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『天気予報士、悪役令嬢になる。』 ― 空を読む者、神を越えぬ祈り ―  作者: 南蛇井


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墓碑の前に

丘の斜面を渡る風は、まるで遠い昔の記憶を撫でるようにやさしかった。

春の陽を受けて、風花が一面に揺れている。赤、白、淡い青――それぞれの色が、風に溶けて混ざり合う。


その中心に、白い石の墓碑がひっそりと立っていた。

装飾はなく、ただ、静かな文字が刻まれている。


『理解こそ祈り』


陽光がその文字の線をなぞり、淡い金の光を返した。

一枚の花弁がふわりと浮かび上がり、風に乗って空へと舞い上がる。


丘の頂には、リュシアンとアイリスが並んで立っていた。

二人の衣が風に揺れ、草の音と混ざり合う。


リュシアンは静かに花を手向ける。

アイリスもそれに倣い、両手を合わせる。


その仕草は、祈りというより――“理解”の証のように穏やかだった。

リュシアンは、墓碑の文字を指先でなぞるように見つめていた。

その横顔には、かつての戦や喪失の影はもうない。ただ、穏やかな光が宿っている。


やがて彼は、風に揺れる花弁を目で追いながら、微笑を浮かべた。


「……彼女なら、きっと笑うだろうな。

 “理も祈りも、同じ空の息吹だ”って。」


その声には、懐かしさと誇りが混ざっていた。


アイリスは静かに頷く。

長い髪が風に揺れ、頬をかすめた。


「ええ。

 メグが見せてくれた“空”は、今もここにあります。」


言葉が空へ溶けていくように、丘の風がふわりと流れた。

草がさざめき、花々が一斉に揺れる。


小さな渦が足元で生まれ、墓碑の前の花を包み込む。

その花は、まるで見えない手に導かれるように宙へ舞い上がり――

空へ、やさしく溶けていった。

丘の上の風が、穏やかに流れていた。

リュシアンとアイリスが立つその背後――遠く王都の方向には、《空の学院》の屋根が小さく見える。

陽光を受けて白く輝くその屋根の上で、風読士の旗がゆっくりと翻っていた。


空には、雲ひとつない。

どこまでも澄み渡る青が広がり、陽の筋が墓碑の文字を柔らかく照らす。

白い石の表面が金色にきらめき、まるで光そのものが“祈り”の形を取ったようだった。


リュシアンは、静かに目を閉じる。

アイリスの髪が風に揺れ、草原の香りが流れる。


――その時、誰の声ともなく、言葉が心の奥に響いた。


「祈りは、理解へと姿を変えた。

 そして、理解は――新しい祈りとなった。」


風が二人の間を抜け、墓碑の上を通り過ぎる。

その流れの先、学院の上空で旗がもう一度、ふわりと揺れた。

それはまるで、空そのものが微笑んでいるようだった。


リュシアンとアイリスは、並んで丘を下りていった。

足元の草花が風に揺れ、彼らの歩みに合わせてさざめく。

背後から、追いかけるように柔らかな風が吹き抜け、二人の外套を軽くはためかせた。


振り返ることなく歩く二人の後ろに、丘の上の墓碑が静かに残る。

カメラ(視点)はゆっくりとその白い石に寄り、刻まれた言葉を映し出す。


――『理解こそ祈り』


その文字の上を、再び風が優しく撫でていった。

花びらがひとひら舞い上がり、金色の光の中へと消えていく。


やがて、遠くで鐘の音が響いた。

澄んだ音が空へと広がり、青の深みに溶けていく。


見上げる空には、白い鳥の群れが弧を描いて飛んでいた。

彼らの翼が陽光を受けてきらめき――まるで、“祈り”そのものが空を渡っていくかのようだった。





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