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『天気予報士、悪役令嬢になる。』 ― 空を読む者、神を越えぬ祈り ―  作者: 南蛇井


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7/13

神の怒り、空の証明 ― 王と神の前で、“理”が天に届いた日 ―

王宮、大広間にて


白大理石の床が、光を飲み込むように静かに輝いていた。

王家の紋章が刻まれた広間の中央に、円形の天窓から金色の陽光が降り注ぐ。


天井のドームには「空の神々」の壁画――

人がまだ“風”を神の声と信じていた時代の絵が、荘厳に描かれている。


ステンドグラスを透けた青と金の光が交差し、

空気は、張りつめた弦のように静かだった。


その空間に集うのは、王と王妃、各国の使節、教会の高官、

そして、王立学園の代表たち。


誰もが息を潜めている。

この日――王国史に残るかもしれない“発表”が行われようとしていたからだ。


壇上の中央に、ひとりの少女が立っていた。

白衣のような淡青の礼装に身を包み、髪をリボンで束ねた少女。

アマカワ侯爵家の娘にして、王立学園の特待研究生――メグ・アマカワ。


その小さな手が、机の上の奇妙な装置に触れる。

金属と魔石が組み合わされた円筒形の機械。

淡い青光を帯びたその装置こそ、彼女が生み出した“空を描く道具”――

**気象魔導図マナ・マップ**である。


メグ(心の声):「……あの夜、空を見た。

 “観測”の向こうに、何かがいた。

 今日、それを――証明する。」


広間に微かな風が流れる。

観衆の衣の裾が、わずかに揺れた。


王座の上で、老王が静かに頷く。


王:「始めよ、アマカワ侯爵令嬢。――その“理”とやらを、見せてみるがよい。」


その声が響くと同時に、

広間の空気が一変した。


彼女の手が、ゆっくりと魔石の制御環に触れる。

燭台の炎が揺れ、金属の輪が小さく共鳴した。


光が、息を吹くように浮かび上がる――。


発表の幕開け ―「空を描く少女」


白大理石の壇上に、淡青の礼装をまとった少女が立っていた。

その姿は、まるで空の一部が人の形を取ったかのように儚く美しい。


アマカワ・メグ。

王立学園史上、最年少で特待研究生に選ばれた侯爵令嬢。

その背後には、銀髪の王太子リュシアンが静かに控えていた。

彼の視線は、舞台の少女に――そして、彼女の机上に据えられた“奇妙な装置”に注がれている。


メグ:「これより、《気象魔導図マナ・マップ》の実験を始めます。」


彼女の声は、広間の静寂を貫くように澄んでいた。

机上の装置は、金属環と透明な魔石が幾重にも組み合わされたもの。

中心には青白く輝く湿度石が浮かび、わずかな風がその表面を撫でている。


燭光が反射し、金属環の刻印が微かに光を帯びた。

淡い振動音が、広間全体に広がる。


リュシアン(心の声):「……これが、“空”を理で描く少女の答えか。」


メグは手を伸ばし、装置の制御環に触れた。

瞬間――空気がふっと震えた。


湿度石から、細い霧が立ちのぼる。

それは上昇気流のように螺旋を描きながら天へ伸び、やがて光を帯びて――

空中に、見えない風の流れを描き出した。


観衆から、息を呑む音。


観衆A:「……見える……風が……!」

観衆B:「マナが……空を流れている……!」


霧の粒が、魔力の糸を結び、青白い光が螺旋状に広がっていく。

それは大気の“呼吸”そのもの――

人の目には見えなかった空の理が、今ここに姿を現したのだ。


王は立ち上がり、声を震わせて言った。


王:「これこそ、“神の理”に迫る叡智ではないか!」


その言葉を合図に、観衆はどよめいた。

誰もが、その幻想的な光景から目を離せない。


しかし――ただひとり、リュシアンだけは静かにその背中を見つめていた。


リュシアン(心の声):「彼女の風は、奇跡ではない。

 理が、神話の形を借りて“語っている”のだ。」


メグの瞳に映るのは、広間の天窓越しの青。

その青は、かつて彼女が“空に見られた”あの夜の記憶を呼び覚ます。


メグ(心の声):「――空は、ただ在るだけ。

 でも、人はいつも、それを“意味”に変えたがる。」


光が、天へと伸びていく。

まるで空そのものが彼女の理に応じるように、穏やかに――。


異端の宣告 ―「神の視座」


光が天へと伸びた、その刹那。


――低く、地の底から這い出るような声が、広間を震わせた。


セレス司教:「天を映すとは……神の視座を奪う行為!」


荘厳な法衣に身を包んだ老司教が、立ち上がる。

その手に握られた黒杖の宝珠が、鈍く光を放った。


セレス司教:「天の理は、祈りによってのみ知られるもの!

 理で測るは――傲慢の極み!」


静まり返っていた大広間が、一瞬で凍りつく。

観衆たちは息を潜め、ステンドグラスの光さえ怯えたように色を失った。


空中の魔導図――あの美しかった光の流れが、次第に乱れ始める。

霧が震え、螺旋が歪み、ひとつの光が途切れた。


メグは顔を上げ、声を絞り出す。


メグ:「奪うつもりなんてありません。

 私はただ……“空がどう動いているのか”を、知りたいだけです。」


その言葉は、祈りにも似ていた。

だが、セレス司教は怒りに燃える眼で少女を見下ろす。


セレス司教:「それが“知”の罪だ!

