第15話 重力を操る者
報せは、勝利の歓声が砦を包んでいた最中に届いた。
「北の丘に帝国の別働隊! 旗は黒狼師団、兵力は千!」
伝令の声が途切れると同時に、砦の空気が凍りついた。
兵たちは疲弊していた。勝利に酔い、酒を口にした者も多い。
士気はまだ高揚していたが、戦う力は削られている。
——今ここで挟撃を受ければ、勝利は瓦解する。
灰原衛士は立ち上がった。
「俺が行く。小隊をまとめろ。時間を稼ぐ」
イレーネが目を見開き、慌てて前に出る。
「待って! 正気? 敵は千よ! しかも選抜された黒狼師団!」
「ここで動かなければ、砦ごと潰される」
淡々とした答えだった。
その声音に、ライナスもカイルも口をつぐむしかなかった。
◇
北の丘を駆け上がると、既に帝国兵が列を組んでいた。
盾と槍を並べ、狩人のような冷徹な目でこちらを睨む。
衛士の小隊はわずか五十。だが退くわけにはいかなかった。
「前へ!」
衛士が叫び、剣を抜く。
次の瞬間、空が矢で覆われた。
「来るぞ!」
盾兵が必死に防ぐが、矢の一部が抜けて兵の腕を裂く。
衛士は剣で矢を払い落とした。
——その瞬間だった。
世界が歪んだ。
空気が沈み、重力が渦巻く。
手の中に何かが凝縮されていく感覚。
見えない塊。だが確かにそこにある。
思考より早く、体が動いた。
その塊を振り放つ。
轟音と共に、大地が抉れた。
重力の塊が弾丸のように飛び、前列の帝国兵を盾ごと吹き飛ばした。
土煙が舞い上がり、槍がねじ切れ、兵が悲鳴を上げる。
兵も仲間も、皆が息を呑んでいた。
「……なにを、した?」
自分の声が震えていた。
だが敵兵が怯んだのを見て、考えるより先に次の動きに移っていた。
◇
体が急に軽くなる。
足が風を裂き、次の瞬間には敵兵の背後にいた。
「なっ……!」
振り返る敵兵の首に剣を突きつける。動きが異常に速い。
——俺の体が、軽くなっている?
理解が追いつかない。
だが今は戦場。理由よりも結果だ。
次は拳に力を込めた。
重みを拳に集中させる。
一撃で鎧が潰れ、兵士が宙を舞った。
重さの操作。まるで物理法則を無視しているかのようだった。
「重力……なのか?」
思考は乱れるが、敵は待ってはくれない。
◇
帝国の黒狼師団は怯まず攻めてくる。
だが衛士の力は止まらなかった。
重力の塊を放てば敵陣に穴が空き、
軽くした身体で縦横無尽に駆け抜け、
重さを込めた一撃で敵兵をまとめて吹き飛ばす。
「隊列を崩せ! 押し込め!」
衛士の声に、仲間の兵士たちが奮起する。
イレーネが大剣を振るい、ライナスが豪快に切り込み、カイルが矢を正確に放つ。
不可能だった戦力差が、徐々に埋まっていった。
「押せ! ここで潰す!」
◇
戦場の中央で、帝国の指揮官が現れた。
黒い鎧をまとい、狼の紋章を掲げた長槍を構える。
「異邦の兵士……貴様か。我らを翻弄しているのは」
声は低く、目には冷たい怒りが宿っていた。
衛士は答えず、剣を握り直した。
指揮官の槍が唸りを上げる。
だが次の瞬間、衛士は自らの体を軽くして、稲妻のように踏み込み、懐に潜り込んでいた。
「な……!」
槍が空を切る。
衛士は逆に剣を重くし、全身の重力を刃に込めて振り下ろした。
衝撃で大地が割れ、指揮官は盾ごと地に叩き伏せられた。
「これで終わりだ」
敵将が呻き声を上げて倒れると、黒狼師団は総崩れとなった。
恐怖が兵の心を支配し、退却の声が広がる。
◇
勝利の歓声が再び砦に響いた。
「勝った! 別働隊を退けた!」
兵士たちは歓喜に酔い、灰原を囲んだ。
だが衛士は、自らの手を見つめていた。
この力はなんだ……?
戦場を支配できる力。だが、それは人間離れした異常。
兵士としての自分が崩れていくような恐怖が、胸の奥で広がっていた。
イレーネが駆け寄り、肩を掴む。
「衛士……今のは……魔法?」
「……わからん。ただ、使えた」
「でも、あんたがいなきゃ、皆死んでた」
その声に、兵士たちが次々と頷く。
「勇者様だ!」「軍神だ!」
彼らの目は畏怖と憧れで満ちていた。
衛士は視線を逸らし、低く呟いた。
「俺は勇者じゃない。……兵士だ」
夜空を仰ぐと、星の光が重く沈んで見えた。
新たに芽生えた力は、喜びではなく、ただ戦場に生き残るための武器。
その自覚だけが、彼の胸に残った。
(第16話につづく)
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