第6話 村の再会
王都を出てから四日目。
灰原衛士は騎士団の一隊に混じり、かつて魔獣と盗賊から救った村へ向かっていた。
石畳が途切れ、土の道になると、兵たちの足並みは途端に乱れた。隊列は伸び、先頭と最後尾の距離が広がる。
衛士は一歩ごとに地面を確かめながら、心の中で計算した。この速度では、半日の行軍で兵の半数が戦闘不能になる。補給線も脆弱だ。
「勇者候補殿、いかがです?」
軽口を叩きながら歩み寄ってきたのは、仲間の一人ライナスだった。
「なにがだ」
「王都からの行軍。俺は正直、だいぶしんどいぞ」
「しんどいのは普通だ。ただ……このままじゃ戦になれば潰れる」
言い切る声は淡々としていたが、周囲の兵は思わず口を噤んだ。
イレーネが小さく笑みを浮かべる。
「ほんとあんたって、怖いくらい冷静よね。でも、その言葉……みんな、どこかでわかってる」
◇
やがて丘を越えた先に、懐かしい村が見えた。
かつて血と炎に染まっていた場所は修復が進み、屋根には新しい藁が葺かれ、広場には子どもたちの笑い声が響いていた。
「勇者様だ!」
村人たちは衛士を見つけるや否や歓声を上げ、走り寄ってきた。老人が涙を流し、子どもが裾にしがみつく。
衛士は一人ひとりに頷き返しながら、短く言った。
「勇者じゃない。兵士だ」
だがその否定も、感謝の声にかき消されるばかりだった。
そのとき、白い修道服が駆け寄ってきた。
リディア。あの日、祈りの中で震えていた少女。
「……本当に、無事で」
声が震え、瞳が潤んでいた。
衛士は小さく頷く。
「お前も、生きていてくれてよかった」
イレーネが横から割って入るように歩み寄る。
「へえ……この子が、あんたが守った修道女?」
リディアは慌てて頭を下げた。「……はい。お世話になっています」
イレーネはにこりと笑った。「私はイレーネ。衛士の戦友よ。よろしくね」
その声音は柔らかかったが、鋭い光を含んでいた。
リディアは少し戸惑いながらも微笑み返した。
「はい。どうぞ、よろしくお願いします」
二人の視線が交わった瞬間、火花のような緊張が生まれた。
◇
村人たちは小さな宴を開いた。
焼き立てのパン、煮込んだ豆、香草の匂い。決して豪勢ではないが、感謝と喜びが溢れていた。
ライナスは豪快に肉を頬張り、カイルは黙々と食べる。
イレーネは兵士たちと酒を酌み交わし、笑い声を響かせていた。
一方リディアは子どもたちに祈りを教え、壊れかけた井戸の前で若者たちと修繕の指示をしていた。
衛士は焚き火の側に座り、その光景を静かに見ていた。
剣で守る者と、祈りで支える者。どちらも村を支えている。だが——。
彼の胸に残るのは、常に冷たい感覚だった。
平和は脆い。油断した瞬間に失われる。
「衛士」
イレーネが隣に腰を下ろし、酒瓶を差し出す。
「飲まないの?」
「戦場では酒は毒だ」
「相変わらず真面目だね」
そう笑いながらも、彼女の眼差しは真剣だった。
「でも、あんたみたいな人がいてくれるなら……私、安心できる」
少し離れた場所でリディアが子どもに祈りを教えていた。
「神はあなたを見てくださる。どんなときも」
その声は柔らかく、村を包むようだった。
衛士は二人を見比べ、心の奥で小さく息を吐いた。
戦場の隣に立つ者と、祈りで背を押す者。どちらも大切だ。だが両立は難しい。
◇
夜。村は眠りにつき、焚き火だけが静かに燃えていた。
衛士は剣を膝に置き、布で刃を拭っていた。
リディアがそっと近づき、言った。
「もう戦わなくてもいい世界になればいいのに……」
衛士は答えなかった。ただ、刃の反射に夜空を映した。
イレーネが背後から声をかける。
「衛士。あんたの背中は、私が守る」
振り返ると、彼女は真剣な瞳で立っていた。
衛士は短く答える。
「……危険なのは、いつも前だ」
そう言って再び刃に目を落とす。
平和な光景の裏で、彼の直感は告げていた。
この静けさは、嵐の前触れだ。
(第7話につづく)




