になった喉を蹴り抜く。
武器を収めたのを見て勝機と勘違いしたのだろう。
しかし、武器も魔法も攻め手を補うものに過ぎない。彼女の本領はむしろここからだ。
「さて……次はどの子かな?」
見れば大部屋には、複数の卒鬼達が待ち構えていた。
それぞれが全身鎧や剣、鎚でがっしりと武装し、訓練された兵士の様相を呈していた。ただの小鬼とはわけが違う。
「っしゃあ! この広さなら存分に暴れられるぜ!!」
遅れて大部屋に飛び込んできたレインが自慢の槍を派手に振り回して構える。
「そもそも、地下迷宮で槍を振り回そうなんてこと自体が不合理なのよ!
――【閃光】!!!」
眩い光を放ち、地下迷宮の暗がりを照らすルーの魔法。
「うっせーなァ! オレはこの槍が一番しっくりくるんだよッ……と」
卒鬼達が光に怯んだその瞬間、ユウキとレインは既に動いていた。
腕と首が捻れた卒鬼、顎を貫かれた卒鬼。二つの死体が新たに転がる。
「【火炎球】!」
「【魔法弾・六連】!!」
後方から迫ってくる小鬼の群れは、ルーの広範囲攻撃魔法で薙ぎ払い、残った個体を僕の魔法で弾き飛ばす。
その狡猾さが仇となり、逃げ場のない通路で倒れていく小鬼達。
大部屋の方では、卒鬼を相手に、二つの嵐が荒れ狂っていた。
一方は近づく者を拒むように槍で切り刻み、一方は近づく者をその手で巻き込み粉砕する。
特にユウキは火陸竜の手甲のおかげで対武器の安定感が増している。
大柄な卒鬼の振るう武器を容易く捌き、いなし、その勢いを利用して床や壁に叩きつけていく。
それも手甲の強度とユウキの高い技術があってこそ。
加えて、拳による打撃の強化。
ユウキによれば、実戦の“合気”は「打撃が七割」とも言われるそうだ。
鎧の上から打ち込まれたユウキの拳が卒鬼の臓腑を揺さぶり、悶絶させる。
そのまま彼女は怪物の背後に回ると、鎧の襟元を掴んで螺旋の動きに引き込んだ。
遠心力を加えられた怪物の体は少女の細腕を支点に豪快に宙を舞い、そして地下迷宮の硬い床に激突。――それも最悪な角度で。
勢いをつけて落下する全体重、それを頸椎一本で支えられる生物はそうそういないだろう。
気付けば、僕らは小鬼と卒鬼の死体の山を築いていた。
「これで全部片付いたな。ったく、手こずらせやがって。
お前らも怪我はないか?」
気怠そうに槍を肩に担ぐレイン。
「……」
ユウキはというと、まだ険しい顔で周囲を警戒している。
地下迷宮に生息する小鬼達がこれで全部かはともかく、少なくとも、これ以上の追撃はなさそうに思えるが……。
――ふと、悪寒が走った――。
いや、よく見れば皆の吐く息が白くなっている。これは悪寒じゃない……!
実際に大部屋の気温が下がっているのだ。
「おいおい……なんだよ、こいつは!」
青白い光を纏う何かが。
「ウソでしょ、こんな階層に? 不合理よ」
地面から染み出すように、ゆっくりと浮き上がってくる。
ボロボロのフードを被り、大鎌を携えた骸骨。
それは、地下迷宮に漂う瘴気の影響を受けて発生する――まるで恐怖の象徴のようなアンデッドモンスターの一種。
死霊だった――。




