第12話 戦術の価値
北西の平原は、朝靄の下で張り詰めた静寂に包まれていた。
東の空から昇る光が大地を照らし出すと、そこには二つの軍勢が向かい合っていた。
王国軍、約三千。槍兵、弓兵、騎士団。数だけは揃っている。
対する帝国軍は二千余。しかし、その陣列は整然としていた。
盾と槍が幾重にも並び、後列には魔導兵が規則正しく立ち並ぶ。さらにその背後には、未だ動かぬ騎兵隊が控えている。
灰原衛士は騎馬の上から両軍を見渡し、静かに息を吐いた。
数の優位は、意味をなさない。この王国軍では。
隣でライナスが落ち着かない様子で剣をいじっている。
「……なあ衛士、あっち、やけに整ってないか?」
「整っている、じゃない。あれが“軍”だ」
「は?」
「命令が届き、全員が同じ呼吸で動いている。王国の突撃はただの群れだ。あの壁にぶつければ、肉が砕けるだけだ」
その言葉に、イレーネが眉をひそめる。
「でも騎士団長は正面から行くつもりみたいよ」
「無謀だ」
衛士は短く断じた。
◇
その予感はすぐに現実となった。
「全軍、前進!」
騎士団長の声が響き、王国軍が鬨の声を上げて突撃を開始する。
槍兵が列を乱したまま走り出し、騎士団が馬を走らせる。
次の瞬間、帝国軍の魔導砲撃が空を裂いた。
炎と雷が奔り、突撃した王国兵が次々に倒れる。
矢の雨が続き、陣列は一瞬で乱れた。
「ひっ、ひいいっ!」
「退け! 退けぇっ!」
兵士たちの悲鳴と混乱。命令は錯綜し、誰も統制を取れない。
衛士は剣を抜き、声を張り上げた。
「弓兵! 狙うのは兵じゃない! 杖を持った魔導兵の腕と手だ! 殺す必要はない、武器を奪え!」
命令は的確で簡潔だった。
矢が一斉に放たれ、魔導兵の手に突き刺さる。杖を落とし、術式が暴発して爆ぜた。
後列の帝国兵が混乱に包まれる。
「次! 煙を焚け! 湿った薪を燃やせ! 風下へ流せ!」
黒煙が広がり、帝国後列の視界が遮られる。
魔導砲撃が止み、王国兵の恐慌が徐々に収まっていく。
◇
衛士は間髪入れずに次の命令を下した。
「右翼、突破しろ! 槍衾の端は薄い! ここを崩せば全体が揺らぐ!」
イレーネが大剣を振り上げ、ライナスが豪快に叫ぶ。
「行くぞ! 突っ込め!」
カイルの矢が正確に敵指揮官を射抜き、敵の動きが鈍る。
王国兵は恐怖を抱えながらも、衛士の声に従い、右翼へ突撃した。
乱れた突撃ではない。初めて規律を持った突撃だった。
盾と槍がぶつかり合い、押し合いへと変わる。
衛士は叫ぶ。
「止まるな! 押し込め!」
兵士たちの声が響き、士気が再び燃え上がった。
◇
戦場中央。
帝国軍の指揮官が陣形を立て直そうと馬を走らせた。
その姿を見た衛士は即座に小隊を率いた。
「ついて来い!」
敵兵の槍を躱し、盾を蹴り飛ばしながら進む。
イレーネが正面を切り裂き、ライナスが側面から押さえ、カイルの矢が援護する。
数秒で道が開け、衛士は指揮官の前に出た。
剣を交える音。
相手の力は強いが、動きは単調だった。
衛士は体を沈め、懐へ滑り込み、肘で鳩尾を突き上げる。
苦鳴が漏れる間に、喉元へ剣を突きつけた。
「お前の軍は終わった」
その瞬間、帝国軍の隊列は崩れた。
指揮を失い、恐慌に陥った兵士たちが後退を始める。
騎兵隊も動かず、やがて撤退の合図が広がった。
◇
戦場に歓声が湧き起こった。
「勝ったぞ!」「帝国を退けた!」
兵士たちは武器を掲げ、互いに抱き合った。
その中心で、衛士は静かに剣を拭った。
「……これは勝利じゃない。生き残っただけだ」
そう呟いた声は、歓声にかき消された。
イレーネが馬上から声をかける。
「でも、あんたがいたから勝てた。それだけは間違いない」
ライナスが豪快に笑う。「俺は命預けるぜ!」
カイルは短く言った。「合理的な戦場なら、まだ戦える」
衛士は遠くを見た。
撤退する帝国軍の背後、さらに奥に広がる影。
本軍は、まだ姿を現していない。
勝利の余韻の中、彼の胸には冷たい確信だけが残っていた。
(第13話につづく)
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