空の学院 ― 《理を読む者たち》
講堂の窓から、朝の光がやわらかく差し込んでいた。
淡い風がカーテンを揺らし、空気の粒が金色にきらめく。
天井には、風の紋章と方位環――王国が再び“空と共に生きる”と誓った印が刻まれている。
壁際の風計が、カラリ……カラリ……と音を立てて回る。
まるで、誰かの呼吸のように穏やかで、途切れない。
黒板には、複雑な気流方程式が書かれていた。
その横に、チョークで小さく記された詩のような文字。
『空は怒らない。理解されるまで、何度でも流れる。』
白い文字は光を受けて淡く光り、教室の空気に溶けていく。
その詩を、学生たちは静かに見つめていた。
椅子の軋む音さえもためらわれるほどに――。
講壇に立つのは、学院初の教官、アイリス。
凛とした姿に、かつて嵐の中で空と語った少女の影が重なる。
彼女はゆっくりと振り返り、穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「理とは、神の言葉を“読む”ための道具。
祈りは、その言葉を“感じる”ための心。
どちらが欠けても、空は見えないのです。」
その声は、風のように静かで、しかし確かに響いた。
学生たちの瞳が、一斉に光を帯びる。
今日もまた、この学院の中で――
“空を理解しようとする人々”の一日が、始まっていた。
アイリスは講壇の前に立ち、静かな呼吸とともにチョークを取った。
教室の空気は、朝の光と風計の小さな音だけに満たされている。
黒板に、彼女はゆっくりと二文字を書いた。
「理」
「祈」
白い粉が舞い、陽光にきらめく。
彼女は二つの文字のあいだに一本の線を引き――穏やかに微笑んだ。
「理とは、神の言葉を“読む”ための道具。
祈りは、その言葉を“感じる”ための心。
どちらが欠けても、空は見えないのです。」
チョークを置く音が、小さく響いた。
学生たちは誰も動かず、ただ真剣にその言葉を受け止めていた。
アイリスは視線をめぐらせ、やわらかく言葉を継ぐ。
「この線――それが、私たちの仕事です。
理と祈りをつなぐ、“観測”という橋。」
教室の最前列では、短く切った髪の少女がノートを強く握りしめていた。
その瞳の中に宿るまっすぐな光――どこか、あのメグを思わせる。
風がそっと窓をくぐり、黒板のチョークの線をなぞるように吹き抜けた。
その一瞬、教室全体がやさしく息づいたようだった。
講堂の扉が、コンと小さな音を立てて開いた。
すぐに柔らかな風が流れ込み、黒板に貼られていた紙片がふわりと舞い上がる。
教室中がざわめく中、軽やかな声が響いた。
トール:「先生、南風が変わりそうだ。今夜は雨だな。」
学生たちが一斉に窓の外をのぞく。
雲が西の空から静かに流れ込み、風計の羽根が少し速く回転を始めていた。
アイリスは微笑みを浮かべ、チョークをそっと置く。
アイリス:「……さすが“風読士”。
理だけじゃなく、空の気持ちも読めるのね。」
トールは軽く肩をすくめ、いつもの無造作な笑みを浮かべた。
トール:「天気は嘘をつかねぇ。
あいつ――いや、“あの人”が残したノート通りさ。」
彼の腰には銀色の徽章――風読士の証が揺れていた。
それは、かつてメグが提唱した“理と祈りの共存”を形にした、新たな職の象徴。
講堂の窓の外で、風がやさしく唸る。
学生の一人が小さく呟いた。
「……先生、空が笑ってるみたいです。」
アイリスはその言葉に微笑で応え、そっと空を見上げた。
そこには、どこまでも広がる青と白――
メグが遺した“理解された空”が、今日も息づいていた。
講義が終わる鐘の音が、遠くの塔からかすかに響いた。
学生たちはノートを抱え、弾むような声を上げながら講堂を飛び出していく。
窓の外では、白衣を翻しながら若い風読士たちが観測器具を掲げ、
雲の流れを追いかけて走っていた。
青空の下、塔の風計がくるくると速く回転し、
朝の光を受けて銀の輪を描く。
アイリスはその光景を見つめながら、
静かに息を吐いた。
アイリス(独白):「……メグ。
あなたが話した空は、今、確かに“学ばれて”いるわ。」
柔らかな風が教室に吹き込み、黒板の隅に残ったチョークの粉をさらっていく。
その一瞬、風の音の中に――
まるで彼女の笑い声のような、微かな響きが混じった気がした。
アイリスは目を閉じ、微笑む。
風が髪を揺らし、
空の青が、かつてよりもいっそう澄んで見えた。




