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第5話 氷を砕く声



 副団長との一撃決着から数分。

 演習場を包んでいた沈黙は、まだ重く残っていた。

 灰原衛士は木剣を片手に立ち尽くしていたが、周囲の視線を受け止めても、心は揺れなかった。

 戦いは終わった。ただそれだけだ。


 やがて、騎士団の一人が口を開いた。

「……すげえな。副団長を一瞬で……」

 その声に続くように、拍手が広がる。最初は戸惑い混じりだったが、やがて熱を帯びた歓声へ変わっていく。

 「勇者候補様だ!」「いや、勇者そのものだ!」


 その喧騒を切り裂くように、一人の女が前へ出た。

 背の高い女騎士。栗色の髪を後ろで結び、銀の鎧をまとっている。

 目はまっすぐで、声は強く澄んでいた。

「みんな騒ぎすぎだ。彼は勇者じゃない」


 ざわめきが広がる。

 女騎士は衛士の前まで歩み寄り、笑みを浮かべた。

「あなたは勇者じゃない。ただの兵士……そう言う顔をしてる。違う?」

 衛士は少し目を細め、短く頷いた。

「……その通りだ」

「ふふ、やっぱり。私はイレーネ。これからはよろしく、衛士」

 その名を告げる声には、恐怖も媚びもなかった。ただ、同じ戦士に向ける敬意だけがあった。


     ◇


 その後、数人の騎士が次々に声をかけてきた。

 「副団長に勝つなんて信じられない!」「ぜひ訓練で教えてください!」

 中でも二人の男が特に積極的だった。

 一人は陽気な若者、剣を担いで豪快に笑う。名前はライナス。

 もう一人は寡黙な青年、弓を背負った狙撃手のような雰囲気。名をカイルと名乗った。


 ライナスは肩を叩いてくる。「お前みたいな奴がいれば、戦場も楽しくなりそうだな!」

 カイルは静かに言葉を添える。「合理的な戦い方……俺は好きだ。共に矢を放てる日を楽しみにしている」


 そしてイレーネが二人に続く。「この三人で隊を組めば、きっと面白い。ねえ、衛士?」

 衛士は短く息を吐き、言った。

「面白いかはわからない。だが、戦うなら勝つ。それだけだ」


 ライナスが大笑いし、カイルが口元をわずかに緩める。

 イレーネは「それで十分」と呟き、鋭い眼差しを柔らかくした。


     ◇


 夕暮れ、演習場を後にする衛士の背に、幾つもの声が飛ぶ。

 「勇者様!」

 「次の訓練もお願いします!」


 その喧騒を振り返ることなく、衛士は歩き続けた。

 兵士は、称号を求めない。ただ戦いをこなすだけだ。

 だが、その横に並んだイレーネの足音は、不思議と心を軽くした。

「衛士。次は私と組んで戦おう。あんたの戦い方、もっと近くで見たい」

 彼女の声は、氷のように冷えていた周囲の空気を、確かに砕いていた。


(第6話につづく)


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