第9話 西部戦線
西へ五日の行軍。
荒野を抜けた先に広がっていたのは、黒煙と血の匂いに包まれた戦場だった。
前線都市の城壁は半ば崩れ、瓦礫と化した建物の陰で兵士たちが必死に戦っている。
帝国軍の旗が風にはためき、槍と剣の金属音が響き渡った。
灰原衛士は視界を一瞥し、即座に情報を整理した。
王国軍は城門付近に押し込まれ、兵は散発的に応戦。隊列なし。帝国軍は分隊単位で波状攻撃をかけている。指揮系統は明確。
状況は一目で不利だった。
「勇者候補様! どうなさいますか!」
案内役の中隊長が狼狽しきった顔で声を上げる。
衛士は短く返す。
「俺に従え。全員、南の側道へ回れ」
「な、なぜ正面から行かない! 敵は——」
「正面はすでに潰れている。突破するなら死角だ」
◇
灰原は十数名の兵を率い、瓦礫の影を縫って南の側道へ移動した。
帝国軍は正門へ集中しており、側道の守りは薄い。
「弓兵二名、屋根に上がれ。残りは三列縦隊で突入。俺が先頭だ」
兵たちの顔は青ざめていたが、命令の明確さに従わざるを得なかった。
次の瞬間、衛士は飛び出した。
帝国兵三人が振り返るより早く、剣の柄で一人の顎を砕き、もう一人の鳩尾を蹴り飛ばす。
最後の一人の剣を受け流し、肘でこめかみを叩き倒した。
その間に後続の兵が雪崩れ込み、側道を制圧する。
「止まるな、走れ! 敵を一気に押し潰せ!」
衛士の怒号に兵たちの恐怖がかき消され、体が勝手に動き始める。
◇
やがて城壁の裏手に出た。
帝国軍の分隊が補給車を守っている。
「——ここだ。補給を叩く」
衛士は手早く説明する。
「燃料を奪えば撤退できない。荷車を炎上させろ。だが食糧は残せ。敵兵が飢えれば野盗化する。無益な混乱は避ける」
命令は即座に実行された。油樽が割られ、火がつけられる。炎が一気に燃え広がり、帝国兵たちが慌てふためく。
灰原は弓兵に指示を飛ばす。
「逃げる兵を狙うな。指揮官だけを落とせ」
矢が飛び、指揮官らしき男が崩れ落ちる。残兵は蜘蛛の子を散らすように逃げた。
◇
城壁の上から、王国兵の歓声が湧き上がった。
「敵が退いた!」「勇者様が勝ったぞ!」
兵士たちの顔に恐怖ではなく希望が戻る。
だが衛士は冷ややかに周囲を見渡していた。
炎上する補給車。逃げる帝国兵。その背後に、まだ整然とした大軍の影が見え隠れている。
——これは前哨にすぎない。本命はまだ残っている。
隣に立ったイレーネが息を整えながら問う。
「すごい……でも、まだ終わってないんでしょ?」
衛士は短く答えた。
「ああ。これからが本番だ」
戦場の空に、遠く帝国の軍旗がはためいた。
血と煙の匂いが、次なる戦を告げていた。
(第10話につづく)
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