沈黙の裁き ― 理を問う声
朝の光が、ルミナリア王宮・大広間の円形ドームをやわらかく満たす。
白大理石の床に反射する光は、まるで空中を舞う粉雪のように煌めき、王家の紋章が精緻に刻まれた床面に影を落とす。
青と金のステンドグラス越しに差し込む陽光は、広間の空気を温かくも張りつめたものに変える。
そこには緊張と期待、そして静かなる威厳が共存していた。
高い天井のドームから見下ろすように、列席する各国使節や学園関係者、教会高官たちの視線が交錯する。
その視線の中心に、ひとりの少女――天川めぐみが立っていた。
外の空は青く澄み渡り、広間の窓辺に差し込む光と対比して、これから始まる「理と信仰の対決」の幕開けを予感させている。
メグは壇上に立ち、背筋をぴんと伸ばす。
淡青色の礼装が朝の光にわずかに反射し、彼女の姿をひときわ際立たせた。
机の上に置かれたノートや魔力計器――小さな風計、青く光る湿度石――が、静かに光を帯びる。
空中には、淡く霧が立ち上り、微細な魔力の流れがふわりと揺れる。
ステンドグラス越しの光が霧に反射し、空中に淡い金と青の光の渦を描く。
まるで広間全体が、彼女の理論を視覚化して祝福しているかのようだ。
会場は静まり返り、観衆の呼吸だけがかすかに聞こえる。
緊張が、空気の粒子ひとつひとつにまとわりつくかのようだった。
メグは微かに息を整え、指先でノートに触れる。
これから起こる「理と信仰の衝突」の幕開けを、まだ誰も知らない――。
セレス司教がゆっくりと立ち上がる。
銀色の杖を掲げると、その先端からわずかに魔力が煌めき、低く重い声が広間を震わせた。
「理で神を模倣する行為は罪!
天は偶然の奇跡によってのみ語られる。
再現可能な奇跡は、傲慢の極み――!」
その言葉が空間に落ちると同時に、メグの机上の魔力計器――風計や湿度石――の光が、微かに揺れた。
淡い霧もそよぎ、空気がわずかにざわめく。
広間の観衆は息を呑み、視線を交錯させる。
張りつめた緊張が、まるで空気そのものを重く押しつぶすかのように広がった。
メグは静かに立ち続け、視線を司教から外さない。
理論と観測の力を信じる少女の心には、揺るがぬ決意が宿っていた。
メグはゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に残る震えを押し殺しながら、壇上の中央で口を開く。
「……私は、神を奪おうとしているわけではありません。」
その声は小さかった。けれど、澄んだ鐘の音のように、広間の隅々まで届いた。
「ただ――空がどう動くのかを、知りたいだけです。」
静寂。
次の瞬間、机の上の魔力計器がかすかに共鳴した。
風計の羽根がひとりでに回り、湿度石が淡く光を帯びる。
その光が、まるで彼女の言葉に応じるように震えた。
観衆の視線が揺れる。だが、メグの目は誰も見ていなかった。
彼女の瞳は、机上のノートと――空中に漂う霧の流れを追っていた。
青い光の粒が、彼女の指先に沿って舞い上がる。
その様子はまるで、“理”が彼女の言葉を肯定しているかのようだった。
セレス司教の杖が、床を叩いた。
乾いた音が大広間に響き、空気が一段と張り詰める。
「奇跡とは、偶然の恵みであり――再現などできぬものだ。」
老司教の声は重く、石壁を伝って反響した。
「それを理で制御しようとするなど、信仰への冒涜に他ならぬ!」
光が揺れた。
高窓のステンドグラスを透かして差し込む陽光が、淡く波打つ。
メグは静かに顔を上げた。
その瞳には、怯えよりも確信の色があった。
「天は、法則に従って動いています。」
「それを理解することは、神を否定することじゃありません。――むしろ、敬意です。」
一瞬、空中の霧が彼女の言葉に呼応するように渦を巻いた。
柔らかな螺旋が生まれ、金と蒼の光をまとって広がる。
観衆が息を呑む。
机上の魔力計器が微光を放ち、ノートの符号がひとりでに淡く輝いた。
数字と魔紋が脈動し、まるで理そのものが、彼女の信念を証明しているかのようだった。
セレスの目が、怒りとも恐れともつかぬ光で細められる。
しかしその中心で、少女の声は静かに続いた。
「……奇跡と呼ばれる現象の中にも、“理”はあるんです。」
玉座の前、緊張が張りつめたまま時が止まる。
誰もが言葉を失う中、ただ一人、王太子リュシアンだけが微かに動いた。
彼は壇上の少女に視線を送る。
深い銀の瞳が、静かに彼女の背を見つめていた。
リュシアン(心の声):
――理で天を読む少女か。
信仰を敵に回しても、怯まずに立つその姿……まるで、風そのものだ。
だが、王族の立場として軽々に口を開くことは許されない。
この場での発言は、王国と教会の均衡を揺るがす。
彼はわずかに拳を握りしめた。
その指先に力がこもる。だが、唇は動かない。
彼の沈黙を、メグは感じ取ったように一瞬だけ振り返る。
その眼差しは、どこまでもまっすぐだった。
淡い光が二人の間を照らす。
観衆は息を呑み、ざわめくこともできずに見守る。
少女は孤独に見えた。
けれど、その姿はどんな聖職者よりも――清らかで、強かった。
リュシアン(心の声):
――この世界が彼女を裁くのなら、
せめて、俺だけは“見届ける者”でありたい。




