第13話 戦線準備
帝国軍との戦いに勝利して二日。
西部戦線の砦にはまだ勝利の熱が残っていた。
酒をあおり、兵士たちは口々に叫ぶ。
「勇者候補がいれば無敵だ!」「帝国など恐れるに足らん!」
その浮かれた声を、灰原衛士は冷めた目で見ていた。
慢心は死を招く。
八咫烏で教え込まれた言葉が、頭の奥で何度も響いた。
◇
衛士は砦の倉庫に入り、補給を確認した。
干し肉の樽は三つ。麦袋は半分が空。矢束はすでに半数を消費。
さらに井戸の水量も少なく、この砦の兵站は危ういと一目でわかった。
「三日が限度だな」
呟きに、背後から声がかかった。
「やはり同じ結論か」
振り向くと、そこに立っていたのは副団長レオニスだった。
以前、灰原と模擬試合で敗れた男。その視線には悔しさよりも冷静な光が宿っていた。
「兵站を軽視して勝てる戦はない。……だが王都の連中は耳を貸さぬ」
衛士は短く頷いた。
「だから俺たちがやる。備えがなければ兵は死ぬ」
◇
日中、衛士は仲間たちを率いて陣地の整備を始めた。
「荷車を壕に転用しろ。槍は柵に並べ、敵騎兵を止める障害にする」
ライナスは汗を拭いながら笑う。
「やれやれ、勇者様は土方仕事も得意かよ!」
カイルは黙々と杭を打ち込みながら呟いた。
「合理的だ。これで少なくとも持久は可能になる」
イレーネは兵たちを率い、木材を集めさせる。
「ほら、言われた通りに! 衛士が作戦を立ててるんだから信じな!」
少しずつ兵士たちも巻き込まれ、砦の防備は形を変えていった。
浮かれていた空気が薄れ、次第に戦に備える緊張が戻ってくる。
◇
夕刻、偵察兵が駆け込んできた。
「報告! 帝国の本軍、五千! すでに北西の平原へ進軍中!」
砦に動揺が広がる。
騎士団長は険しい顔で唸った。「正面から受け撃つしかあるまい」
その言葉に、衛士は即座に口を開いた。
「それでは潰されます。敵は規律ある軍。正面からぶつかれば王国兵は半日も持たない」
「なに……!」
視線が一斉に集まる中、衛士は冷静に地図へ指を走らせる。
「ここに堀を掘り、ここで柵を築く。敵を分断し、夜襲で削る。正面から勝負する必要はない」
沈黙を破ったのはレオニスだった。
「彼の言葉は正しい。先の戦で証明されただろう。ここでの判断は、灰原衛士に委ねるべきだ」
団長は一瞬ためらったが、やがて頷いた。
「……よかろう。準備を進めよ」
◇
夜。砦の見張り台で、衛士は遠くを見つめていた。
地平線に、無数の焚き火の灯りが連なっている。
帝国本軍。敵の本当の力が、迫っていた。
イレーネが隣に立ち、低く言った。
「怖くないの?」
「怖いさ。だが準備が恐怖を押さえる」
「……あんた、やっぱり兵士だね」
衛士は答えず、ただ敵陣の灯りを見据えた。
次こそ、本当の戦争だ。
(第14話につづく)
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