表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『天気予報士、悪役令嬢になる。』 ― 空を読む者、神を越えぬ祈り ―  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/28

祈りと犠牲 ― 教会の暴走

夜空を裂くように、鐘の音が鳴り響いた。

それは祝福の鐘ではない。

まるで、神に赦しを請うための“懺悔の音”のようだった。


石畳の上には、無数の人々が跪いている。

雨に打たれ、泥にまみれながらも、誰ひとり祈りをやめようとしない。


「主よ、怒りを鎮めたまえ……風を、沈めたまえ……!」


声が重なり、嗚咽とともに夜空へと吸い込まれていく。

子どもが泣き、老人が倒れ、それでも隣の者がその手を握って祈り続けた。

――誰もが信じていた。

この祈りが、いつか嵐を鎮めてくれると。


だが、空は応えない。

むしろその祈りに呼応するように、黒雲が脈動を始めていた。


大聖堂の階段上。

白銀の法衣を纏ったセレス司教が、両手を掲げる。

金の杖の先から光が奔り、雨を突き抜けて天へ昇る。

その瞬間、雷鳴が轟き、空が一瞬だけ白く裂けた。


セレス司教:


「神の怒りを鎮めるには――信仰を示すしかない!」


聖職者たちが杖を掲げ、祈祷文を唱和する。

魔法陣が地面に浮かび、赤と金の光が雨の中で歪んだ。


――そのたびに、空の雲が“応える”ように動く。

まるで祈りを吸い込むように、嵐の渦が広がっていく。


だが、それは神の加護ではなかった。

観測者なら一目でわかる、“理の歪み”だ。

大気の魔力流が、人為的に増幅されている。


《ヴァル・ノア》――古代の空の制御装置が、

民の祈りを“燃料”として再起動していた。


セレス司教の声が、風に乗って響く。


「命を捧げよ! この祈りが届くならば、空は赦す!」


その言葉を合図に、人々はさらに深く頭を垂れた。

祈りの声が、悲鳴のように夜を満たしていく。


そして――空が、笑った。

黒雲の裂け目から、稲光が牙のように走る。

嵐は、もはや誰の手にも負えない“信仰の怪物”と化していた。


その夜、王都の空は祈りに覆われ、

理は沈黙し――神の名を騙る風が吹いた。


――祈りが風を殺し、理がそれを見抜く。


雨が降りしきる聖堂前。

地を叩く雨粒の音と、祈りの声が渾然となって夜を満たしていた。

そこへ、ひと筋の影が群衆を割って進む。


メグ。

肩まで濡れた髪を束ね、泥の中をまっすぐ歩く。

雷光がその頬を照らし、ローブの端が水を吸って重く垂れた。

隣にはリュシアン。

彼もまた、濡れた外套のまま彼女の背を守るように続いていた。


「道を開け! 王命だ!」


リュシアンの声に、民たちは一瞬たじろぐ。

だが、すぐに再び祈りの声が高まり、雨音に呑まれていく。


メグは、光に包まれた壇上を見上げた。

セレス司教が、両手を掲げて“天”に祈りを送っている。

その杖の先から放たれる金の光は、確かに天へ昇っていた――だがそれは祈りではなく、“供給”だった。


メグ:


「やめて! その祈りは風を鎮めるんじゃない――煽っている!」


雷鳴が答えるように轟き、空が震える。


セレス司教は振り返り、怒りをあらわに声を張り上げた。


セレス司教:


「黙れ、異端の理術師! 神の御業を否定するのか!」


メグ:


「信仰は、空を恐れることじゃない!」


だが、誰も聞こうとはしなかった。

民たちの口は動き続け、声はひとつに溶け合う。

まるで“意志”を奪われた人形のように、同じ祈りを繰り返している。


リュシアンが息を呑む。


「……これは、まさか……」


メグは拳を握りしめ、唇を噛む。

目の前の光――それは神の奇跡ではない。

彼女には見えていた。祈りの波動が空気を震わせ、

《ヴァル・ノア》の魔力線と“共鳴”していることを。


メグ(低く)


「……ヴァル・ノアが、祈りを喰ってる。」


空に閃光が走る。

黒雲の渦がゆっくりと回転を始め、風が逆流する。


民たちの祈りが強まるほど、嵐は大きくなっていく。

祈りが空を鎮めるどころか――空そのものを燃料にしていた。


メグの声が雨の中に響く。


「お願い、目を覚まして!

