表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『天気予報士、悪役令嬢になる。』 ― 空を読む者、神を越えぬ祈り ―  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/28

祈りの朝 ―「理と感謝」

夜が明けた。

世界は、まるで新しい息を吸い込むように、ゆっくりと光を取り戻していた。


丘の斜面には、まだ小さな水の流れが残っている。

黒く濡れた畑の土は柔らかく、足を踏みしめるたびに“生きている”音を立てた。

湖面には薄い朝靄が漂い、そこを跳ねる魚の影が、水の輪を広げていく。


子どもたちが笑いながら走り回る。

裸足の足跡が次々と土に刻まれ、陽の光がその跡をやさしく照らした。

風は湿り気を含みながらも、どこか懐かしい香りを運んでくる。


――それは、“終わり”ではなく、“始まり”の匂いだった。


丘の上。

スカイピラーの根元に腰を下ろしたメグは、古びたノートを開いた。

雨で一部が焦げたページを指先で押さえながら、彼女は静かにペンを走らせる。


《観測第七日:空、応答す。風、南西より穏やかに流る。》


書き終えたその文字を見つめ、彼女は小さく息をつく。

昨日までの涙の跡を覆うように、筆跡はまっすぐで、凛としていた。


一陣の風が吹き抜け、ノートの端がはためく。

その風に乗って、遠くで子どもたちの笑い声が響いた。


メグは微笑み、顔を上げる。

青く晴れ渡った空が、まるで応えるように光を返した。


メグ(心の声):「……おはよう、空。今日も、観測を始めよう。」


スカイピラーの羽根が、ゆっくりと回り始めた。

水滴を散らしながら、風と共に――再び、空と地をつなぐために。

朝の光が、村を金色に染めていた。

教会の鐘が鳴るたび、空気が柔らかく震え、どこからともなく笑い声が広がっていく。


久方ぶりの“感謝の祭”。

祈りの言葉が、悲しみの代わりに“喜び”とともに紡がれていた。


木造の教会の前に集まった村人たちが、静かに手を合わせる。

神父エルンは祭壇の前に立ち、胸の前で十字を切った。

その動きは、どこかいつもよりも穏やかで、ためらいがなかった。


エルン「神は……沈黙していた。

だが――この少女の“理”は、その沈黙を“理解”と呼んだのかもしれん。」


その声は、讃美歌よりも静かに、しかし確かに人々の胸に届いた。


ざわめきは起きなかった。

反論も、恐れも、もうそこにはない。

代わりに、ひとつの沈黙があった――“受け入れる”という名の沈黙。


老人が目を閉じ、若者が空を見上げ、子どもたちが風の音を追う。

その視線の先、丘の上ではスカイピラーがゆっくりと羽根を回していた。


風を受け、光を返しながら、まるで空と地のあいだを繋ぐように。


それはもはや、“神の奇跡”でも“異端の証”でもなかった。

ただの――感謝のかたち。


アイリス(心の声):「……祈りも、理も、どちらも“届いて”いたんだ。」


風が頬を撫で、鐘の音が再び響く。

空には、雲ひとつなく、どこまでも澄み切った青が広がっていた。


朝の光が、濡れた丘をきらめかせていた。

風が通るたび、木々の雫がぱらぱらと落ちて、土の匂いが立ちのぼる。


メグはスカイピラーの根元で、子どもたちと一緒に作業をしていた。

手には小さなハンマー、足元には木片と工具。

昨日まで“異端の塔”と呼ばれていたその装置を、今はみんなが笑顔で囲んでいる。


メグ「釘をまっすぐ打つとね、風がまっすぐ通るの。

 空の声も、きっと聞こえやすくなるわ。」


子ども「空の声、また聞けるかな?」


メグ(微笑して)「ええ、聞けるわ。

 泣く日も、笑う日もあるけど――空はいつも、見ていてくれるの。」


