第7話 ハイオーク討伐
夜明け前、村の見張り台から鐘が鳴り響いた。
低く、重い音。兵士たちが跳ね起き、村人が慌ただしく走り回る。
灰原衛士は剣を手に取り、真っ先に村の外へ向かった。
森の奥で木々が揺れる。やがて姿を現したのは、十数体の魔物の群れだった。
黒い毛皮をまとった狼型、腕の太い獣人型。だが、その中心にひときわ大きな影がいた。
緑灰色の皮膚に隆起した筋肉。背丈は二メートルを超え、肩には鉄片を打ち付けた棍棒を担ぐ。
ハイオーク。通常のオークを凌駕する知能と体力を持つ存在だ。
灰原は即座に状況を整理した。
敵数十。先頭は突撃型。後列に投擲武器。リーダーは中央。
彼は振り返り、村人と騎士団員へ短く命令を飛ばす。
「荷車を再び橋へ! 横倒しにして狭めろ!
弓兵は右の高台に上がれ! 村人は石を運べ!
——盾持ちは俺の左右、十字に構えろ!」
怒号が走り、即座に動き出す。
イレーネが隣に立ち、大剣を構えながら笑う。
「指揮も板についてきたじゃない」
「やることは同じだ。敵を殺す前に、味方を死なせない」
◇
最初の突撃が来た。
狼型が先陣を切り、獣人が後に続く。
灰原は声を張り上げた。
「弓、前列を削れ! ——撃て!」
矢が一斉に飛び、先頭の魔物数体が倒れる。
続いて石が投げ込まれ、突撃の速度が鈍った。
灰原は盾を構える兵の間から飛び出し、最前列の獣人に踏み込む。
木剣ではない。鋼の剣。その切っ先を、敵の脇腹の柔らかい筋肉に滑らせる。
反撃の棍棒が振り下ろされる前に半歩退き、盾兵を押し出す。
棍棒が盾を叩き、火花が散る。
「今だ、押せ!」
兵が前へ進み、隊列が崩れた魔物を押し返す。
流れを作る。戦場はそれだけで勝ちが近づく。
◇
その時、森の奥から低い声が響いた。
「ニンゲン……知恵アル。ダガ、足リヌ」
ハイオークが口を開いた。
その異様さに兵たちが一瞬動きを止める。
灰原は声を張った。
「動きを止めるな! 言葉に耳を貸すな!」
ハイオークが棍棒を地面に叩きつけた。衝撃で土が跳ね、前列が揺らぐ。
灰原は冷静に指示を飛ばした。
「左右、挟撃! 弓は中央の巨体だけ狙え!」
矢が飛び、ハイオークの肩と腿に突き刺さる。だが巨体は怯まず、棍棒を振り回して迫る。
衛士は前に出た。
「イレーネ、右から牽制! ライナス、左を抑えろ!」
「任せろ!」
「了解!」
三方向から同時に攻め、ハイオークの動きを狭める。
衛士は低く構え、一瞬の隙を狙った。
棍棒が振り下ろされる瞬間、その軌道の内側へ滑り込み、剣を逆手に持ち替える。
脇腹の肋骨下、肝臓の位置。
そこへ剣を深く突き立て、捻じりながら引き抜いた。
ハイオークが吠え、棍棒を振り上げる。
だが次の瞬間、イレーネの大剣が膝を断ち、ライナスの剣が首筋をかすめた。
巨体がぐらりと揺れ、灰原の二撃目が喉を貫いた。
血の雨が砂を赤く染める。
ハイオークは呻き声を漏らし、最後に低く呟いた。
「……王……」
そして崩れ落ちた。
◇
戦場に静寂が戻った。
村人の歓声が上がるが、灰原は剣を拭いながら眉をひそめる。
「……喋った。知能がある」
イレーネが汗を拭いながら呟いた。「ただの魔物じゃないってこと?」
「そうだ。誰かが、意図的に動かしている可能性がある」
リディアが震える声で言った。
「それって……王国が?」
衛士は答えなかった。ただ、血に濡れた剣を鞘に納め、遠くの森を見つめた。
戦場の気配は、まだ続いている。
(第8話につづく)