それは“祈り”じゃない……“空を縛る鎖”よ!」


だが、彼女の叫びは届かない。

人々の瞳から光が消え、ただ“信仰”だけが残っていた。


――嵐の中心で、理が叫び、祈りが狂う。

空は泣いていた。

まるで、人の祈りに苦しむように。


雨の帳の向こう。

群衆の祈りの中で、ひときわ白い影が立っていた。

修道服の裾が泥に濡れ、細い手が震えながら印章を掲げている。


その姿を見た瞬間――メグの足が止まった。


稲光が走り、白いフードの下から覗いた顔。

まだ幼さを残した瞳。

けれど、その瞳をメグは知っていた。


「……メグ先生?」


雨音の中でも、はっきりと聞こえた。

懐かしい声。

あの干ばつの村で、空を信じることを教えた少女――アイリス。


メグは息を呑み、言葉を失う。

だが次の瞬間、その手に握られた教会の印章が光を放つ。

祈りの呪文が、他の修道女たちと同じ調子で紡がれていた。


「あなたまで……祈りを捧げてるの?」


問いかけは責めではなく、悲しみに近かった。

アイリスは雨に濡れたまま、視線を逸らし、小さく震える声で答える。


「神父さま――エルンなら、きっとあなたの言葉を信じたと思う……。

 でも、みんな怖いの。

 空が怒ってるって……どうしても、そう思えてしまうの。」


その言葉に、メグの胸が締めつけられた。

恐れ。

それは人の祈りの原点であり、同時に理を曇らせる霧でもあった。


メグはそっと彼女の手を取った。

冷たい指先を包み込み、雨で濡れた頬を指で撫でる。


「なら、あなたが信じて。

空の理は――誰も罰しない。

それを、あなたが伝えて。」


雨粒が二人の手を濡らし、光の粒のように弾けた。

アイリスの瞳に、わずかな揺らぎ。

祈りの言葉が途切れ、代わりに息が漏れる。


稲光が再び夜空を裂く。

その光の中で、アイリスの瞳がほんの一瞬――“空色”を取り戻した。


「……先生、空は……本当に怒ってないの?」


メグは微笑んで頷く。


「ええ。

 空は、ずっと見てるだけ。

 ――私たちが、また“空を愛せる日”を。」


風が吹き抜け、二人のフードを揺らした。

群衆の祈りの波が少しだけ緩み、

その中で、ひとつの“祈りではない祈り”が――確かに芽吹いていた。


轟音。

それは雷ではなく、“空の悲鳴”だった。


聖堂前の広場に描かれた巨大な魔法陣が、赤と青の光で脈打ち、

空へと伸びる光の柱が、まるで天へ祈りを突き立てる槍のように輝いていた。


群衆の祈りの声がひとつの波となって、地を震わせる。

雨が止んだ――いや、“上空の風”が止まったのだ。

不自然な静寂。

その沈黙の中心で、メグの肌を刺すような魔力の圧が走る。


通信機の魔石が唸り、エルネストの声が響いた。


「メグ! 祈りの共鳴波が限界を超えた!

このままでは、王都全体が“理術の暴風”に呑まれるぞ!」


メグの指が震える。

彼女の視界の端で、波動グラフが狂ったように跳ね上がっていく。


「そんな……もう臨界を……!」


リュシアンが群衆の中を突き抜け、司教の前に立ちはだかる。


「セレス司教! 儀式を止めろ!

このままでは誰も救われない!」


だが、司教は狂信の笑みを浮かべ、両腕を天に掲げた。

金の杖が雷光を受け、目も眩むほどの光を放つ。


「神の試練だ!

この命を捧げてでも――我らは、空を贖うのだ!」


次の瞬間――。


空が割れた。


轟く光柱が天から落ち、聖堂の尖塔を貫く。

石壁が裂け、祈りの列が弾け飛ぶ。

爆風がメグのローブを翻し、雨と瓦礫と光が交錯する。


地上へと触れた“ヴァル・ノア”の意思。

その衝撃波が、まるで神の怒号のように響いた。


メグは叫んだ。


「祈りを止めて――!

あなたたちの命が、空を殺してるのよ!」


彼女の声は確かに届いた。

けれど群衆は泣きながら、なおも祈りを続けた。

誰もが“神の怒り”を恐れ、誰も“空の理”を信じていなかった。


その祈りは、もはや信仰ではなかった。

――恐怖が形を成した“鎖”だった。


リュシアンがメグの肩を掴む。

風が唸り、魔法陣の外縁が崩壊を始める。


「このままじゃ……王都ごと吹き飛ぶ!」

「……まだ間に合う。空は、まだ“聞いてる”。」


メグの瞳が蒼く輝く。

雷鳴が轟く中、彼女は歩みを止めなかった。


空が怒っているのではない。

――“人が空を誤解している”だけだ。


その真理を、彼女は証明しようとしていた。

暴走する光の奔流。

魔法陣の輪郭が崩れ、空へ伸びた光柱がねじれ始めていた。

雷鳴は連続して大地を叩き、雨は針のように降り注ぐ。


群衆は泣き叫びながら祈りを続ける。

“神の怒り”を恐れ、声を張り上げるほどに、ヴァル・ノアの輝きは強くなっていった。


だが――その中で、ひとりだけ静かに声を止めた者がいた。


白い修道服の裾を泥に濡らしながら、

少女――アイリスが、ゆっくりと膝をつく。


「……ごめんなさい、メグ先生。」


その声は、嵐の轟きの中でも不思議と澄んで響いた。

震える唇が、幼い決意を紡いでいく。


「私、今やっとわかった。

 神さまは……こんな風に怒らない。」


彼女は胸の前で手を組み直す。

祈りではなく、“観測”の構え。

両の掌の間に、淡い魔力の紋が灯る。


それは――かつてメグが村で教えた、

“風を読むための理式”だった。


「東からの風、低く、やさしく……。

 空の層は、まだ眠ってる……。」


アイリスは、祈りではなく風の言葉を唱えた。

彼女の声に呼応するように、

暴風の渦が一瞬だけ緩み、聖堂上空を流れる雲がほどけていく。


その変化を、メグは見逃さなかった。

雨に濡れた頬を上げ、心の中でそっと呟く。


(……そう、それでいい。

祈りじゃなく、理解で――空と話して。)


轟音の中、風向きが変わる。

押し寄せていた暴風が一瞬だけ“呼吸”を取り戻した。

まるで、少女の言葉に“空”が応えたかのように。


リュシアンが息を呑む。

エルネストの通信越しの声がかすかに届く。


「今のは……理式の反転応答……?

馬鹿な、まさか“空”が、少女に――応じたのか……!」


メグはゆっくりと立ち上がる。

その瞳には、確かな光が宿っていた。


「――まだ、間に合う。

 空は、私たちを見ている。」


そして、暴風の只中に立つメグの視線の先で、

アイリスの小さな手が、確かに“理”の光を宿していた。


祈りではなく、理解。

恐怖ではなく、共鳴。


――それが、“空と生きる”ということだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