 理解は、信仰を殺す!」


杖が床を打つ――。


その瞬間、天井の円形天窓の向こうで、黒雲が渦を巻いた。

まるで天が怒りを示すように。


光が消えた。

空から降り注いでいた青と金の輝きが、一瞬で奪われる。


代わりに響いたのは、

――轟音。


雷鳴が天蓋を裂き、閃光が広間の壁画を照らした。

そこに描かれた「空の神々」が、まるで生きているように揺らめく。


メグはその光の中で、震える手を握りしめる。

風が逆巻き、霧の流れが暴走を始める。


リュシアン(低く):「……やめろ、セレス!」

セレス司教:「沈黙を、理に与えるわけにはいかぬ!」


観衆が悲鳴を上げ、護衛が駆け出す。

空から降る光の粒が、今や美しさではなく災厄の前触れに変わっていた。


メグ(心の声):「……これが、“神の怒り”なの……?

 違う……これは、空が乱れてるだけ。

 天は怒らない。ただ、応じるだけ……。」


彼女の瞳に、嵐が映る。

その中で――

理と信仰が、初めて正面から衝突した。


崩壊 ―「神の怒り」


――次の瞬間、装置が悲鳴を上げた。


スカイピラーの魔石群が、制御を超えた光を放つ。

青白い閃光が迸り、金属環が高周波の音を立てて震えた。


空気が裂ける。

光が螺旋を描きながら天へと伸び、天井のドームを覆うように広がっていく。


リュシアン:「退避しろ! マナが暴れている!」


警備の兵が観衆を守る中、メグだけがその場に立ち尽くしていた。

風が彼女の髪を巻き上げ、燭台の炎が吹き消される。


メグ:「違う……乱れてるんじゃない。

 応えてるの。」


その声は震えていた。けれど――確信に満ちていた。


光が渦を巻き、天井いっぱいに広がる。

青と金の稲妻が交錯し、

その中心が、**“ひとつの形”**を結んでいく。


――それは、巨大な眼。


嵐の光が形作るその瞳は、まるで「空そのもの」がこちらを見返しているようだった。

見る者すべての胸を貫く“視線”。

神の怒りか、それとも――観測の応答か。


観衆:「……神が、見ている……!」

セレス司教:「触れるな! それは天罰だ!」


メグは震える指で、装置の制御板に手を伸ばす。

指先が青白く光を反射し、涙が頬を伝う。


メグ(静かに):「私は……空を支配したいんじゃない。」

「ただ――理解したいだけ。」


その瞬間。


渦が、静まった。


轟音が嘘のように消え、風が止む。

光はゆっくりと収束し、空を覆っていた黒雲が散っていく。

残されたのは、

――割れた魔石と、少女の小さな息づかいだけ。


メグの髪を夜風が撫で、

天窓の向こうには、再び星が瞬いていた。


リュシアン(心の声):「……彼女は、“神の怒り”を止めたんじゃない。

 天と、人との間に、理を見たんだ。」


静寂。

その場にいた誰もが、息をすることすら忘れていた。


――そしてこの瞬間が、

“空を測る罪”と呼ばれる時代の幕開けとなる。


沈黙の証明 ―「嵐の前」


焦げた空気が、まだ広間に残っていた。

砕けたステンドグラスの欠片が床を散りばめ、

そこから差し込む光が、まるで壊れた祈りのように揺れている。


誰も――声を出さなかった。

群衆も、神官たちも、息をすることさえ忘れて。


ただ、少女を見つめていた。


白衣の裾は煤に焦げ、頬には涙の跡。

その目は、なおも天を見上げている。


王が、ゆっくりと口を開いた。


王:「……理が、天を映したのか。

 あるいは――天が、理に応えたのか。」


重く、響く声。

それは裁きでも賞賛でもなく、**“問う声”**だった。


セレス司教は沈黙を守ったまま、メグを見下ろしていた。

杖を握る手がわずかに震え、その瞳には恐れと確信が同居していた。


セレス(心の声):「――この少女こそ、“空の異端”。」


その視線を受け止めるように、リュシアンが一歩前に出た。

焦げた床に靴音が響く。


リュシアン:「彼女の理論を――王家の保護下に置くべきです。」


場内がざわめく。

王は短く息をつき、ゆっくりとうなずいた。


王:「……よかろう。

 だが、その光は、あまりにも危うい。」


天井の裂け目から、淡い陽光が差し込む。

嵐の後のような静けさ。

空気のすべてが、ひとつの問いを残していた。


メグは顔を上げ、黒く焦げた天窓の向こう――再び晴れ始めた空を見つめる。


メグ(心の声):「空は、怒ってるんじゃない。

 ……問い返しているの。」


風が吹く。

砕けたガラスの欠片が光を反射し、

まるで“理と祈り”の境界を示すかのように瞬いた。


――その静寂は、

やがて訪れる“嵐の予兆”でしかなかった。


そして幕は下りる。


第Ⅱ幕『天を測る罪』――開幕。

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