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『天気予報士、悪役令嬢になる。』 ― 空を読む者、神を越えぬ祈り ―  作者: 南蛇井


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国外追放 ― 理を背負う少女

嵐が去った夜、王宮広場には冷たい光が満ちていた。

 濡れた石畳が灯火を映し、まるでその一つひとつが誰かの祈りのように瞬いている。

 風は止み、空はまだ涙を忘れたように重く――遠くの雲の奥で、雷が小さくくぐもる。


 その静寂の中心に、ひとりの少女が立っていた。

 メグ・アステリウス。白衣の裾は雨に濡れ、手には焦げ跡の残る観測ノート。

 その背筋はまっすぐで、目はまるで空の奥を見透かすように静かだった。


 壇上では、セレス司教が金杖を掲げていた。

 燭光に照らされたその顔は、慈悲を捨てた神像のように厳しく、冷ややかだった。


「再現可能な奇跡は――神の権能を脅かす。」

 その声は、夜の鐘のように響いた。

「メグ・アステリウス。汝の理は信仰を穢した。よって、王国より追放とする。」


 群衆がざわめく。

 誰かが「異端者だ」と囁き、誰かが「彼女が雨を導いた」と叫ぶ。

 だがメグは何も言わなかった。ただ、ノートを胸に抱き、静かに目を閉じる。


 その様子を見つめる王太子リュシアンの瞳が揺れた。

 立ち上がろうとした彼の肩を、王の冷たい声が押しとどめる。


「……理を掲げた少女が罰せられる。それが、この国の平穏なのか。」

 リュシアンは小さく呟いたが、誰の耳にも届かない。

 ただ、空の奥でまたひとつ、雷鳴が鳴った。


 ――その音は、まるで天が“答えを待っている”かのように。


王宮広場の中央、白い大理石で築かれた円形の演壇。

 その上に立つセレス司教の姿は、まるで“裁く天”そのものだった。

 夜風が衣をはためかせ、杖の先で灯火が震える。


 広場を囲む群衆は沈黙していた。

 ただ、濡れた石畳が光を返し、幾千の瞳が壇上の少女を見上げている。


「――再現可能な奇跡は、神の権能を脅かす。」

 セレスの声が、鐘の音よりも冷たく空気を裂いた。

「ゆえに、メグ・アステリウスを国外へ追放する。」


 その瞬間、群衆がざわめいた。

 怒りとも悲しみともつかぬ声が交錯し、誰かが「異端者だ」と叫ぶ。

 しかし、別の誰かが「彼女は空を救った」と涙声で返す。


 ――メグは、その全てを静かに受け止めていた。


 焦げ跡の残る観測ノートを胸に抱き、

 ただひとつ、短くうなずく。

 その瞳は揺れず、ただどこまでも高い空を見上げていた。


 演壇の後方、王座の隣で立つリュシアンが拳を握る。

 その瞳には、明確な衝動――**「守りたい」**という願いが宿っていた。

 だが、王の冷ややかな視線がそれを凍らせる。


 王は言葉を発しなかった。

 それだけで、王太子は立ち上がることができなかった。


 リュシアン(心の声):「……理を掲げた少女が罰せられる。

 それが、この国の“平穏”という名の秩序なのか。」


 空の奥で、遠く稲妻が一筋、閃いた。

 まるで天さえも――この裁きを見下ろしているかのように。


深夜。王都の外れにそびえる観測塔は、しとやかな月光を浴びていた。

 嵐の名残を含んだ風が、塔の窓を叩く。

 中では、机の上に整然と並べられた器具とノートが、まるで彼女との別れを惜しむように静かに光っていた。


 メグは、一つひとつに手を添える。

 磨き上げた観測鏡、焦げた計測盤、そして、風向を記した紙片の束。

 指先が触れるたび、淡い光がふっと揺れ、部屋に微かな魔力の余韻が漂った。


 扉の前では、数人の弟子たちと学園の若者たちが立ち尽くしていた。

 彼らの目は赤く、唇は震えている。


「先生、本当に……行くんですか?」

 震える声で問う弟子に、メグは微笑んでうなずいた。


「うん。でも――空はどこにでもある。

 どんな国の上にも、同じ風が吹く。