子どもたちは頷きながら、濡れた木材を磨いた。

風計がカラリと音を立てるたび、小さな歓声があがる。


丘の下では、トールが腕を組み、穏やかな表情でその光景を見上げていた。

かつての警戒も、迷いも、もうそこにはない。


トール「……あいつ、本当に空と友達になっちまったんだな。」


その声に、メグが顔を上げて笑った。

頬にかかる髪を払って、空を指差す。


メグ「観測は、祈りと同じ。

 続けていけば、いつか届くものだから。」


風が、彼女の言葉に応えるように吹き抜けた。

スカイピラーの羽根が音を立てて回り始め、光を受けてきらりと輝く。


それはもう、奇跡ではなかった。

けれど――その光景こそが、この村にとっての新しい奇跡だった。


朝の礼拝が終わったあと、

教会の扉が、ゆっくりと開かれた。


外の風が、迷いなく中へと流れ込む。

祭壇に飾られた花々がそよぎ、蝋燭の炎がやわらかく揺れた。

昨日までの重苦しい空気は、どこか遠い昔のように感じられる。


エルン神父は祭壇の前に立ち、目を閉じたまま静かに息を吐く。

その表情には、疲労と安堵、そして何かを悟ったような穏やかさがあった。


背後から、アイリスの声がそっと響く。


アイリス「神父さま。……あの人、異端じゃなかったんですね。」


エルンは少しだけ微笑み、目を開ける。

陽光が差し込み、白髪を金に染めた。


エルン「いや……異端だったのかもしれん。」

(小さく息を吐いて)

「だが、“神に近づこうとした異端”ではなく――

 “神の沈黙を理解しようとした人間”だ。」


その言葉は、祈りのように静かで、確かな響きをもっていた。


アイリスは顔を上げ、開かれた扉の向こう――

丘の上に立つスカイピラーを見つめる。

風に羽根が回り、陽光の粒がきらめいた。


アイリス「……なんだか、神さまが笑ってるみたい。」


エルンは頷き、祭壇の布を整える。


エルン「信仰も理も、空を見上げる心から生まれる。

 ならば、それらはきっと、同じ祈りなのだろう。」


風が二人のあいだを抜け、教会の鐘が小さく鳴った。

重い扉はもう、閉ざされることはなかった。


――それは、“理解という名の信仰”が芽吹いた朝だった。


朝の光が、丘の上を包み込んでいた。

昨夜の雨の名残が葉の先に滴り、静かな風がスカイピラーを撫でていく。


きしむ音とともに、羽根車がゆっくりと回り始めた。

その回転は、まるで“空の呼吸”を映しているようだった。


メグは観測ノートを開き、濡れた指でページをめくる。

焦げた紙の隙間に、青いインクがひと文字ずつ刻まれていく。


《観測は、まだ終わらない。》


ペン先を止めると、風が彼女の髪を揺らした。

空を仰ぐと、太陽の光が水滴を照らし――

その瞬間、七色の橋が空に架かった。


「……虹だ!」


子どもたちの歓声が丘に響き、

村人たちが顔を上げ、手を伸ばす。

誰もが、その光の帯を“祝福”のように見つめていた。


少し離れた場所で、トールが帽子を脱ぎ、苦笑を浮かべる。


トール「……あいつの言う“空の声”、本当に届いたらしいな。」


メグは振り返らず、ただ虹を見上げて微笑む。

その瞳に、朝の光と空の色が映っていた。


風が吹き抜け、スカイピラーの羽根が高く鳴る。

その音は、まるで鐘のように村じゅうへ広がっていった。



「信仰は空を仰ぎ、理は空を測る。

 ――そのどちらも、人が空を“愛する”方法だった。」


風が村を撫で、教会の鐘がゆっくりと鳴り始める。

その音が、空と地をつなぐ“新しい祈り”の始まりを告げていた。


丘の上で、メグのノートが再び開かれる。

ページの上で、淡い光が揺れた。


――そして物語は、次の観測へと続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