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『天気予報士、悪役令嬢になる。』 ― 空を読む者、神を越えぬ祈り ―  作者: 南蛇井


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嵐の核心 ― 解式(コード)の導出

――夜が、形を失っていた。


 稲光が天を裂き、風が叫ぶ。

 黒雲の中心に浮かぶ巨大な影――それが、伝説の浮遊遺跡ヴァル・ノア

 かつて“神の手”と呼ばれた空の装置が、今、再び鼓動していた。


 嵐を切り裂いて進む飛行艇の船首で、メグは身をかがめる。

 雷光に照らされるたび、彼女の髪が白銀のように光り、瞳の奥には揺るがぬ決意があった。


「風圧、限界を突破します!」

 操舵士の声がかすれ、計器が悲鳴をあげる。


 リュシアンが立ち上がり、王家の紋章が刻まれた指輪を掲げた。

「――“蒼紋開環ソル・ルーク”!」


 彼の声と同時に、船体の外側に青い輪が展開する。

 紋章魔法による風壁制御。

 竜巻のような気流が左右に割れ、嵐の壁に道が開く。


 エルネストが眉をひそめ、低く唸る。

「このままでは王都ごと崩壊する……! 《ヴァル・ノア》は理そのものを食っている!」


「どれほどの理力を蓄えているんだ……!」

 リュシアンの声は風に呑まれ、雷鳴が答えのように轟く。


 メグは一歩、前へ出た。

 風壁の向こう、浮かぶ巨大な環状構造――それが《ヴァル・ノア》の中央核部コアリングだ。

 そこでは、数えきれない古代文字が光の粒となって回転している。


 それはまるで、失われた“空の詩”が形を取り戻したかのようだった。


 エルネストが息を呑む。

「……古文式の残骸が、まだ生きている。」


 メグは手袋を外し、指先で風を感じ取る。

 わずかに震える空気の脈動――まるで心臓の鼓動のように。


「聞こえる……《ヴァル・ノア》が、まだ“息をしてる”。」


 風が唸りを上げ、雷が白い閃光を放つ。

 その瞬間、空の裂け目の奥に、誰も知らない“理の心臓”が見えた。


 ――嵐の中心へ。

 観測者たちは、神の沈黙の中へと踏み込んでいった。



――轟音の只中、静寂があった。


 《ヴァル・ノア》の内部。

 天井も地もわからぬ無重力の空間に、光の環が幾重にも浮かび上がっていた。

 それは回転しながら、無数の文字を織りなしている。

 文字というよりは、歌。

 数字と韻律が共鳴し、まるで“詩”そのものが空を動かしているようだった。


 エルネストが唇を震わせる。

「……信じられん。理式が、詩の構造で組まれている。

 リズムと数列、韻と魔力波が――完全に同期している……!」


 メグは答えず、ただ一歩前に進む。

 足元に浮かぶ光文字が、彼女の足跡に合わせて震えた。

 風のような音が響き、彼女の髪がふわりと浮かぶ。


「……そう。

 言葉のリズムと数列が、同じ法則で動いてるの。」


 その声には畏れも迷いもなく、ただ観測者としての静かな確信があった。


 メグはノートを開く。

 焦げ跡の残るそのページには、かつて干ばつの村で書いた“風の式”が並んでいた。

 「祈りと理が交わる場所」――その一文に、彼女は指を置く。


「……反転共鳴。

 風を押さえつけるのではなく、共に揺らして鎮める。」


 リュシアンが焦燥を隠せず声を上げる。

「メグ、何をしている!?

 装置は今も力を増しているんだぞ!」


 メグは手書きの式を空中に描きながら、淡く微笑んだ。

 その筆跡が光を帯び、空中の文字群と共鳴する。


「――解式コードを導き出すの。

 “理”で解ける式なら、必ず止められる。」


 彼女の描く光の線が、古文式の一部と重なった。

 低い音が響き、空間全体が脈動する。


 エルネストが息を呑む。

「……彼女、詩の韻を“数式”で合わせている……!

 理論と祈りを、ひとつの言葉に……!」


 光が広がり、回転する環が徐々にその速度を緩める。

 リュシアンは眩しさに目を細めながらも、言葉を失っていた。


 メグの声が、嵐の中で穏やかに響く。


「理は、神の沈黙の“翻訳”――

 だから、私はまだ空に届けられる。」


 その瞬間、ヴァル・ノアの中心核が一度だけ脈打ち、

 稲光が、まるで“息”のように優しく光を放った。


 ――観測と祈りの境界が、溶けていく音がした。


――静寂が訪れた。

 だがそれは、嵐の前のそれではなかった。

 嵐そのものが“耳を傾けている”――そんな、奇妙な静けさだった。


 メグの手の中、濡れた観測ノートが淡く光を帯びている。

 ページの上に描かれた数列が、まるで生き物のように脈動し、

 次第に音を紡ぎ始めた。


 最初は、微かな囁き。

 やがてそれは旋律となり、言葉となり――

 響きは空中の古文式へと溶け込み、まるで“祈り”のように広がっていく。


 リュシアンが息を呑んだ。

「……歌ってる……数式が、歌になってる……?」


 メグの瞳には、反射する光環が映っている。

 その声は淡々として、けれど確信に満ちていた。


「……理は、神の沈黙の“翻訳”。

 祈りを数式に変えれば――神と同じ言葉で、空と話せる。」


 エルネストは手帳を握りしめ、震える声で呟く。

「理と祈りが、同一の構造……そうか……!