 だから、私は観測をやめない。」


 その声は穏やかで、しかし不思議なほど強かった。

 弟子たちは言葉を失い、ただその背を見つめる。

 小さな肩に背負われたのは、“理”と呼ばれる孤独の重みだった。


 メグはゆっくりと階段を上り、塔の最上階へ向かう。

 そこには、彼女が初めて星を記したノートが開かれていた。

 長年の観測で書き込まれた数式と線図――まるで空の詩のように、静かに輝いている。


 彼女はそのページを指先でなぞり、そっと閉じた。


 窓の外では、夜空がまだ怒りの色を残していた。

 遠く、雲の奥で微かな雷光が滲む。


 メグ(心の声):「この空を理解するには……まだ、足りない。

 でも、きっと――いつか。」


 塔の風計がひときわ強く回る。

 それはまるで、彼女の旅立ちを告げる“空の拍手”のようだった。


 王宮広場に、湿った夜気が張り詰めていた。

 月は雲に隠れ、灯火が濡れた石畳に滲む。

 その中央で、メグ・アステリウスは小さな鞄を抱え、護衛たちに囲まれて立っていた。


 群衆は沈黙している。

 誰も声を上げない。

 ただ、遠くで鳴る雷の鼓動だけが、空の怒りのように響いていた。


 王命のもと、護衛が馬車の扉を開く。

 その瞬間、リュシアンが一歩だけ前へ出た。

 王の視線を背に受けながら、彼は低く、しかし確かな声で呼びかける。


「……君の“理”は、きっと空が証明してくれる。」


 メグは足を止めた。

 振り返らずに、ただ月明かりの中で微笑む。


「ええ。空は、いつも見てますから。」


 その言葉が夜に溶けた刹那――

 天を裂くような閃光が走った。


 稲妻が王都の中心に落ち、轟音が夜を砕く。

 群衆の悲鳴が上がり、眩い閃光が闇を白く染めた。


 リュシアンが反射的に空を仰ぐ。

 そこには、燃え上がるような光の尾が――メグの観測塔を貫いていた。

 次の瞬間、塔はゆっくりと崩れ落ち、魔力の残滓が花びらのように夜空に舞う。


 メグは振り返る。

 その瞳に、崩れゆく塔と、空の閃光が映る。

 頬を伝う一筋の涙が、月光の下でかすかに輝いた。


 メグ(心の声):「……そう。空は、まだ怒ってるんじゃない。

 ――問うてるの。“理とは何か”って。」


 風が吹き抜ける。

 彼女の手に抱かれたノートの端が、焦げ跡を残してめくれた。

 そこに刻まれていた最後の文字は――


 『観測を続けよ』


 馬車がゆっくりと動き出す。

 その背を照らす稲光が、まるで“空そのものの祈り”のように広場を包み込んでいた。


夜が、静かに終わろうとしていた。

 王都の外れ、濡れた石畳の上を、ひとりの少女が歩いていく。

 東の空には、まだ夜の名残が漂い、雲の切れ間から淡い光が差し込んでいた。


 背後には、崩れ落ちた観測塔の影。

 そして――沈黙したままの王都。

 誰も彼女を見送らない。けれど、風だけが、優しくその背を押した。


 メグの手には、焦げ跡の残るノート。

 その表紙を指でなぞりながら、彼女は小さく息をつく。


 メグ(心の声):「信仰が私を拒んでも、

 空はまだ、私を見ている。」


 足元の土が、夜露に濡れて冷たい。

 しかしその冷たさは、不思議と心を澄ませていくようだった。


 丘の上で彼女は立ち止まり、最後に一度だけ振り返る。

 遠くの空では、嵐の雲が完全に去り、わずかに星が瞬いていた。


 風が吹き抜ける。

 壊れた風計の羽根車が、かすかに音を立てて揺れ――そして、静かに止まった。


 メグは微笑む。

 その瞳には、恐れも迷いもなく、ただ“理”を宿した光があった。


 やがて彼女は、夜明けの地平へと歩き出す。

 淡い陽光が空を染め、影がゆっくりと伸びていく。


 ――そして少女は、“理”を背に、

 新たな空の下へと消えていった。


 その瞬間、朝の風がひときわ強く吹き、

 まるで空そのものが彼女の旅立ちを見送るかのように、世界が静かに光を帯びた。

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