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『天気予報士、悪役令嬢になる。』 ― 空を読む者、神を越えぬ祈り ―  作者: 南蛇井


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黎明の王都

――夜明け。


王都アルトリアの通りを、柔らかな光が染めていく。

かつて瓦礫と灰に覆われた街は、いま再び息を吹き返していた。


水路の水は澄み、風読士たちが塔の方角を見上げながら、空の記録盤を手に風を読む。

市場ではパンの香りと笑い声が交じり、子どもが屋台の上で叫ぶ。


「今日は晴れだって! 風読士のお兄ちゃんが言ってた!」


周囲の人々が笑い、青空を仰ぐ。

その視線の先には――再建された**風塔ノウヴァ・スパイア**が立っていた。

銀と白の外装が朝日を反射し、塔の頂に設置された風計が静かに回転する。


鐘の音が三度、街全体に響く。

それは、新しい時代の始まりを告げる音。


群衆が広場に集まり、リュシアン王の戴冠式が始まろうとしていた。

金の紋章旗が風にたなびき、王の姿がゆっくりと壇上に現れる。


その瞬間、カメラはゆっくりと空を仰ぎ――

淡い青と金の光が重なり、どこまでも澄み渡る空が広がる。


ナレーションが静かに重なる。


「かつて、空は人々にとって“恐怖”であった。

だが今、人は空を測り、学び、語りかける。

それは――祈りの形を変えた、もうひとつの信仰。」


風が吹く。

光が塔の表面を滑り、王都全体に柔らかな揺らぎを与える。


――再生した王都の息吹は、静かで、そして確かだった。


王都広場。

白亜の階段をゆっくりと上り、リュシアン王が壇上に立つ。


純白の外套が風を受けて揺れ、その胸には新たな王国の象徴――

“理と祈り”の紋章が輝いていた。

双翼と環が交わるその意匠は、「学び」と「信じる心」が共に在ることを示している。


背後に掲げられた旗には、《空の学院》の紋章。

それは、かつて嵐を鎮めた理術師――メグ・アルトリエの教えを受け継ぐ印。


王は静かに群衆を見渡した。

風が広場を渡り、音もなく旗を翻す。


「かつて我らは、空を恐れ、神に祈るだけだった。」


リュシアンの声が、空の下に響く。

誰もが息を呑み、その言葉を待つ。


「だが、空は怒りではなく――“問い”だったのだ。

その問いに応えるため、我らは理を学び、祈りを翻訳しよう。」


群衆の瞳に、朝陽が映る。

老いた神官も、若き風読士も、皆がその言葉に耳を傾ける。


「この王国は、天の理を受け入れ、共に歩む。

空を支配するのではなく、空と共に生きるために。」


――沈黙。

そして、ひとすじの風が吹き抜けた。


塔の頂で、風計がゆっくりと回転を始める。

キィ、と小さな音。


それはまるで、誰かの“返答”のようだった。


陽光が雲を割り、リュシアンの肩を撫でる。

白い羽根のような光の粒が風に乗って舞い上がり、

青空の彼方へ――消えていった。


その光は、まるで彼女――空と話した少女の微笑みのように、優しく世界を包んでいた。

王都の広場に、静かな風が通り抜けた。

群衆の歓声が遠のき、鐘の音も、鳥の羽ばたきも、すべてが一瞬だけ――止まる。


風塔の羽根がきらりと光り、

その風の流れの奥に、ふと――懐かしい響きが混じった。


それは、あの日の嵐と同じ旋律。

だが、怒りではない。

包み込むように柔らかく、どこかで聞いた“声”が重なる。


メグの声(風の中で):「……まだ、見える? 空の形が。」


その声は幻か、記憶か、それとも風そのものか。

リュシアンは目を閉じ、深く息を吸う。


頬を撫でた風が、まるで彼女の指先のように温かかった。


リュシアン(心の声):「ああ、見えるさ。君が見せてくれた空が。」


彼がゆっくりと目を開けると、

空はどこまでも澄み渡り、

白い雲がまるで翼のように広がっていた。


もうそこに、嵐の影はない。

あるのはただ、**“理解された空”**の青。


風が王の外套を翻し、学院の旗を撫で、街を駆け抜ける。

それはまるで、彼女の「ありがとう」という言葉のように――優しく、永く、世界を巡っていた。


朝日が昇り、王都の尖塔が黄金に染まっていく。

新たに築かれた風塔の頂で、風輪が静かに回転し、

その羽根が光を受けて――七色にきらめいた。


街の人々が思わず息を呑む。

市場の子どもが、手をかざして空を見上げる。

遠くの鐘が、ゆっくりと三度、澄んだ音を響かせた。


その瞬間、風が生まれる。

優しく、どこか懐かしい流れ。

王の外套を、学院の旗を、街の屋根を撫でながら――

風は王都を巡り、やがて空へと昇っていく。


そしてその流れの中に、ほんの一瞬――

光の粒が、舞った。


白く淡いその輝きは、誰にも触れられず、

ただ、空の彼方へと消えていく。


まるで、メグが微笑みながら空へ還っていくように。



「その風は、祝福ではなく、“理解”の証だった。

 ――空はもう、怒っていない。」


空は高く、青く、どこまでも広がっていた。

その青の下で、人々の祈りと理が、ようやく――ひとつになった。





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