 古代人は、理式そのものを“祈り”として捧げていたのか……!」


 リュシアンは剣を下ろし、低く息を吐く。

 雷鳴の中で、その小さな声だけが確かに届いた。


「……祈るように、解くのか。」


 メグは頷き、両手を光の環に翳す。

 古代文字が共鳴し、ひとつ、またひとつと音階を奏でていく。

 それは呪文でも命令でもない。

 ――ただ、空への“理解”の旋律。


 次第に、嵐の振動数が変わっていった。

 狂ったように吹き荒れていた風が、わずかにその勢いを失い、

 雷の音が、まるで心臓の鼓動のように穏やかに沈んでいく。


 エルネスト:「……減衰している……! ヴァル・ノアの共鳴波が収まっていく……!」


 メグの声が、光の輪の中心で重なっていく。

 それは“理式詠唱”――

 理と祈りを同一にした者だけが唱えられる、真理の詩。


 その詩の中で、嵐が息づいた。

 風が応え、空が静かに泣いた。

 そして、神々の沈黙の奥に――確かな“理解”が芽生え始めていた。


――轟音。

 《ヴァル・ノア》全体が悲鳴のような唸りを上げた。

 嵐の眼に漂う光環が、脈動しながら拡大を始める。


 メグの詠唱が届いた瞬間、装置はまるでそれに応答するかのように“逆詠唱”を放った。

 同じ構造の理式、だが、方向が真逆――

 それは破壊と創造を同時に起こす、“対抗式”だった。


 リュシアン:「くそっ……! 止まるどころか、押し返してきてる!」

 エルネスト:「理式そのものが自己防衛している……まるで、意志があるかのようだ!」


 光の奔流が、メグの周囲を包み込む。

 空間が歪み、音も色も、境界を失っていく。

 けれど、メグの表情は静かだった。


(……空は怒ってない。ただ、応えを待ってるだけ。)


 彼女は震える唇を結び、目を閉じる。

 そして、再びノートを開き――自らの“観測”を詠い始めた。


「北風、圧差二・三。

南の層、臨界を超える前に収束。

空の輪、開放――」


 それは理式ではなく、“声”だった。

 彼女自身の理解と経験を重ねた、生きた観測。

 古代の詩と現代の理術が、ひとつの言語として共鳴していく。


 エルネストが息を呑む。

「数式が……彼女の声に反応している! 空の構文が、再編されていく!」


 ヴァル・ノアの環が、まるで心臓の鼓動を刻むようにゆっくりと回転を弱めていく。

 暴風の唸りが低くなり、光の奔流が一点に収束する。


 メグは震える手で最後の式を書き込み、静かに呟いた。

「……理は、応えを待つだけ。

 ――だから、私は観測する。あなたを。」


 その瞬間、光輪が完全に停止した。

 嵐の渦が“息を吐くように”緩み、風がやわらかく流れ出す。


 静寂――。


 ヴァル・ノアの中心で、ただひとつの“青い光”が瞬いた。

 それは、まるで空が「わかった」と告げるかのように。


 ――風が、止んだ。


 長く続いた嵐の咆哮が、まるで嘘のように静まり返る。

 光輪に絡みついていた稲光が、ひとつ、またひとつと消えていく。

 残ったのは、透き通るような蒼の残光。


 リュシアンは剣を杖のように支え、肩で息をつきながら呟いた。

「……君は、神の沈黙を聞いたのか。」


 メグは微笑む。

 額にかかる濡れ髪を払い、静かに答えた。


「いいえ。聞いたんじゃない――“読んだ”の。」


 空を見上げる。

 黒雲がゆっくりと裂け、その隙間から月光がこぼれ落ちた。

 銀の光が《ヴァル・ノア》の輪を照らし出し、やがて輪は光の粒となって溶けていく。

 それはまるで、空が静かに“微笑む”ようだった。


 エルネストが深く息を吐く。

「……理が、戻った。全てが調和している。」


 メグは観測ノートを閉じ、胸に抱く。

 雨に濡れた表紙には、かつての子どもたちの寄せ書きが滲んでいた。

 その文字のひとつひとつが、月光に淡く輝く。


「空は、怒ってなんかいない。

 ずっと私たちに――“理解される”のを待ってたのよ。」


 静寂。

 風が優しく髪を揺らす。

 それはもはや嵐の残滓ではなく、ただの“風”――

 この世界が、再び呼吸を取り戻した証だった。


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