風の果て ― 終幕
学院の最上層――風見塔の屋上。
夕映えの光が塔の縁を染め、床に組み込まれた巨大な魔導機構《風読装置》が、静かな唸りとともに動いていた。
透明な羽根のような板が幾重にも重なり、青白い光を帯びながらゆっくりと回転している。
その中心に立つ三つの影――リュシアン、アイリス、トール。
風が吹き抜けるたびに、三人のマントがふわりと舞い上がる。
空は限りなく澄み、そこに無数の“風の線”が交差していた。
細く、柔らかく、それでいて確かな意思を持つように――それらはひとつの大きな“螺旋”を描きながら、天空を走る。
リュシアンは静かにその光景を見上げた。
まるで、空そのものが記録紙となり、風が自らの軌跡を描いているかのようだった。
――空全体が、一枚の巨大な地図。
それは、かつてメグが夢見た“理解の空”そのものだった。
風読装置の光が、ゆるやかに三人の姿を照らしていた。
風の唸りと機構の回転音が、まるで心臓の鼓動のように響く。
リュシアンは、空に伸びていく螺旋の線を見つめながら、静かに言葉を紡いだ。
「――あの日の嵐が、今では風を学ぶ礎となった。
彼女が信じた“理”は、こうして生きている。」
その声は穏やかで、どこか祈りに似ていた。
彼の眼差しには、かつての恐怖ではなく、深い敬意と感謝の光が宿っている。
隣に立つアイリスが、そっと首を振る。
その仕草は風に溶けるように柔らかく、瞳は微笑を含んでいた。
「いいえ……“愛”ですよ。
空を理解しようとした、その心こそが。」
リュシアンが目を細め、トールが小さく息を吐いて笑う。
彼は肩越しに空を仰ぎ、どこか懐かしむように口元を緩めた。
「なら、この風も……あの人の笑い声の続きかもしれねぇな。」
その瞬間、突如として風が強く吹き抜けた。
三人のマントと髪が一斉に揺れ、風読装置の羽根が光を散らす。
天空の螺旋が、一瞬だけまばゆい輝きを放ち――
まるで誰かが、笑いながら応えているように、空が脈打った。
風が、まるで命を持つかのように舞い上がった。
屋上の装置が低く唸り、空を渡る無数の風線が、ひとつの螺旋を描いて集束していく。
その中に――微かな声が、混じった。
初めは風のざわめきと思った。
だが、次第にそれは確かな言葉の形を取り、三人の耳に届く。
「……観測を続けて。
空は、まだ語りかけてる。」
それは、懐かしい声。
優しく、凪のように静かで、それでいて確かに“彼女”だった。
リュシアンが、目を閉じて微笑む。
アイリスの唇が、わずかに震える。
トールは何も言わず、ただ空を見上げた。
その瞳に浮かぶのは、涙ではない。
“理解”――そして“約束”の光。
風が三人を包み、空の螺旋がゆっくりとほどけていく。
その流れは穏やかで、まるでメグの手が、もう一度この世界を撫でているかのようだった。




